九章 文明破壊の無垢なる鉄槌
9-1 花の都
翌朝。ウィナフの町へ出立する。文明破壊の神様であるシェルファークは過去に幾つもの町を滅ぼしてきたらしい。だから彼を封じるのは早い方が良かったのだ。彼が今の町を破壊する前に。しかしイグニシィンからウィナフは遠く、近いところに神殿のある神様も人間を苦しめていたために、近いところから封印していっただけで。
だが同時にフィレルは思う。シェルファークはこの世の摂理の一部なのではないか、と。どんな文明も育ち過ぎればやがて、腐った果実のように駄目になっていく。シェルファークは腐った果実を除去することで、新たな瑞々しい果実が育つのを手助けしているのではないか、と。けれどそれは神としての越権行為、腐った果実は同じ仲間の手で取り除かなければならない。だからこそ古の王アノスは彼を荒ぶる神として認定したのだ。
オルヴァーンの町から馬で三日ほどの距離にウィナフの町はある。その町は戦争に荒廃したシエランディアの中でも特に栄えた都市であり、王都よりも大きな町であるとされる。形骸化した玉座のあるだけの王都はもう文化の中心地とは言えず、シエランディアの文明は皆、このウィナフの町に集結していると言っていい。ウィナフから遠く離れたイグニシィンのフィレルでもその噂は聞いたことがある。大きな外壁に囲まれ、外壁の中は石で舗装され、お屋敷みたいな大図書館、高度な内容を教える学校があり、町の商店街では威勢の良い声が聞こえる。まだまだ発展途上に見えるこの町は、いつかシエランディアの体制が完全に崩れた時に、新たな王都になるのだろうか。
そんな町だから当然、検閲も厳しいわけで。蝶王はふっと微笑み、ただの白い蝶へと変身してさりげなく寄り添った。そうすればあまり違和感がない。
シェルファーク神殿の情報を集めようと町の入り口に近づくと、武装した兵士に足止めされた。
「ここは花の都、ウィナフの町。この町へはどんな御用事ですか」
丁寧な口調で訊かれ、反射的にフィラ・フィアは「神様の情報を集めているの」と答えそうになったが、先を制してイルキスが口を開く。
「ぼくらはロルヴァから来た旅人だよ。いやぁ、ロルヴァの港町でもさぁ、ウィナフの噂は聞いていてねぇ。一度、この目で見てみたいと、そう思ったのさ。ぼくはロルヴァの領主イルジェス・ウィルクリーストの双子の弟で名はイルキス。これ、身分証ね。あっちのフィレルはイグニシィンの領主の弟で絵描きをやってる。他はみんな仲間。フィレルもこの町の風景描きたいって言ってたしなぁ……。目的は観光、やってきたのはロルヴァの領主の弟と仲間たちってことでどうだい」
相手に何やら書類を見せながら、すらすらとイルキスが言葉を並べる。兵士はイルキスの示した書類を確認し、大きく頷いた。
「かしこまりました、怪しい者ではないと判断し、この門を通します。観光ですね。この町は他の町にはないものがたくさんあるので、思う存分楽しんでいかれると良いでしょう。絵の題材になりそうなものもたくさんございますよ」
笑って、彼は道を開けてくれた。
何の問題もなく町に入ることが出来た。イルキスは仲間に向かって悪戯っぽい笑みを浮かべた。フィラ・フィアは呆れた表情を浮かべた。
「まったく……あなたっていう人は……。でもあなたのさりげない嘘のお陰ですんなり通れたわ。わたしじゃ素直に正しいことを言って、誰にも信用されないで手間取ったと思うし。あなたのそれも才能よねぇ……」
そりゃどうもとイルキスは笑う。
改めて町を見て、感嘆の声を上げた。
きっちりと整備された道路。識字率が高いのか、絵ではなく文字の書かれた看板が町のそこかしこに見られる。戦乱の中でも活気のある声が聞こえ、華やかな笑い声が響き合う。
こんな町に天空神シェルファークがいるというのだろうか。
「やあ、そこのお人」
イルキスが普通の旅人を装って、道を歩いていた人に問う。
振り返ったのは男性だった。きちんとした身なりをし、髪は茶色、瞳は緑。彼はイルキスに一礼をし、問うた。
「おや、旅人さんですか。私に何の用ですかな」
「いやぁ、この町にある伝説を聞いてみたくってね」
イルキスの青の瞳がきらりと光る。
「天空神シェルファーク。そんな神様がここにいるって話を聞いてね?」
途端、男性の表情が固まった。彼は青い顔をして、イルキスに囁いた。
「いる、いる、いるともさ。だがしかし、旅のお方。その名前は、簡単に口に出しちゃあいけない」
「どうしてだい?」
「私たちは、わかっているんだよ」
男性の瞳からは、諦めのような表情が見て取れた。
「天空神シェルファーク。この町の奥の奥にいる。あいつが、たくさんの文明を滅ぼしてきたあいつが、いつかこの町を滅ぼすって。この町は確かに栄えているのかも知れないが……私たちは皆、いつか訪れる滅びの時を、恐れながら日々を生きているのだ」
シェルファークに目を付けられた町は、必ず滅ぼされる。そしてシェルファークは繁栄している町にしか目をつけない。町がシェルファークを祀れば滅びの時を少しは先延ばしにしてくれるが、結局滅ぼされるのは変わらない。
花の都、ウィナフ。明るく華やかな都の裏に見えた闇。それはシェルファークがいる限り、確実に訪れる破滅への恐怖。
成程ね、とイルキスは頷いた。
「ねぇ、興味本位で聞いていい? 今、シェルファーク様はどこに祀られているの。せっかく訪れたんだ、ここは良い町だし、シェルファーク様にお祈りして、もっとここが存続できるようにしたいんだよ」
イルキスの申し出を聞いた男は、ぱぁっと顔を輝かせた。
男は懐から紙を取り出し、詳細な地図を書いてくれた。イルキスは礼を言い、地図を懐に仕舞ってから仲間の元へ戻った。
戻ってきたイルキスに、フィレルは素直に尊敬の目を向けた。
「イルキス、すっごいや! 僕だったらあんなにすらすら話せなかったよぅ?」
「ま、経験の賜物だろうね。各地を旅してるとさ、厄介事に巻き込まれることも多くってね。自然、そういったことに巻き込まれない話し方や行動が身に着くのさ」
悪戯っぽくイルキスは笑った。
思ったよりもすんなりと神殿の場所が分かった。後はそこに向かう前に、作戦会議である。
フィレルらは宿をとり、その一室で話し合うことにした。
「天空神シェルファークは、攻撃力がとにかく高いわ」
前も言ったと思うけれど、とフィラ・フィアが切り出した。
「文明を破壊する神様だもの。下手な防御に回るよりは、回避に徹した方が良作」
「後は……あいつ、空を飛びまわらなかったか?」
ロアがすっと話に割って入った。
ロアの言葉に、フィラ・フィアが眉をひそめる。
「『あいつ』? まるで知り合いのような口をきくのね」
ロアは難しい顔をして押し黙る。
古代文字も読めて、闇神と知り合いで、天空神とも知り合いらしいロア。
正体がわからない。人外か、神に愛された人間なのか。
知ったらロアがロアでなくなるような気がしたから、フィレルは話題を変えようと試みる。
「天空神だから……雷とか使うの?」
「使っているのを見たことがある。それは我が保証しよう」
蝶王が小さな頭で頷いた。
攻撃力がとにかく高く、空を飛びまわり、雷を使う。並大抵の相手ではない。
「雷ならば、逸らせるよ」
イルキスが自分の胸に手を当てた。
「ぼくが囮になろうか。指運師のぼくに遠距離攻撃は当たらないし、幻影魔法を使えば相手の目を誤魔化せるかもしれないし」
でも危険な役割だよ、とフィレルは心配を込めた瞳でイルキスを見た。
わかっているさと彼は笑う。
「でもこの場合、ぼくしか適任はいないだろう。大丈夫、ぼくには
そしてイルキスが相手を引きつけている間、イルキスの幻影魔法に隠れたフィラ・フィアが舞を舞い、シェルファークを封じる。ロアはフィラ・フィアに危機が迫ったら、彼女を抱えてその場を退避する。フィレル、蝶王は状況に応じて支援や妨害をする。
蝶王の死神蝶たちは、たくさん集まれば相手を撹乱できる。蝶王もこの作戦で、大いに役に立つことだろう。
方針は決まった。窓から外を見れば、陽はまだ高い。今日中に封じてしまうのもありかもね、とフィレルの提案に、一同は賛成した。
宿から出て、書いてもらった地図を見て、神殿を目指す。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます