1-5 封神の旅団、新生す

 その呟きを聞いて、

 ふと、フィラ・フィアの目が細められた。

 彼女はフィレルの胸倉を掴んでいた手を離し、ずんずんとファレルに近づいた。咳き込むフィレルは放置して、彼女はファレルに問い詰める。

「待って。あなた今『神さま』って言った? それで思い出した、思い出したわ! わたしはかつて、神様を封じる為にこの世に生まれたの。でもね、わたしが戦神の神殿で倒れた時、封じ切れていない神様はまだたくさんいたんだ! わたしにはまだ使命があるっ!」

 教えて、と彼女は真剣な瞳でファレルを見た。

「あなたがこの一団のリーダーであり、最も智恵ある人物だとわたしは踏むわ。そこで聞きたいのだけれど、今、『荒ぶる神々』はいるの? いるとしたらどの神様? 教えて、いいえ、教えなさいっ!」

 かつて彼女は使命を完遂できずに命を散らした。

 彼女は一度死んで生まれ変わった後でも、その強い使命感が変わることはなかった。

 ファレルは真剣な彼女の瞳を見、一生懸命に記憶をたどる。

「えーとねぇ、確か……」

 彼は「悲しみに見境を失った風神リノヴェルカ」、「虐殺を愛した死の使いデストリィ」、「運命を弄ぶ者フォルトゥーン」、「最悪の記憶の遊戯者フラック」、「死者の王国の主ライヴ」、「生死の境を暴く闇アークロア」など、いくつかの名前を挙げた。そして……戦神ゼウデラ、さ、と付け足した。

「ええと、確かねぇ。三千年前に比べれば被害はおさまったけれど、彼らは今もまだ一部地域で甚大な被害をもたらしているそうだよ。彼らの支配域には誰も住まなくなってしまった」

「……そう」

 フィラ・フィアはきっと顔を上げた。その赤い瞳に強い意志が宿る。

 彼女は握った錫杖をしゃん、と鳴らした。動きを確かめるように軽く舞い、自分の周囲で魔力が膨れ上がったのを感じ取る。

「……力は変わってない、まだ戦えるわ。ならば」

 呟き、彼女は宣言した。

「わたしのやり残したことで子孫たちが傷付いているのならば、それを救うのが『希望の子』の使命。こうして蘇ってしまった以上、これはわたしの仕事だわ。わたしは封神の旅に出る!」

 けれどわたし一人では自分の身を守れないから、と、彼女はフィレルを見た。

 その赤い瞳に射すくめられ、フィレルは「な、何?」と上ずった声を上げる。

 フィラ・フィアは力強く笑った。

「責任取りなさいよねあなた。あなたにはわたしの旅についていってもらうわ。文句はなし。あなたがわたしを起こしたんでしょう? それくらいはしてもらわないと、ね」

 でも、と思わずフィレルは言ってしまった。

 彼は知っているのだ、ロアから聞いたのだ。

 荒ぶる神々は仮にも神、そう簡単に何とかできる存在ではないと。フィラ・フィアたち『封神の七雄』でさえ何度も手こずり、その戦いの中でたくさんの仲間を失ってきたのだと。

 もしも全ての神を封じることができたとしても、その旅についていったら最後、フィレルが生き残れる可能性は少ない。そしてそれはフィレルの愛する兄を悲しませることになるのだと、彼はよくわかっている。ファレルは家族を失うことに関してとても敏感で、フィレルに過保護な理由の一端もそこにある。

 フィレルは兄を見た。ファレルは難しい顔をして黙りこんでいた。

 けれど、この大事件を起こしたのはフィレルだ。当然ながら、何もなかったようにするわけにはいかず。

 わかった、行くよと真剣な声で言おうとした刹那、

「……ったく、手のかかる坊やだよなぁお前は」

 呆れた顔をしながらも、ロアがフィレルの隣に立った。

 その意味するところは。

「……ロア?」

「仕方ない、ついていってやる。王女さまもフィレルも武術なんてからっきしだろう。誰かが前衛として皆を守らなければ、序盤で全員死亡ルートだぜ。そんなのごめんだろ?」

 オレはイグニシィンで一番の剣の使い手だからな、と、彼は誇らしげに胸を張った。

「オレならば、守れる。オレならばその運命を変えられる。だからオレも行くんだよ、ああ。

 ……言っておくがフィレル、お前の為なんかじゃないからな。オレはこの状態を見過ごすことができないだけだ」

 ロアの言葉に、フィレルは虚をつかれたような顔をした。

 やがて吐き出された言葉。

「僕の為じゃない、って、ロアは素直じゃないなぁ」

「事実だッ! ついていってやると言っているんだから少しくらいは感謝しろ能天気馬鹿!」

「あーハイハイ」

 ロアに小突かれながらもフィレルは笑う。

 刹那、その鮮やかなエメラルドグリーンの瞳が、真剣な色を湛えた。

「でも……ありがとう」

「ファレル様を悲しませないためだ。他意は無い」

 ぷいとそっぽを向いたロア。

 その様子を眺め、フィラ・フィアは確かめるように問う。

「……えーと、つまり今回の旅は、わたし、フィレル、ロアさんの三人で行くことになるのね?」

「どーしてロアだけ『さん』付けなのさー?」

「お前は黙ってろ! ……ああ、そういうことだ。宜しく頼むぜ、王女さま。あとオレはただの『ロア』でいい。『さん』なんて戦災孤児には要らんよ」

 フィレルの文句を封殺しながらもロアは答えた。その黒の瞳に一瞬だけ寂しさと郷愁のようなものがよぎったが、すぐに消えていつもの不敵なロアに戻る。

 わかったわ、とフィラ・フィアは頷いた。

 頷き、そして宣言する。

「かつてわたしたち『封神の旅団』は神と戦い、神に敗れた。しかし長い時を経てわたしは今復活した! 傍に大切な人はもういない。けれど……!」

 赤の瞳に、強い意志が宿る。


「新生封神の旅団、ここに在り! さぁ、やり残した仕事を完遂するわよっ!」


 古の昔、旅半ばにしてフィラ・フィアは死んだ。

 彼女の物語は、シエランディアで一番の悲劇として語り継がれている。

 しかし今、彼女は少年の出来心によって蘇り、偶然にもやり直す機会を与えられた。

 だから。

――やり直さないわけには、いかないでしょう?

 力強く笑う彼女の隣、フィレルが無邪気さを封じ込め、真剣な顔をしていたことに気付いたのは、ファレルだけだった。


  ◇

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