1-6 舞は呼ぶ癒しの風


「で? いつ出発するのかしら。わたしも、流石に今日とは言わないわ。でもまだ神々のせいで人間が苦しんでいるのならば、早めに動かないと」

 フィラ・フィアは言った。

 そうだねぇとファレルは思案顔。

「あなたの事情はわかったけれど……三日だけ、時間をくれるかな」

「……どういうこと?」

 フィラ・フィアは訝しげな顔をした。

 ファレルは答える。

「いや、これは僕のお節介なんだけれど……。いきなり遥か未来の世界で蘇った君に、この時代のことがわかるのかなぁって、ね」

「あ……」

 フィラ・フィアは虚を突かれたような顔をした。

 三千年の時を経て、彼女は蘇ったけれど。

 三千年のブランクは大きい。あまりに、大きすぎるのだ。

 良かったら教えてあげるよとファレルは笑う。

「僕の知っている程度の知識でいいならば、僕の教えられる範囲で教えてあげるよ。旅が始まったら忙しくて、そんなことする暇なんてないだろう? 旅を始める時間は確かに少しだけ遅れるけれど……三日程度ならばまだ、誤差の範囲内なんじゃないかな」

「……そうね」

 フィラ・フィアは頷いた。

「ならばわたしからもお願いするわ。ファレルさん、わたしに教えて。わたし、何もわからないの。何ひとつわからないのよ、だから」

「いいよ。ああ、でも今日はもう日が暮れたし、今から勉強しようって気にはならないよね。明日の朝から教えるよ。だから今日と明日はお城に泊まって行って。無駄に広いお城だからさ、空き部屋だけはたくさんあるの、」

 さ、と言葉を結びかけて、

 不意にファレルが苦しそうに咳き込んだ。その優しい顔が苦痛に歪む。

「ファレル様!?」

 慌ててロアが駆け寄って背中をさする。「兄さん……?」とフィレルも不安そうに近づいてくる。ファレルはしばらくずっと咳をしていたが、やがて発作がおさまると、ごめんよと言って弟の頭を撫でた。それでも呼吸は荒く不規則で、完調とは言えない様子だ。

「……本当はさ、僕だってみんなと一緒に行きたかったさ。封神の旅でもしもみんなが死んでしまったとして、それで僕だけ残されるのは嫌だからねぇ。でも、僕はこんな身体だから……」

 それでも、苦しくても何とか笑おうとするファレル。

 その姿を痛ましく思ったフィラ・フィアは、手にした錫杖をしゃんと鳴らした。

「……どうしたんだい?」

「じっとしていなさいよね。これから癒しの舞を舞うわ。心優しい領主さま、あなたの苦しみが少しでも楽になれるように。わたしはフィレルにこそ文句はあるけれど、あなたに文句はないしそれどころか感謝してる。良かったら受け取って。わたしの舞には魔法がこもるの。知っているでしょ?」

 言って、彼女は錫杖を手に、舞う。

 しゃん、しゃん、と、彼女が動くたびに彼女の錫杖の鈴が、彼女が身につけた鈴が鳴りだす。鳴りだした鈴は清浄な空間を辺りに作りだし、やがてそれは彼女の舞に合わせて指向性を得、癒しの魔力となってファレルに向かって流れだす。

 神さえ封じる舞を舞う『舞師』フィラ・フィア。癒しの舞など神封じの舞に比べれば圧倒的に容易く行えるものだろう。

 しばらくして、荒く不規則だったファレルの呼吸が穏やかになり、彼はほうっと大きく息をついた。

「ああ……すごい、魔法だね。さっきはあんなに苦しかったのにさぁ……」

 彼の言葉にフィラ・フィアは笑う。

「わたしの舞は伊達じゃないわ。この程度完璧に舞えないと、神様なんて封じられっこない」

 やがて舞が終わった時、ファレルの体調は完全に回復していた。泣きそうな顔で兄にしがみつく弟の頭を、ファレルはよしよしと撫でてやる。

「一件落着おめでとさーん!」

 と、不意に現れた茶髪の少女。リフィアだ。どうやら少し前からそこにいたらしい。否、最初から彼女は大扉の前で事の顛末を眺めていたが、フィレルが大問題を引き起こしたせいで、話しかけるタイミングを逃していたのだ。ロアが放り出したフィレルの荷物も、ちゃっかり回収して片付けてしまったところが彼女の優秀たる証である。

 彼女は皆が自分に注目したのを確認し、提案する。

「初めまして王女様。あたしはリフィア、このお城のメイドさんね。

 そろそろいい時間だから夜ご飯にしようと思っているんだけれど、ファレル様の体調さえ大丈夫なら、みんなで食堂に移ってくれないかな? せっかくお客様もいることだし、あたしとエイルとでおいしいの作っちゃうからさっ!」

 その言葉に、フィレルは目をきらきらと輝かせた。

「そーだねっ! お腹もすいちゃったし! それにさ王女さま。リフィアとエイルの料理ね、すっごくおいしいんだよーっ! ていうか! 今日は僕の誕生日だし! 特別なご飯に期待するんだよーっ! 王女さまもラッキーだねぇ!」

 無邪気に笑うフィレル。

 そうだなとロアも頷いた。

「ファレル様、体調は?」

「王女さまのお陰で、すっかり治ったよ」

 じゃあ行こうか、と彼がフィラ・フィアを見やると、じゃあお邪魔するわねと彼女は頷いた。

 行こうよ行こうよぉと走り出すフィレルに先導されつつ、一行は食堂へと向かう。


  ◇

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