第7話 コリジョンコース

 2時の方向。

 機体の進行方向に対して右に60°。その方向に、一群の戦闘機がいるのを彼は認めた。

 天気のいい朝だった。予想通りレーダーが西から来る敵を察知し、警報を発した。

 10,000mの高度をとる間に、右横やや前方に敵の戦闘機が来るように彼は進路を選んだ。

 雲ひとつない晴天は太陽が昇るとともに雲が増え、地上の3割を白い雲が覆っていた。

 敵戦闘機の後ろ、ほぼ彼の機体の真横の方向に、黒い煙の塊がいくつも浮いていた。高射砲陣地の上空を爆撃機の本隊が通過しているのだろう。煙の間によく見ると爆撃機の姿も確認できた。

 敵影を2時の方向にぴたりと止め、彼はまっすぐMe109を飛ばした。左下にウイングマン。右後ろに第2ロッテのリーダー。そのさらに右後ろに彼のウイングマン。いつもの小隊シュヴァルムが彼に従って、同じようにまっすぐ進んだ。

 戦場で直線飛行は命取り。もちろん常識はそうだ。しかし、常にそれが正しいわけではない。

 

 操縦席の前方。風防の枠の横の位置で、敵のシルエットがいつまでも動かないことを彼は再度確認した。位置はほぼ変わらないが、距離は詰まってきていた。機数は同高度に8機。4機の小隊が2個、爆撃機の前方数kmに展開している。その1,000m下にさらに4機が見える。

 敵の戦闘機は機首を左に向け、ほぼ側面をこちらに向けている。その流線型のシルエットは紛れもなくP-51だ。銀色の胴体と大きく膨らんだキャノピーが太陽の光を跳ね返している。

 そろそろ気づくかもしれない。

 このまま進めば間違いなく敵飛行隊のリーダー機に衝突する。そういうコースを彼は選んだ。こちらからは右横やや前方。敵からは左横やや前方。互いに横に近い斜め方向から接近していた。

 この方向に飛行機がいる。そういう情報があれば相手に気づかないはずはない。しかし、空中の1点で静止している目標はなかなか気づかれない。そしてお互いが漫然と直線飛行していれば、不幸な空中衝突事故になる。

 敵の戦闘機は爆撃機の前を3,000m以上の高度差をつけて飛んでいた。もう少し低い高度なら蛇行して速度を爆撃機に合わせたかもしれない。高度の優位を利用したいのと、無駄な蛇行を避けたいのだろう。

 敵地の上空を飛ぶのなら、もっと運動性に余裕の持てる高度を飛んだ方がいい。彼はふと、そんな助言が頭に浮かんだ。


 気づかれた。

 敵の戦闘機の主翼が先頭の機体から順次こちらの側に傾き始めたのを彼は見た。

 遅い。

 彼は頭を降って左右を一瞥すると、Me109の操縦桿をやや右に傾けつつ前に押した。

 敵は燃料タンクを投棄し、こちらへと向きを変えつつあった。しかし、4機のMe109はその腹の下を加速しながらすり抜けていった。

 P-51は109の後方で背中をこちらに向け、進行方向を大きく変えて後を追ってくるだろう。

 降下により速度をつけ始めた109は、旋回中のP-51を置き去りにして進み、同時にゆるく向きを変え、戦闘機の後に続く20機ほどのB-17の梯団の正面に躍り出た。

 爆撃機の周りに張り付いていたP-51もこちらに向け回り込もうとしていた。しかし、互いに対向して進み、相対的な速度差は1,000km/hに近かった。

 正面の爆撃機を確認してから、彼は操縦桿を引き、爆撃機と数百メートルの高度差を設けた状態で水平飛行に移った。

 引き起こしのGが彼を座席に押し付けるのを感じつつ、正面から来たB-17の先頭の1機が左の翼の下に隠れた瞬間を掴み、一気に操縦桿を左に倒した。

 地平線が右回りに回転し、続いて頭の上に地面が覆いかぶさってきた。

 ほどなく機体は真下を向いた。その109の機首の鼻の先。2つの『ボイレ』の間に、B-17の銀色に輝く上面が、まるで製図台の上の図面のように正確な形で現れた。

 B-17の側面の銃座が何基か射撃を始めていた。しかし、胴体上部の銃座はまだこちらに向きを変える途中だった。

 爆撃機の真上に逆落しになる状態を把握して、すぐに彼は射撃を始めた。照準器のレティクルに向かって、機首上面の13mmとプロペラ軸の20mmの曳光弾がまっすぐに伸びていった。彼は微妙に舵を調整し、銃弾は敵の機首上面の操縦席を右から左に舐めるように穴を穿った。

 攻撃のタイミングは一瞬だった。敵の機影は見る間に大きくなり、彼は操縦桿を左に倒しつつ進み、爆撃機の機首の左側面をすり抜けた。

 そのときの角度、約60度の降下角を維持して109は突進し、彼は前方に浮かぶ綿雲を目指した。


 気圧の変化が鼓膜を圧迫する感覚を覚えながら、彼は体をよじって後方を確認した。爆撃機の編隊は先頭の2機がぐらりと傾き、高度を下げつつあった。

 速度がついて、ひどく重くなった操縦桿を動かしつつ、彼は雲に突入することを部下に伝えた。

 カチカチという無線電話の発信ボタンを2回押す音が、たて続けに3回聞こえた。部下は全員ついてきていた。

 ほどなく機体は雲に突入し、視界を失った。そしてすぐ、雲の下に突き抜けた。

 B-17重爆撃機を2機撃墜。たった4機の一度の攻撃としては十分な数だと彼は考えた。今のドイツで、戦闘機に最も期待される役割をとりあえず果たした。

 機体の引き起こしを行い、降下の角度を緩めつつ、つきすぎた速度も落とし、爆撃機の飛行コースから離れる方向に彼は機体を向けた。

 頭上にはしばらくの間雲があった。上空の敵にはMe109がどの方向に消えたのか、まず分からないだろう。

 メーターを一瞥して残りの燃料を確認し、彼は戻るべき基地に進路を向けた。

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