第22話 春
高速道路の脇に、森の木を切って作ったいくらか開けた場所があった。高速道路は2000mの直線が確保され、森の中のその場所とは土を盛って行き来ができるようになっていた。
森の中では、木から木へとロープが渡され、そこに偽装網がかけられていた。偽装網の下には、3機のMe109が隠れ潜んでいた。
彼は、その主翼の下で、タイヤによりかかって座り高速道路の作業を眺めていた。道路では、1機のMe109が脚を折ってへたり込んでいた。1台のキューベルワーゲンにロープが繋がれ、ずるずると戦闘機が撤去されてゆく様子を見ていた。
爆撃機の警報を受けて基地を離陸した彼の小隊は、前下方攻撃でB-24爆撃機2機に命中弾を送り、敵の護衛戦闘機が追ってくる前に離脱した。ほんの1時間の出撃の間に基地は敵戦闘機の襲撃を受け、着陸が不可能な状態になった。ガソリンを山程積んだP-51は30分も基地の上空に居座り、格納庫を穴だらけにしてさらに地上の機体を燃やした。
彼の小隊は高速道路の直線部分に設けられた臨時の飛行場に向かった。彼と彼の
3機のMe109はすぐに森の中に移され、偽装網で匿われた。そして、簡単な整備が行われるとともに、再び飛んで戦うための銃弾とガソリンが補給された。
4番機のパイロットは特に怪我はなく、整備兵といっしょに自分の機体の撤去を手伝っていた。障害物が高速道路の脇に押し込まれ、直線道路がまた滑走路として使える見込みが立った頃合いを見て、彼は休憩を終えて立ち上がった。
ふと、足元に咲くスミレの花に気がついた。
その花のそばにかがむと、彼は葉の間から1輪の花をより分けて摘み、手帳の間に挟んだ。しばらく手帳を開けたまま、そのページの写真とスミレの紫の花を彼は眺めた。
厳しかった冬は去った。もはや森に雪はなく、うららかな春が訪れていた。
森の中でエンジンを始動した3機は、地上員が乗ったキューベルワーゲンを連れて道路を風下に進んだ。風下で機を止めると、何人かが翼と胴体にとりついて機体の向きを変え、直線道路に機を正対させた。
彼は2人の部下を一瞥すると、地上員に合図してスロットルを開いた。
DB605Aの轟音が森に響き渡り、プロペラが巻き起こす風に機体が揺れた。ブレーキを離すと、するすると滑走を始めた。
彼のロッテは2機がほぼ同時に離陸した。その後を追って、3番機が滑走を始めた。離陸後すぐに脚を収納した彼は、ゆるく左に旋回をしながら3番機を見守った。
3番機の滑走は順調だった。しかし地面を離れ脚を上げ、上昇にかかるというタイミングで不意にプロペラが止まった。
3番機は、道路のカーブにしたがって若干舵を切った後、高速道路に胴体着陸した。パイロットはキャノピーを開けて地上に飛び降りた。走って機から遠ざかる間に、機体から煙が出たかと思うと、程なくそれは炎に包まれた。
機体は2機を失ったが、2人とも命に別状がないことを確認すると、彼は僚機を連れて上昇に移った。彼は胸ポケットにしまった手帳に手をやり、何かに感謝するように手帳ごと胸に手を押し当てた。
戻るはずだった基地のある東の方角に彼は向かった。森はやがて終わり、畑の上を彼は飛んだ。前方に黒ぐろと立ち昇る煙が基地の火災だと明確に分かった。それだけではなく、地上のいたるところに細い煙が昇っていた。
基地の上空にいた敵は姿を消していた。彼が近づくと基地の周囲から対空機関砲が打ち上げられた。彼は基地を遠巻きにして、滑走路と平行に飛び、僚機とともに翼を振って味方だと合図した。
さらに東の方向で、戦闘機どうしの空中戦が繰り広げられていることが分かった。
遠目には同じように見える、2種類の戦闘機がそれぞれ数機ずつ、遠くの空でうごめいていた。
彼と彼の部下は高度を下げ、速度を維持したまま低空飛行で空中戦の領域に向かった。この体制なら下から狙われる恐れはない。
2機のMe109が2機のP-51に追われていることが分かった。敵の2機はある程度離れて飛び、2番機がリーダー機の背後を警戒していることが明らかに分かった。
Me109の2機は時々刻々と姿勢を変え、ときに2機が交差し、敵の戦闘機の照準を乱すように飛んだ。2機のP-51はその敵の動きに目を奪われ、下方の警戒を怠っているように彼には見えた。
上空を睨みながらタイミングを見計らい、彼は部下に合図をすると同時に操縦桿を引いた。急角度で上昇した109は、その鼻先にP-51のリーダー機の機体下面を確実に捉えた。僚機も敵の2番機を照準に据えた。
腹の下という死角を突かれ、敵のリーダー機はまったくの無防備だった。彼は慎重に敵機のラジエーターに狙いをつけ、機関銃と機関砲の発射ボタンを押した。
2機のMe109の機首が硝煙に包まれ、焔が輝いた。P-51から飛び散る破片をギリギリで躱し、彼はP-51の右横から上方に抜けた。そして機体を背面にし、素早く地面に向けて降下を開始した。
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