◇25.Keyを握るあまのじゃく


 ゆうCコールで連絡を取り、迷いつつも何とか真也しんやと共に、誠也せいや仁子ひとこがいる部屋へと辿り着いた。


 部屋は第二の物語の揺れの影響を受け、主に倒れた本棚と本でごった返しになっているが、それらの中で埋もれずに己を主張しているグレーの斑点模様の巨大な赤褐色の鉱物に、ここがクリオスの研究室で間違いないと実感した。gameゲーム開始時に映像で見せられた何倍も、実物のアイスクォーツは生々しい。今の状態でも斑点模様は十分に目立つが、過去はこれ以上にグレーが占める面積が増え、闇に堕ちたのだ。ゾワリと優の左目の奥はざわつく。


 運よく見つけ出したガーゼと包帯で、仁子の負傷した左腕の傷の処置をした誠也が、悔やしさを顔に滲ませている。ガラスの破片は防御性の高いBバトルクローズを、やや深めに貫通していたらしい。


「傷口はほぼ塞がったの。けど、痛みが残っているわ」

「あっちのチームと合流したら、杏鈴あんずにすぐ治癒してもらおうぜ」


 仁子が頷くのを見届けてから、優は床を埋め尽くしているものを掻き分け始めた。第一の物語で梨紗りさはここから過去のブックを持ち出してきた。宝石室が第一目的だが、ここも重要な一室だ。


「ねーねー、机とかさー、怪しくない?」


 真也が指したのは、かつてクリオスが使用していたであろう木造りの机。部屋の隅にあるため場を片づけながら進むほかないが、目のつけどころは悪くない。


「シン、気をつけてよ」


 ひょいっと本棚に飛び乗る真也を、誠也が気遣う。ふたりでこぞって動き、変にこの山が崩れては危険だと判断し、優はその場に留まり真也の背中を見守る。


「あー、下のほうの引き出しはすぐには開けられそうにないね」

「上のほうはどうだ」


 真也が上から二段分引き出しを引っ張ったが、残念ながら中身は空だ。


「本棚、いくつか持ち上げてみる?」

「お前はいい。今は大人しくしてろ」


 仁子を制止し屈んだ瞬間、優は呻いた。左目を痛みが貫通したのだ。


「ユウ!」


 仁子の手が肩に触れる。じゅくじゅくと蝕むようなこの痛みは、赤色に染まった報せだ。




 ――助けてっ!




『ユウ様! 何かお見えになりますか!』


 今日のブックフォールンは飛び出たかと思えば仕舞われを繰り返して忙しないな、と思いつつ、優は正常な右目で前方を見渡す。聞こえてくるのは救いを求める声。どこだ。どこに埋もれてる。




 ――助けてっ! 助けてっ! 助けてっ! 助けてっ!




 痛む左目に力を入れ、自分にしか視えぬ声を受け止める。次第に伸びてくる肌色の手。目の前まで伸びてき、その色が灰に落ちなかったところで、優は弾けるように視線を右へとずらした。


「ハ~ロウッ! あら、真っ赤なお目目になっちゃってるね~」


 動かしたばかりの視線を再び動かさずにはいられなかった。仁子の目は大きく見開き、誠也の瞳はうるうると震えている。


「ナリくん! よかった! 無事だったんだね!」


 真也だけが特に驚きもせず、うさぎのように本棚の上を飛び跳ねながらこちらへ戻ってくる。予想が外れた、と優と同じことを思っていたようだ。仁子がACアダプトクロックに触れCの画面を立ち上げる。しかし、向こうのメンバーの誰かを選ぼうとしたその指は、賢成まさなりのたった一言に抑制された。


「あっち」


 賢成の顔は笑っているのに、何故か笑っているとは思えない。小生意気なフォールンでさえ、賢成の表情を見つめたまま口を閉じている。賢成が示したあっちは、救いを求める声に導かれ、優が見つめた右のほう。


「あっちが何ー? ただの白い壁じゃない?」


 誰もが臆する中、賢成に堂々と問いかける真也の能天気は天性だ。賢成は、にこっと真也に笑むと、軽い足取りで示したほうへと進み始めた。感情が分からなくなる。早く時間が進んでほしいのか、それとも止まってほしいのか。息のしずらい空気を裂いたのは、賢成がBのボトムのポケットから取り出した小さな鍵だった。鍵穴なんてどこにも見えない。だが、賢成が狙いを定めた鍵の先端は、見事にぬるりと白い壁に呑み込まれた。カチャリと確かに鍵の回った音がする。賢成がそっと手のひらで押した箇所は、白い扉と化した。


「お前、何でそこにそれがあるっ……」


 優は空気に乗り流れてきた埃に喉を詰まらせた。後方で咳き込む音が重なっている。


「お隣だけど、通路側の扉はフェイクだった~。なんせ重要な部屋だからかね~」


 この埃っぽさから掃除が頻繁にされていたようには思えない。重要すぎるが故に、人の出入りをかなり制限していたと言うことか。賢成に続き、優はその敷居をまたぐ。目の前にはプラチナの水晶で構築された円柱状の台。その広い面には、透明な水晶でつくられた小さな設置台のようなものが、十五個縁に沿い等間隔に並べられている。十五と言う数字が示すのはCrystalクリスタルに違いない。


 ここが、宝石室。


「十五個どころか、全然足りてなくね? これ、やべぇんじゃねぇのか」


 優は指で空っぽの設置台の数を数える。数え終わらぬうちに呆れたような溜息をついて口を挟んできたのはフォールンだった。


『これだから全くリーダーは。Seeingシーング Throughスルーが作動しなければポンコツですね』

「てんめぇ……」

『ここは過去の選ばれし者達の因果を引きながら、今の選ばれし者達であるあなた達にAdaptアダプトされているフィールドですよ?』

「本当だわ! これ、セイのよね」


 優と違い、頭の回転が早い仁子に、フォールンはご満悦だ。仁子が指した透明と紅赤色で構成されたダイヤモンド型のCrystalを見て誠也は頷いた。他には青色属性のものが二つと、黄色属性がひとつ、緑属性が二つ、紫属性がひとつ。つばさ、賢成、真也、輝紀てるきの四人のもの。そして、まだヴェールを纏っているクリアーとスナグルのものだ。


「これって、フォールンがここに設置してくれたの?」

「いや、こいつはこの本の上から離れられねぇから無理だろ。ポンコツだからな」

『何ですとっ!』


 ぷんすかと小さな身体を思い切りひけらかして怒るフォールンを優は笑ってやったが、ふと、自分のした発言は、仁子の問いかけと合わさり疑問と化した。


 フォールンはブックから出ることは出来ない。だが、覚醒したCrystalを回収及び収集しているのはこのブックだ。そうすると、このブックの中にはこの場所と繋がる道が通っていると言うことなのだろうか。


『わたくしは不服ですがユウ様がおっしゃられた通り、ブックからは離れられません。わたくしがブックに回収したCrystalをOrganaizerオーガナイザー:主催者が過去と同様ここに収まるよう、ベルトコンベアのように動いておられるのです』

「それ、どういう意味? 何より、Organaizerって結局……」


 フォールンのよく分からない下手くそな表現に、仁子がごく自然な流れで噛みつこうとしたその時、真也の大声が室内に響き渡った。


「シン?」


 誠也がブックを手の上で開いたまま、こちらに首を向け、阿呆のように口を開けている真也の元へ向かう。その場に座り込んでいる真也の前には、現代で言うカラーボックス風の四段の収納棚がある。


「何それ、写真?」


 真也が手にしているのはその収納棚から取り出したものであるようだ。サイズは確かに遠目からだと誠也が言うように写真のように見えるが、真也は誠也に対し首を横に振った。


『これはっ……』


 フォールンの息を詰めたような声色に、優は仁子とそちらに近づく。真也の手元を覗き込んで折角大人しくなっていた左目が疼いた。写真ではない、絵画だ。このタッチで描かれた絵画を、何枚も知っている。


「ねえ、この人だよ」


 真也はそのうちの一枚を同じ目線にしゃがんだ誠也に見せつけた。


「梨紗ちゃんにそっくりな人と一緒に描かれてたの」


 真也の言葉を聞き、そこに描かれている人物を捉えた優の左目の疼きは止まらない。小太りな男性。スーツのような正装。身体が痺れるような感覚に陥る。左目の奥に蘇るボロボロの服を纏った賢成にそっくりな顔をした少年と戯れていた燕尾服の少年。その顔は誠也とそっくり。風貌は激しく異なっているのに何故か、小太りな男性と誠也にそっくりなその少年がリンクしていく。


「ねえ、ちょっといいかしら」


 仁子が何かに気がついた。綺麗なかたちをした細い指先が、真也の首の横を通って伸びていく。


「何か、書いてあるわ」


 仁子が指したのはその絵画の裏面。ところどころが薄くなっているが英字だと分かる。


「C、a、r、e……何て読む?」

「ケア」

「意味は?」

「意味? ええっと、それ単体だとちょっと難しいけど、誰かのことを気にするとかかな」


 真也の読解に対する誠也の回答に、優の左目は殴られた。


「ユウ!」


 空気は真っ青に染まった。成り振り構うことが出来ない痛みに、仁子の腕にすがりながら、優は左目を抑えて蹲る。絵画の中から優の左目に飛び込んできたのではないかと思うほど、描かれたまんまの姿であるスーツの小太りな男性が映し出された。調理場のようなところで、透明な水晶製のティーポットに紅茶を作っている。誰のために? そう思っているうちに、場面は切り替わった。映ったのは小太りな男性の背中。高貴な絨毯の敷き詰められてた通路を歩いている。左手に持つ円形のトレイには、先程のティーポットとお揃いの水晶製のティーカップが二つ乗っている。優の胸は急激に圧迫され始めた。男性が歩みを進めるほど、映像内の空気が淀む。それ以上進むなと声にしたくなった。絨毯の色が狂う。男性の足元を呑み込むように、黒に染まっていく。男性が辿り着き、ノックした部屋の扉。



Sunngleスナグル Roomルーム



 ――殺してやる!



 腐敗した傷だらけの手に握られ映像は消えた。ドッドッと全身に脈を感じる。築けばすがっていた仁子の腕からもずり落ちて、床に突っ伏していた。


「ユウ! 大丈夫!?」


 仁子の手の温もりを肩が感じると、荒い呼吸が整いだす。再び仁子の助けを借り、その場に優が座り直すと同時、真也の視線がはっとこちらに向けられた。


「シ……どうした」

「俺のっ……」


 真也はわなわなと口元を震わせる。絵画の面をひっくり返すと、英字の部分を指した。


「俺の、Barバーの名前だ」


 優を越えて仁子が身を乗り出した。Careの後ろに続く文字、“Takerテイカー”。こちらを振り返った仁子の表情は青い。現実と過去を強く結ぶ水晶因果の恐ろしさを改めて感じているような、そんな瞳だ。


「世話係」


 仁子と同じ瞳の色をした誠也が呟いた。優の心臓はドクンと脈打つ。誰かのことを気にする、気にかける、スーツの様な正装、燕尾服。Care Taker=世話係。


「間違いねぇ。それがそいつの役職だ」

『他の絵画は?』


 フォールンが切り込んできたたった一言の判断は正しかった。真也が手にしている残りの絵画を検証していく。Memberメンバー全員のものはなかったが、優が今までみた映像の謎を知るには十分な回答だ。


「よし、一回整理しようぜ」


 優が先程から輪に混ざらず、少し離れた位置からずっと柔い表情で傍観を続けている賢成を見やった刹那、Callコール音が鳴った。それは優の左腕からだけじゃない。“Toトゥー allオール”だ。


「もしもし、ワタル?」


 各々がキャッチアップし全ての音が止むのを待ってから、優はかけてきた主に問いかけた。


「(ユウ! こっちにきて! 早く!)」

『ワタル様! どうされましたか!』


 ガンガンと何かと何かが強くぶつかっている激しい音がする。優の左目は再び痛みに襲われ始める。


「(閉じ込められてるんだ!)」

「どこに!?」

「(地下!)」


 わたると誠也の声に押し出され、左の視野は真っ暗になる。コツ、コツ、と靴の音。遠い奥のほうから、誰かが近づいてくる。


「(何でもいいから早くきてお願い! 開かないんだよ! このままじゃっ……)」

「うわ!」

「ユウ!」


 今にも泣きだしそうなほど焦りの滲んでいる航の声を優は遮ってしまった。映像はぷつんと消えたが、震えが止まらない。


「何が見えたの!?」


 遠くにいた何かは、突然ずいと優の眼前に近寄ってきた。サングラスをかけた見知らぬ男。男はそのにやついた口元からベロリと魔物のような舌を出してきた。その舌先に刻まれていたのは。


「Kのアルファベット……」

「(Kはリーじゃない!)」


 優の答えに、航の答えが重なった。


「(騙されたんだ! おちょくられたんだデッドに! Darkダーク Mentersダークメンターズに! リーがこの部屋の中にいる! Kに捕われてるんだ!)」

「ワタル、すぐいく! 何とか耐えてくれ!」


 Cを遮断した優の目配せを受けた仁子と真也が先に宝石室を出た。


『地下と言ってもいくつか道があるでしょう。最大限、邪気を辿ります』

「ありがとう、フォールン」

「いこうぜって、おいナリ!」


 本当に間の悪いやつだ。こういうあまのじゃくなやつは昔っからいる。みんながそれに興味を持っているうちには一切持たないくせに、みんながそれから興味を失った途端に、やたらとそれに興味を持ちだすのだ。


 呆れながら近づこうとした優の腕を掴んできたのは誠也だった。誠也の瞳から訴えを理解した優は、ブックを預かると、先にその場をあとにした。


 誠也は近づいていく。悪いことをしたわけでもないのに足音を潜めて。隣に並んだが、賢成は誠也に見向かず手にした絵画を見つめたままだ。それは真也が発見した複数の絵画の中には含まれていなかったもの。描かれている人物は、男性だが少し長いブロンドの髪の毛を後ろでひとつに束ねている。髪の毛と同じ色をした眉と、整えられている口ひげがダンディな印象だ。ひたすらに男性を見つめ続ける賢成の視線は複雑な色をしているように思える。射るようでもあり、悲しくもあり、切なくもあるような――大きな緊張の中、誠也は口を開いた。


「それさ、持っていく?」


 どこか違う世界から戻ってきたように、賢成は、ぱちっとまばたきをしてこちらを見た。誠也が何か続けようとあたふたしているうちに、賢成はフッと微笑み首を横に振ると、その絵画を収納棚に仕舞った。


「ナリくん、今の男の人、知ってるの?」


 自分でも驚いた。大分踏み込んだ質問だ。構えているのは容易くばれているだろう。すると、賢成は同じ表情をしたまま、誠也の頭に手を伸ばしてきた。


「それは~、企業秘密かな」


 そのままポンポンと軽く撫でられ、グッと胸が締めつけられた。賢成のお決まりのセリフであるのに、寂しさが纏わりついているように感じられたからだ。


「ごめんごめん、いこ~。リーダーに顔ゆでだこみたいにして怒られちゃう~」

「あ、う、うん、そう、だね……」


 誠也の隣から、賢成は離れていく。収納棚に仕舞われた絵画が気になったが、拳を握り締めて誠也は堪えた。賢成の背中を追う。ふわりふわりと歩いている彼のスピードはそんなに早くないはずなのに、中々追いつかない。


 このまま追いつかなかったら、賢成は手の届かない場所にいってしまうのではないかと焦りに駆られる。いや、今でももう――「待って」と言う代わりに、誠也は有りっ丈の大股で賢成の隣に並んだ。





 ◇Next Start◇八章:サヨウナラ、弱虫



 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 ◇Link◇


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051

 ・EP1:※◇24


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882320715

 ・EP2:◇33

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