1-2 お誕生日に外へ出よう

 そして変わらぬ毎日が今日も訪れる。フィレルの足音で城中が目を覚まし、騒がしく一日が始まる。

「ハッピーバースデートゥーミー、生まれて良かったぁ!」

 その日はフィレルの誕生日だった。彼は「これで好きな物を買っておいで」とファレルにお金を渡されて、にこにこ笑って出かけていった。大喜びで飛び跳ねるフィレルを「待てよ、待てったら!」と必死で追いかける。ロアの苦労人っぷりも板についてきた。

「やったやったぁ、何買おう、何買おう?」

「散財し過ぎるなよ? もらったお金だからって全部使い切るなよ?」

「いーじゃん、いーじゃん。僕の誕生日だし、別にいーじゃん!」

「…………」

 ロアは、自分が財布を持っていて良かったと心の底から思った。

 フィレルは元気よく飛び跳ねる。その無邪気な姿を見、領民たちはにこにこと笑う。この厳しい世界にあっても、いつもいつだって笑っているフィレルは、確かに皆の心を明るくした。今日がフィレルの誕生日だと思いだした領民たちは、フィレルに何かプレゼントしようとあちこち家を探しまわる。間もなく、ロアの腕はフィレルへのプレゼントでいっぱいになった。フィレルは大はしゃぎしながらも食べ歩きをしたり、怪しい変な物を買おうとしてロアに引っぱたかれたりした。

 そんなこんなでいつの間にか渡されたお金も残り少なくなり、ロアの合図でフィレルらは帰ることになった。名残惜しげなフィレルにロアは言う。

「……長時間、ファレル様を一人にするつもりか?」

「あ……それは嫌だぁ」

 ロアの言葉に頷いたフィレル。兄の話題を出すと素直である。

 フィレルの兄ファレルは心優しい領主さま。しかし彼は病弱で、城の中からは滅多に出てこない。城の中でこそ割と気ままに歩いているけれど、余程のことでもない限り外へは出ない。昔は違ったのになぁとフィレルが寂しそうな顔をして、ごめんよと困ったような顔を浮かべていたファレルを、ロアは見たことがある。

 二人して歩いて、城に帰る。城の門の前、門番はいない。門番さえ雇う余裕がない貧乏貴族。メイドを雇うだけでも精一杯だ。何かあった場合、武術の心得のあるロアが皆を守る。

 ロアは記憶喪失だ。戦災孤児らしく、イグニシィンの城の前に倒れていたところをファレルに拾われ、やがて家族として迎えられるようになった。そんな彼には、ファレルに拾われる前の記憶がない。「……何か、絶対に忘れてはならないことを忘れている気がする。そして自分が最も大切にしていた存在を、誰かによって殺された気がする。胸の内には喪失感が巣食っているんだ」と彼は語ったが、その過去はいまだ謎に包まれたままである。そしてその過去を明らかにして良いのか、それはわからない。ロアは己の過去を解き明かすことを望んでいたが、ファレルはそれに否定的だった。

「ただいまぁ」

「ただいま」

 二人して大扉を開け、城の中に入る。

 返ってきた二人を、茶髪に桃色の瞳をした、メイド服の少女が出迎えた。城に二人いるメイド、リフィア&エイルのリフィアの方だ。エイルは青い髪に赤い瞳という、異様な外見を持つ。

 リフィアはくりくりした目を悪戯っぽく輝かせてロアに話しかけた。

「お帰りなさーい。……って、ロア、またまた荷物持ちぃ? いつも大変ねぇ」

「余計な御世話だ。リフィア、たまにはオレと代わってくれないか? コイツのお守りは本当に疲れる」

「あたしは別に構わないけれど、ロアには代わりに家事やってもらうことになるわよ。家事なんてやったことのないロアにあたしの代わりが務まるのかしら?」

「……やれやれ」

 ロアは溜め息をついた。

 リフィアと呼ばれたメイド服の少女は勝気な笑みを浮かべる。

「そんなわけで、ロアはずっとフィレルのお守りね。

 そしてフィレルーっ! お誕生日、おっめでとーっ!」

 彼女が笑いかければ、うん、と元気よくフィレルは頷く。

「リフィアもありがとーっ! あのね、後でね、兄さんとお話しするんだよーっ!」

 笑いながらもフィレルは城の正面階段を駆け上がる。そこを進めば彼の部屋にたどり着く。そんな様を眺めつつ、ロアは持たされた荷物を置きに、リフィアに別れを告げてからゆっくりと動き出した。

 正面階段を上ると、階段は途中で左右に分かれる。その回廊には「封神綺譚」に出てくる伝説的な人物たちの絵画が飾ってある。実はイグニシィン家は「封神綺譚」の七雄の一人レ・ラウィの子孫であり、その関係で、「封神綺譚」関係のものが数多くあるのだ。

 飾ってある絵画は、レ・ラウィの息子ラキが、エルステッドから話を聞いて描いたものらしい。彼は伝説の時代には生きておらず、話だけを聞くしかなかった。けれど話を聞いただけで、本物そっくりの絵を描き出した。フィレルの絵の才能はラキから来たのかもねといつしかファレルが話していたこともある。

 英雄の、子孫。

 七雄の内、唯一子を遺していた英雄レ・ラウィの子孫。

 それがイグニシィンの正体なのだ。

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