8-3 第五の封印

「僕がこれから問題を三問出す。それら全てに正解したら君たちは僕に問題を出すチャンスを与えられる。君たちが僕の出した問題を間違えたり答えられなかったりした場合は君たちの敗北、ルールにのっとって一族郎党皆殺しだ。けれど君たちの出した問題に僕が答えられなかったり間違ったりした場合――」

 彼はふっと目を細めた。それは何かを強く望んでいるがどうせ無理だろうととでも言うかのような、諦めのこもった目。

「君たちは僕を封じることができる。僕はルールに忠実だから、敗北した場合素直に封じられよう。これでどうかな? ああ、当然ながら拒否権はない。回答者は誰でもいいけれど一度答えたら回答がわかっても他の問題には答えられないし、相談するのも禁止だよ。制限時間は各問三分。それは僕も同じだけれどね」

 要は、問題全てに正答して、相手が答えられないような問題を作ればいいのだ。

 それしかこの神を封じる手段がないのならば、やるしかない。フィレルらは頷いた。

 では始めようか、と笑った神の顔に、愉悦が浮かぶ。

「第一問。それは天に浮かぶ星の中にあり、それはあなたの心に宿る。それは時に草を木を森を包み込み大災害をもたらすけれど、同時に人間を助けることもできる。さあ、答えてもらおうか。それとは一体何なのだろう?」

 フィレルはうーんと考える。大災害、というところから自然に関わるものかなと思ったが、大災害を引き起こせる魔法も確かに存在する。星の中にあり心に宿り大災害を引き起こし人間を助ける。一体何なのだろうとフィレルは頭を抱えたが、

「わかったわ」

 凛とした声が空間を割る。

 堂々と胸を張り、フィラ・フィアは答えた。

「正解は……炎ね。星……たとえば太陽は燃えているし、人の心の中にも炎は宿る。山火事などが起これば大災害になり得るし、炎は古来より人間だけが扱えるもの。炎ならば辻褄が合うわ。……どう?」

「お見事。正解だよ封神の娘」

 フォルトゥーンは口元に笑みを浮かべる。

「君には簡単過ぎたかな? まぁ良いよ。

 では第二問。歌みたいになっているからしっかり聞いてね」

 言って、彼は淡々と問題文を口にする。


「農耕の女神が木を植えた

 魔除けのナナカマドの木を植えた

 アレヴの街道に沿って木を植えた

 二十五メルごとに木を植えた

 木を植えた後に彼女は帰り、魔除けの街道は出来上がる

 彼女の植えた木の数何本」


 数学の問題らしい、とフィレルは気がついた。イグニシィン城で少しは勉強してきたために数学の問題が解けないわけではないフィレルだったが、どうやらこの問題、問題文に出てくる「アレヴの街道」の長さを知らないと解けないようになっているようだ。フォルトゥーンは三回読みあげてくれたが、何度聞いても街道の長さは出てこない。街道の長ささえわかれば簡単な問題なのにな、と難しい顔をしていると、蝶王と視線が合った。蝶王は任せろとでも言うように大きく頷き、フォルトゥーンの方を向く。「わかったぞ」と蝶王はフォルトゥーンに声を投げた。

「アレヴの街道の長さは七百メルだ。この問題は七百を木の数であるニ十五で割り、それに一を足すことで解ける植木算だ。七百を二十五で割れば答えは二十八、これに一を足して二十九が答え……と、言いたいところだが」

 蝶王の顔に苦い笑みが浮かぶ。

「そなた、最初から騙すつもりでこの問題を出したのであろう。我は二十九ではなく、三十と答える。それがそなたの言う正解であろう? アレヴの街道を指定されたからな……引っかけ問題だと思うたわ」

「……正解。ああ、答えは三十さ」

「どういうこと!?」

 わからず目を白黒させるフィレルに、「ナナカマドの期の一本にはヤドリギが生えていたんだよ」とフォルトゥーンは解説する。

「魔除けのナナカマドの木。けれどナナカマドはヤドリギが宿り得る木。アレヴの街道は美しい対称を描いているけれど、一つだけ対称じゃないところがあってね。そこが……」

「……ヤドリギの生えたナナカマドってわけ?」

 むぅ、とフィレルは頬を膨らませた。

「ずるーい! 普通に何も知らないで解いてたら確実に間違ってた問題じゃん! そんなのフェアじゃないってばぁ!」

 まあまあとフォルトゥーンは笑う。

「解けて、結果生き残れたんだからいいじゃないか。伝説の蝶王様に感謝だね?

 さてさてこちらの出す最後の問題、第三問! 難易度の高い論理パズルだ! 三分以内にわからなかったら君たちの挑戦は終了、ここで朽ち果てる羽目になる!」

 さぁ行くよ、と微笑みを浮かべ、運命神は問題を読み上げる。


「その神殿には神がいた 三体の偉大なる神がいた

 真の神と偽りの神、そして気紛れなる風の神

 真の神は真実しか語らず、偽りの神は嘘しかつかぬ。

 風の神の答えは変幻自在、気紛れに嘘も真も答える

 彼らは皆同じ顔、同じ声

 彼ら、互いの正体こそわかれども、外部が判別すること難し


 あなたの前に立ちはだかる神

 神々は言う、「我らの正体を見破れ」と

 あなたは三度質問できる

 されどそれは「はい」か「いいえ」で答えられるもののみ

 神の返答は「ルー」か「ロー」

 どちらが「はい」か「いいえ」かは判らぬ

 そんな彼らの正体を知るには、どのような質問をすべきであろうか?」


 問題を聞いて早々に、フィレルは匙を投げてしまった。

 キャンバスの端っこに大慌てでざっとした問題文を書いてみるけれど、まるで見当がつかなかった。ちらり、周辺の仲間を見てみるけれど、皆難しい顔で考え込んでいる。ただ一人イルキスだけが、目に強い光を宿らせて、ひたすら思考を巡らせているようだ。

 制限時間はたったの三分。そんなので解ける問題ではない、そう、思っていたのに。

「残り時間は十秒だよ」

「わかった」

 フォルトゥーンの声と同時、イルキスがきっと相手を見据える。

「いやぁ、難しい問題だったけれど……ぼくみたいな嘘つきに、嘘つき問題が解けないわけがないのさ」

 言って、回答を口にする。

「そこに一、二、三の三人の神様がいるってことにして、最初に一の神様にこう尋ねる。『二は風の神ですかと聞いたら、あなたはルーと答えますか』と。答えが『ルー』なら三が、『ロー』なら二が風の神ではない神様さ」

 二回目の質問は、と彼は続ける。

「一回目の質問に対する答えを受けつつ、風の神ではない神様にこう尋ねる。『もし、あなたは偽りの神ですか、と聞かれたらあなたはルーと答えますか』と。答えが『ルー』ならその神様は偽りの神、『ロー』なら真実の神さ」

 たった三分で、イルキスは難しい問題の答えへと到達した。

 フィレルは彼の口から発される答えを、驚いた顔で聞いていた。

 イルキスは続ける。

「最後の質問。二回目の質問をしたのと同じ神様に対し、『もし、一は風の神ですか、と聞かれたらあなたはルーと答えますか』と質問する。答えが『ルー』なら一は風の神、『ロー』なら残った一人が風の神。これで全員の正体が明らかになる。……さて運命神フォルトゥーン。ぼくの答えに間違ったところは?」

「……ない。見事だね。流石姉上に愛されるだけのことはある。姉上は馬鹿を愛さない。そんなに優れた頭を持つならばそうなるのもむべなるかな、ってね」

 ぱちぱちぱち、とフォルトゥーンは拍手をした。その顔には面白がるような笑み。

「過去に何度もこの問題は出してきたけれどさ、正解したのはほんの一握りしかいないんだよ。いいねいいね、面白い! じゃあさ、今度はそっち側が問題を出してみてよ! 僕が答えられないようなとびきり難しい奴を!」

 その時、フィレルの脳裏に電撃のようにして何かが閃いた。

 フィレルは知っていた、この神様の物語を。冬のある日、兄が読んでくれた童話集。その中にあった悲しい物語を――。

「質問はどんなものでもいいんだよねぇ?」

 問うと、ああ、とフォルトゥーンは頷いた。ならば、とフィレルは手を挙げる。

「今度は僕が質問するよっ! ねぇねぇフォルトゥーン様。神様でも人間でもいいからさ、何でもいいからさ、あなたの好きな存在を一人挙げてみてよ。恋じゃなくって、友情とかそういった『好き』でもいいよ。簡単でしょ?」

 フィレルの質問を聞いて、皆顔を青くした。ロアは思わずといった風にフィレルの胸倉を掴みあげる。

「おいこの馬鹿! そんな簡単な質問投げて……。全滅したいのか!?」

 えへへとフィレルは笑う。

「まぁ見ていて。絶対に、答えられない質問だから。僕、知っているんだもん」

 ちらり、フォルトゥーンを見れば彼はその場で凍りついたように固まっていた。

 その顔に悲しげな笑みが浮かぶ、その顔に何かを諦めたような笑みが浮かぶ。

「……制限時間を待つまでもない。答えられない質問だよ絵心師の少年。よく知っていたね。身構えていたけれど……まさか、そんな質問が来るなんて」

 どういうこと、とフィラ・フィアが問うと、僕は秤だからとフォルトゥーンは答える。

「僕は運命の秤として生を受けた神だ。秤は絶対に平等でなくてはならない。そんな都合で、僕は秤を狂わせるような感情を、最初から付与されていない。それは憤怒と憎悪と――愛、さ」

 愛、とフィラ・フィアが呟くと、愛だよとフォルトゥーンは頷く。

 青の瞳に様々な感情が渦巻いた。

「僕は、さ。そうやって上の神様の都合で感情を制限されたのが悔しかった。だから、さ。運命の神様の権能を使って、何かを変えて均衡を崩し、それで奪われた感情を取り戻そうと思っていたわけ。それが僕の放埒の動機。……まぁ、元からゲームが好きだったのもあるけどさ。結局、何をやっても感情は戻って来はしなかった」

 どこで知ったの、とフォルトゥーンはフィレルに問う。フィレルは昔兄さんが読み聞かせてくれた一冊の童話集からだよ、と答えた。

「イルキスとは違う人で、運命の女神に愛された人がいたの。その人の話なんだけど、途中であなたの話も出てきたんだ。その時僕はまだちっちゃかったけれど、よぅく覚えてるんだよ」

 成程、とフォルトゥーンは頷いた。

 そしてフィラ・フィアに向き直る。

「さて……僕の敗北だ封神の姫。宣言通り、僕は無抵抗だ、封じるといいよ。君が僕の地獄を終わらせてくれ。僕は、さ……得られないものを求め続けるのはもう嫌なんだよ。君が封じてくれればきっと、僕はこの際限のない虚無感から解放されるんだ……」

 わかったわ、とフィラ・フィアは頷いた。

「じゃあ……悲しみの運命神フォルトゥーン。わたしがあなたに休息をあげる。安らかに……眠りなさい」

 言って、彼女は舞を舞い始める。しゃん、しゃん、と澄み渡った錫杖の音、彼女のサンダルが意思の地面を打つ音。そう言えば封神の舞を彼女が舞う時はいつも戦闘中だった、だからこうしてしっかりと見るのは初めてだなと、居並ぶ者たちは彼女の舞に見入った。舞う彼女の足元、生まれる魔法陣と虹色の鎖。少しずつ実体を得ていく鎖はやがて完全に実体化し、彼女の手の動きに合わせて一直線、フォルトゥーンのもとへと向かった。そして……

「ありがとう……ね……」

 最後の最高の笑顔を見せたフォルトゥーン。身体に巻きついた鎖、そして溢れたまばゆい光。

 光が消えて視界が開けた時、そこには玉座に座ったフォルトゥーンの形をした、青金石ラピスラズリがあった。青の表面に時折星のような輝きを宿すその石は、フォルトゥーンらしいなとフィレルは思った。

 さて、とフィラ・フィアは皆を振り返る。

「帰るわよ……オルヴァーンの町へ」

 そうして彼らは神殿を発った。

 黄金の玉座には、孤独な運命の神を封じた青金石が、悲しげな輝きを帯びていた。


  ◇


 オルヴァーンの町で、残った神々を指折り数える。

「後は無邪気なる天空神シェルファークと、戦呼ぶ争乱の鷲ゼウデラと、生死の境を壊す闇アークロアの三体ね。もう半分以上封じたわ、あと少しよ!」

 フィラ・フィアは嬉しそうに笑った。

「ところで、次はシェルファークでいいとして……封じる順番について提案があるの。いいかしら?」

 何だろうとフィレルは思う。戦神ゼウデラはかつてフィラ・フィアが負けた相手、最後に回すべきだと考えていた。そこに何か変更でもあるのだろうか。

「本来の予定ならばゼウデラは最後よ。でも違う、わたしはそうしない。最後に封じるのは闇のアークロア。アークロアには神殿がない、彼には祈る人すら存在しない。そんな不確定な神様は最後に回さないと、いつまで経っても旅を終わらすことができないわ」

 そして方針は定まったのだった。

 シェルファークがいるのはオルヴァーンの北、ウィナフの町だ。話によるとシェルファークは、文明を破壊してはそこから人々が立ちあがる姿を見て愉悦を覚えるのだという。文明破壊の無垢なる鉄槌、という異名もある神様で、その攻撃力は恐るべきものだという。十分に用心する必要があるだろう。

 次の目的地のことを考えながら、今日はこの町で休みましょうとのフィラ・フィアの提案を受け宿に泊まる。

 この旅ももう少しで終わる。それは嬉しいことだけれど、どこか寂しくもフィレルは思っていた。


  ◇

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