十章 戦呼ぶ争乱の鷲

10-1 生還のイグニシィン

 ウィナフの町を出て次の町へ。フィレルたちの顔は引き締まっていた。

「……最初から、知っていたの?」

 フィレルの問いに、ええ、とフィラ・フィアは頷いた。

「今の時代の地図を渡された時から、もうわかっていたわ。ゼウデラは強い神様、一筋縄ではいかない相手。それはわたしが一番よくわかってる。でも……もしも旅の最初にそれを知ったとして、あなたたちは平静でいられる? 隠したのはわたしなりの判断よ。今でもそれが、間違いだとは思えない」

 うん、とフィレルは頷いた。

 確かに旅の最初にゼウデラがイグニシィンにいると知ったら、責任感の強いロアなんか、真っ先にゼウデラを封じると言うに決まっている。その果てに全滅して結局何も果たせずに終わる未来なんて、容易に想像できる。そんな悲劇を起こさないために、フィラ・フィアは一人でその秘密を抱えてきたのだ。

「イグニシィンに帰る時は、全部終わってからにしようって決めてたんだけどなぁ」

 思わずぼやいた。

 フィレルは今いるメンバーを思う。自分とロアとフィラ・フィアと、イルキスと蝶王。旅の最初に比べれば増えた仲間こそいるものの、欠けた仲間なんて存在しない。

「誰一人欠けさせないで帰り着く」フィレルが兄ファレルとした約束は、果たせそうである。

「兄さん、元気かな?」

 今はただ、それだけが心配だ。

 様々な思いを抱え、フィレルたちは歩き出す。ロアは先程から黙ったままで、何も話してはくれない。

 終わりの時は間近に迫っていた。


  ◇


 何か月ぶりなのだろうか。

 フィレルの足は、懐かしい町の地面を踏んだ。

 石畳で舗装されてはいるものの、ところどころでこぼこな道。町の奥に建つ、あちこちぼろぼろの大きなお城。最初は逃げながらこの町を出たのだな、と思いを馳せる。リフィアとレイドの話から兄は無事だとはわかってはいるものの、会いたくてたまらなかった。

「イルキス、蝶王さま! ここがね、僕の生まれ育った町なんだよぅ?」

 笑いながら、誇らしげに二人に紹介する。

 イルキスは穏やかな笑みを浮かべた。

「ふふ、ウィナフのような活気はないけれど、穏やかでいい町だね」

「でしょでしょー?」

 町を歩いていたら、掛けられた声。

「あれは……まさかのフィレルさまにロアさま!?」

「お帰りなさいませー!」

 いつも遊んでいた町の人々が声を掛けてくる。その全てに、ただいまとフィレルは返した。

 改めて、実感する。ここは自分の帰るべき場所だと。

 こんなに大好きな町に戦神がいる。何としてでも封じなければならない。

 そうやって歩き、城の前にたどり着く。城の前には人形がいた。レイドの残した人形だろうと思い名を名乗り挨拶をすると、すっと通してくれた。そのまま進み、入口の大扉を開け放った、

 先に。

「……フィレル」

 驚いた顔の、兄がいた。

 あの日、別れたっきりの大好きな兄が。

「兄さんっ!」

 叫んでその胸に飛び込んだ。会いたかった、会いたかったのだ、と溢れだす想いが止まらない。

「……ファレル様」

 ロアがすっと膝をつく。

「ロア、只今戻りました」

「ファレル・イグニシィン。お初にお目に掛かるよ」

 ロアの隣でイルキスが挨拶をする。

「ぼくはロルヴァの領主イルジェスの双子の弟、イルキス・ウィルクリースト。フィレルたちの旅の仲間だよ。神々の封印はまだ終わってないけれど……ここに戦神ゼウデラがいると、知ったからね。ここに来ることにしたんだ」

「……よろしく、イルキス」

 穏やかな笑みをファレルは浮かべる。

 フィレルはファレルを見た。久しぶりに見た兄の顔は、どこかやつれているようにも見えた。

「兄さんさ、元気してた? 僕はいつも通りだけど……兄さん、元気ないように見えたの」

 僕はいつも通りだよ、とさらりとファレルは返してしまう。

 それより、と言葉を繋ぐファレルの青い瞳には、心からの喜びがあった。

「みんな……無事で良かったよ。次が正念場だってことはわかったけれど、長い旅だったし……誰かが、死んでしまうんじゃないかって。ただそれだけが、怖かったんだ」

 歓迎しよう、と彼は言った。

「明日にはイグニシィンの神を封じるために発つのだろう? でもね、今夜だけは。レイドとリフィアも帰ってきたんだ。みんなで一緒に、楽しい晩餐会をしようか」

 穏やかに笑ったファレル。

 久しぶりの、優しい時間が訪れた。


  ◇


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