交雑

――私は、 です。 


 最初にその違和感に気づいたのは、ある商店で買い物をしている時だった。あの日、埃っぽい店内の中には、四人の客がいた。狭い店内に、所狭しと商品棚が並んでいるせいで、通路は狭い。だから、人と人とがすれ違う時は、どちらか片方が身をよじらせなくてはならない。私が棚の前に立って、夕食の材料を物色していると、背中に誰かの肩が当たった。その時急に、私の頭の中である考えが閃いた。いま、肩の当たった男は、私と「同じ」なのだと。

 「同じ」?私自身どうしてそのような考えを抱いたのか分からず、男の姿を観察してみた。男はひょろひょろとした痩せ型の、長身の男だった。頬がこそげており、目の辺りが落ち窪んでいる。無精ひげがまばらに生えていて、ひどい猫背である。私とはまるで違う男だ。私はもっと胸を張って歩くし、中肉中背だ。容貌も仕草も、あの男とはまるで違う。

結局私は、抱いた疑念を単なる気まぐれとして片づけた。何から何まで違う存在を、「同じ」だなんて、馬鹿げている、と。

 しかし、その後も私は、日常生活の中でしばしば、似たような違和感に囚われた。私ではない、私と同じ存在を、私は何度も街中で見かけた。例えば先日、風をひいて病院に行った時。暖房のよく効いた待合室の長椅子の、端に、「私」が座っていたのだ。彼女は中年の女性であり、ワインレッドのダウンジャケットを羽織っていた。大きなマスクで顔を覆っており、診察を待っている間何度も咳き込んでいた。やはり彼女も、私とも、商店であったあの男とも違う。しかし「私」であり、「同じ」存在なのだ。

 奇妙な違和感に囚われながら、彼女の方をぼんやりと眺めていると、視線に気づいたのか、彼女の方も私を見つめ返してきた。その視線には、おそらく敵意が込められていたのだろう。あの時の彼女は、眉間に小さな皺を寄せていた気がする。私は怯み、素早く視線を逸らした。直に受付の看護婦が、彼女の名を呼び、彼女は立ち上がり診察室へと行ってしまった。私はその間、部屋の隅に設置された、ありふれたバラエティ番組を眺めながら、ぼんやりと物思いに耽った。いったい、私が感じた、この微妙な違和感の正体。冷静に考えれば単なる思い違いに過ぎないのだろうが、しかし、どうしても、そう簡単に片づけることが出来ない。胸の中で、ある予感がわだかまりとなって残り、強い存在感を隠然と発しているのだ。まもなくして、彼女が診察室から出てくると、入れ違いになる形で、今度は私の名が呼ばれた。医師からの診察を受け待合室に戻ってみると、もう彼女はいなかった。すでに処方箋を受け取り、帰途に就いたのだろう。結局、手がかりとなりそうなものは何一つ拾えずじまいだ。私はもやもやとしたものを胸のうちに抱えながら、病院を去った。

 商店であの男にあってから、半年ほど経った今、ますます街中で「私」を発見する機会が増えてきていた。この前など、公衆便所に行ってみたら、小便器の前に並んでいる男全員が、「私」ということまであった。皆、やはり外見は私と違う。しかし「私」なのである。ある時から私は、町中で私に遭った回数を数えるようにしていたが、一か月前は計12人だったのが、今月はもう16人である。やはり「私」は増え続けている。少し不安に思うこともある。この町は有限で、外部との境界には不可視の、透明な壁が存在している。このまま町に「私」が増え続ければ、いずれ世界は、「私」で破裂してしまうのではないだろうか――?

 途端に、世界が暗転した。


 「段々、わが社の開発したオンラインゲーム、『KOCHOU』のユーザー数も増えてきましたな」

 「ええ、この調子で行けば、来月までにはノルマの、プレイヤー数5000人を達成できそうです」

 「結構、結構。もう一つ、拡張パックの開発は進んでいますか?」

 「予定通りですよ。来月までには実装出来そうです。今までは町だけだったのが、今度は海辺や森林、宇宙空間が追加されます。海辺ではビーチボールや海水浴を、森林ではサバイバルゲームを楽しむことが出来ます。宇宙空間では、太陽系の惑星にそれぞれロケットで旅立って、探索することが出来ますよ」

 「素晴らしい!公衆トイレに病院、性風俗店など、元来のゲームでは考えられなかったような施設を充実させることで、注目を集めましたからね。それに加え、自然の中で遊ぶことが出来るようになれば、ますます『KOCHOU』の、第二の現実としての完成度は増していきます」

 「その通りですよ。この調子で、開発を進めていきましょう」

 彼らは楽しげに笑い合っていた。その表情は、屈託のない将来へ希望を感じさせるものである。彼らは皆、自身の将来の幸福を疑ってはいないのである。

 途端に、世界が暗転した。


 現実というものが、何か歓迎することの出来ないような、奇妙な意志により侵蝕されていくのを私は感じている。この世界に蔓延する、私以外の「私」がそうなのだろうか。もう私には何も分からない。久々に「KOCHOU」を遊んでみたが、どうも作品の中の世界にのめり込むことが出来ない。結局私は、ゲーム機の電源を切りベッドに潜り込み、もう眠ることにした。忘れてしまおう。悪い夢なのだ。忘れてしまえばいい。フカフカのベッドの上に横たわり、暖かな毛布を被って、都合の悪い現実は全て、まどろみの中に溶かしてしまえばいい。

 ゆっくりと睡魔がやってくる。だんだん、意識が薄れていって……世界は、暗転していく……


 ――私と私と私と私、私は、どれ?

 

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何でもあり @Tairano-Kiyomori

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