1-3 それは禁忌の
飾られた絵を遠目で見つつ、ロアが階段へ歩を進めようとした、
時。
彼は見てしまった。
飾られたフィラ・フィアの絵。美しい王女の絵に、フィレルがその手を伸ばしているのを。
フィレルの手は魔法の手、描かれた絵を実体化させる奇跡の手。その手が目の前の人物画に伸ばされている、意味。
それに気が付いたロアは戦慄した。――フィレルは禁忌を犯そうとしている。
「やめろこの馬鹿ッ!」
叫び、荷物を放り出してフィレルを止めようとしたが時既に遅く。
フィレルが触れた絵画が、虹色の輝きを放った。
その瞬間、飛んできた衝撃波。「フィレルッ!」叫び、ロアは咄嗟にフィレルを庇うように抱きしめて、代わりにしたたかに地面に背中をぶつけた。「わわわっ、ロア、大丈夫!?」と慌てたようなフィレルの声。「問題ない」答え服の埃を払ってから立ち上がる。
虹色の光。輝いた絵画。その光がおさまった時、絵画の目の前に立っていたのは、
「わぁ、ほんとーにいたんだねっ!」
「……嘘、だろ?」
古の王女、悲劇の英雄、『崇高たる舞神』フィラ・フィアだった。
彼女の肖像画は、彼女の絵があった場所だけ、異様な空白を晒している。
そして目の前に立っていたのは、右手に鈴の付いた錫杖を握った、本物の、
「――フィラ・フィア?」
「そう、それがわたしの名前」
目の前に立つ、踊り子風の衣装を身に纏った少女は頷いた。
彼女は手に握った錫杖をしゃんと鳴らす。
「知りたいの。ここはどこ? 今はいつ? わたしは死んだわ、確かに死んだの。なのにどうして生きているの。わたしは生まれ変わったの? 何が起こっているの? ああ、全然わからないわ」
ロアはかつてないほど厳しい顔で、フィレルを睨んだ。
「……貴様、禁忌を犯したな」
絵心師は描かれたものを取り出して、現実世界に召喚することができる。そんな絵心師には、絶対に犯してはならない禁忌があった。それは、人物を取り出すこと。
人物を取り出して、もしもその人物が実在の人物であり、今も生きているとするならば対象は、自身を取り出した絵心師のもとへ自動的にワープする。対象がもしも死者である場合は、死んだはずの者が復活するという異常現象が起こる。ただ、取り出した対象が架空の人物である場合は何も起こらないだけで無害なのだが……。
現実。絵画から取り出された古の王女フィラ・フィアは、今こうして目の前で喋り、生きているのだ。
それは、フィレルが禁忌を犯した証拠。
フィレルは困ったような顔をして、目の前の王女に手を差し出した。
「えーとねぇ、初めまして? 僕はフィレルぅ! 絵心師っていうさ、すごい特殊魔導士なのね。よっろしくぅ!」
「……フィラ・フィア・カルディアルトよ。ところで、どなたか状況を説明してくれないかしら? シルークは? エルステッドは? ヴィンセントは? レ・ラウィは? ユーリオとユレイオの双子は? みんな何処に行ったの? どうして私だけが生きているの」
混乱する王女を見て、ロアは溜め息をついて答えた。
「……王女よ。絵心師って知っているか?」
ロアの質問に、フィラ・フィアは頷いた。
「少しなら聞いたことがあるわ。描いた絵を実体化させる特殊魔導士。自分の描いた絵だけでなく、他人の描いた絵や印刷物まで実体化させる。それがどうしたのかしら?」
「……このフィレルがその絵心師だ。それでだな、王女。あなたの絵はちょうど……」
言いかけて、彼は一部が異様に白くなった、肖像画だったものを指し示した。
「ここにあった。つまりは……」
「わたしはこの絵に描かれていた。それをこの少年が取り出した。それで解釈は合っているの? それって禁忌なんじゃないの?」
頷いたが、彼女は納得のいかない顔だ。
ああ、とロアは答える。
「それで合っている。でも、禁忌すら堂々と破るのがこのフィレルという奴なんだ……」
頭が痛いぜ、と彼が呟いた時。
「どうしたんだい? みんな集まって。……おや、その女の子は?」
優しい碧の瞳に不思議そうな表情を浮かべて、イグニシィンの当主、ファレル・イグニシィンが現れた。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます