◇24.過去の自分は何者だ?


「うおっ、ひっでぇな」


 ゆうは足踏みした。通路に散らばっているのは破片。原型は留めていないが、透明な水晶で作られた高貴な置物や花瓶だったのではないかと推測出来る。


「もしかして、第二の物語のあの揺れで……?」


 仁子ひとこの発言は的を射ていたようで、誠也せいやが短く息を吐いた。第二の物語が終幕するとき、宮殿は到着したとき以上に大きくぐらついた。宮殿の状態は前のgameゲームで起こった状態を引いたままになっていると窺える。


「ちょっと、ユウ、進むの!?」

「こうやっていき止まりになってるほうにこそ、重要なもんが潜んでるってもんだろ!」


 優は剣の腹を雪かきのように使い、破片を通路の脇に寄せ始めた。


「ニン、小さい破片とか残ってるかもだから、足元気をつけてね」


 誠也が優のそれをまね、後続する仁子に出来るだけ安全な道を開きながら進み始めた。仁子は背後を振り返り、真也しんやを気にしつつも二人に続いた。


 誠也が再びACアダプトクロックから取り出したブックを開いた。相変わらずフォールンの顔色は青味が強い。もうひとつ角を曲がり通路が広がったところで、フォールンがぴくっと反応を示した。


『この廊下……においますね』


 フォールンの言う通り、あからさまだ。敷かれている絨毯には金箔が混ざり、それを照らしているのは、細かい透明な水晶で細工されたシャンデリア。


「この先にあんじゃねぇのか、宝石室」

『進みましょう』


 優が一歩を踏み出したその時だった。


「キャア!」


 ガシャーンとガラスが破損する音。通路の窓が一斉に割れた。


「ニン!」


 仁子が左腕を抑えている。ガラスの破片にやられたようだ。ポタポタと赤色の血が絨毯に落ちる。


「ブックが!」


 誠也の悲鳴に近い声。今の衝撃で手放してしまったらしい。ブックを拾い上げたのは外から乗り込んできた八本の腕を持つ一体のフォロワー。今まで目にしてきたフォロワーよりその図体は一回り大きい。


 ブックを握っていない残り七本の手に、フォロワーは黒色の槍を握った。


「セイ! ニンを連れていけ!」


 ひとりで太刀打ちできるか定かではないが、優は赤色の剣を構えた。


「そんなのダメだよ!」

「ブックはぜってぇ俺が取り戻す!」


 誠也と仁子を振り返らず、優は剣を振り上げながら叫んだ。


「信じろ!」


 遠ざかっていく二つの人影。フォロワーが振るう腕を飛び越えた空中で、優はACを操作し真也にCallコールした。


「シン! 今どこだ!?」

「(まださっきんとこで戦ってる! あとちょっとで終わりそうな感じはするけど!)」

「覚醒付随ですぐにそいつら眩ませてくれ! うおっ」


 七本の槍の動きを見極め、何とか食らいつく。交えることは難しい。かわして、かわして、攻撃とブックの奪還のチャンスを掴むしかない。


「(ユウくん!? まさかそっちも!?)」

「さっきの廊下の角を曲がって道なりだ! 頼む!」

「(了解!)」


 戦場が狭い故、戦いかたも限られる。優は休むことなく動き続け、フォロワーの興味を自分に集中させる。ブックを捻り潰されれば、フォールンの命が尽きてしまう。そんなことになれば何もかもが終わる、そんな気がしてならない。


 しかし、さらに厳しい直面が優を襲う。左目が疼き始めたのだ。痛みに慣れた部分はあるにせよ、集中力は削られる。


「ってぇ!」


 フォロワーの振り回した槍の幹が、優の右足のすねに直撃した。床に突っ伏した優は諦めずそのまま這って前に進む。仰向けになり、雷雨のように激しい黒色の槍の攻撃を、剣の腹で受けて耐え続ける。そうしているうちにフォロワーがミスをした。一本の槍の攻撃を外し、体勢を崩したのだ。その隙を逃さない。優は起き上がると、フォロワーの腹に突進した。


 床にぶつかり高く跳ねたフォロワーの大きな図体。優は迷わず剣の矛先をその心臓に鋭く突き立てた。ブシャッと噴水のように真っ黒の血液が噴き上がる。高貴な絨毯は漆黒に染まった。気が抜ける。危なかった。まかり間違って一撃を食らっていれば、死んでいた。


「ユウくん!」

「シン!」


 全力で駆けてきてくれたのだろう。真也は汗を垂れ流しながら、ぜえぜえと息を切らしている。優がブックをフォロワーの手からもぎ取ったと同時、フォロワーの姿はちりちりと砂のようになり消失した。


「ほんとわりぃ。せかしたくせして……」

「ううん、よかった勝ててー。今のよく倒せたね。ナリくんが相手したのとほぼ同じだよ」

「ナリ?」

「そう。俺とワタル、今の八本持ちするフォロワーの大群に襲われたの。ナリくん、それでも全然いけるって言ってたし、やばいよね。超強い、最強ー」


 明るく話す真也に、どうしてか優はぞっとした。フィールドの狭さも影響していたかもしれないが、たった一体でもギリギリだった。分かってはいたが、それの大群さえも軽々と殺り込める賢成まさなりの力に底は存在していないのか。選ばれし仲間であるならなんの問題もない。だが、もし、万が一で賢成が敵に回ったならば――誠也の不安気な表情を思い出し、優は脳にこびりつこうとしていたよくない想像に終止符を打った。


「いずれにせよ合流できてよかったぜ。ニンとセイ先にいかせたんだ、おっ」


 コンコンコンとブックの表紙を叩く音がする。開いてやると今まで以上に気分の悪そうなフォールンが顔を覗かせた。


『きもち、わるい……うっぷ』


 激しい戦いにより振り回され続けていたブックの中で、フォールンはずっと転がされていた。


「今回はさすがに気の毒だな、ちょっと休んどけ」

『ぷぎゃっ』


 優しさなのか日頃の鬱憤を晴らしているのか自分でもよく理解出来ないまま、優はフォールンを押し込むようにブックの表紙を閉じた。どうやら自分の顔は大分満足に満ちているらしい、真也の苦笑いを見てよく分かった。


「進もうぜ」

「うんっ」


 優は微かにまだ痛む左目の奥を気にしながら、真也と共に駆け出した。





 ◆◆◆





 一方、わたるつばさ杏鈴あんずは衝撃に硬直していた。目の先に続く高貴な絨毯は途中から闇色に染め上げられている。ここで異常事態が発生したのは間違いないと判断出来た。


「これ何?」

「……よせ、無暗に触らぬほうがいい」


 腰を折り、闇色の色素が何であるのか確かめようと人差し指を伸ばした航を制止したのは翼だった。じっと目を凝らすと、今は固まりこびりついているが、元は液体であった様子だ。


 背後でひっと喉が震えた音がした。翼に続き、航もそちらに首を回す。口元に両手を当て、大きく目を見開いた杏鈴が、右斜め下の方向を見つめている。


「アン、どうし……」


 立ち上がり同じほうを覗き込んだ航は言葉を失った。槍だ。矛先が三本に分かれている特殊なかたちの黄色い柄の槍。これを操るものは、ひとりしかない。


 徐に、視線は床を汚している闇色に引き戻された。見つめるだけで誰も口は開かない。航は螺旋階段を速足で下りると、梨紗りさの槍を拾い上げた。Kに堕ちていようが関係ない。助ける。ただ、それだけだ。


 斜め上にいる翼と杏鈴を見上げ、航は一瞬目を疑ったが、次には叫んでいた。


「二人とも後ろ!」


 翼の動きは早かった。航の一声で振り返りもせず迫ったフォロワーを仕留めた捌きはさすが銃の使い手と言えよう。


 螺旋階段を上がり直す航の心臓はうるさく音を鳴らす。翼の青色の銃口から立ち昇っている白い煙は、第二の物語でDark Rダークアールを撃ったときのことを彷彿させる。空いている左手の指が、引き金を引くように動く。正直に、疼く。あの時もそうだった。賢成から投げられた銃を握ったあの時のしっくりと馴染んだ感触が忘れられない。


「……くそ。一体ではなかったか」


 ブルーの銃声が再び響く。仲間が殺られたのを嗅ぎつけたのだろう。フォロワーが握っている槍は一本だが、束になれば何十本、何百本もの力になる。


「わ!」

「きゃ!」


 三本に枝分かれしている槍を振るおうと構えた航は、ふいにフォロワーに押されバランスを崩した。槍の幹がその先にいた杏鈴を掠め、二人して倒れ込んでしまった。


「アン、ごめんっ」

「ヨ……」


 航の隣で身体を起こした杏鈴の瞳は、翼を捉えて濡れていた。巻き起こった爆音と同時に流れ込んできたのは冷気。二丁の銃口から覚醒付随能力を噴かせた翼の仕業だ。氷の即効性は凄い。呑み込んだフォロワー達を素早く塵へと化させる。


「……ワタル、アンを連れて進め」


 翼の唸るような瞳孔の開き。一言でも逆らおうならば容赦なくこちらにまで銃口を向けてきそうだ。首についているネックレスの鎖を握りながら、ひとりで背負おうとする翼に抵抗しようとした杏鈴を、航は首を横に振って強く制止した。不満を滲ませた悲し気な杏鈴の表情に心が痛むが、航は心を鬼にした。


 翼の背中に無言で礼を伝えてから、航は杏鈴と走り始めた。周囲を警戒しながら、杏鈴の歩幅に合わせて進む。Memberメンバー達の中で最も戦闘能力の低い杏鈴なだけに、体力もそれ相応だ。どこか身を隠せそうなところを探して少し休もうか、と提案しようとして、航は扉が開きっ放しになっている部屋の前で立ち止った。中を覗く。この宮殿に似合っていない殺風景な雰囲気、シンプルなシングルベッド、見覚えしかない。


「ワタルくん、見て」


 中に少し進んだところでしゃがんだ杏鈴は、モップを拾い上げた。航の視線は倒れている古びた収納棚と、転がっているバケツを捉える。第二の物語で起きた揺れだけではこうはなるまい。


「誰と揉み合ったのかな……」


 杏鈴が丸く両目を広げた。今、航は杏鈴と全く同じ顔、それ以上にひどく驚いた顔をしているに違いない。


「アン……今何て」


 基本的には超がつくほどの鈍感だ。だが、何かの拍子に頭が冴えれば、事を繋げていくのは不得意ではない。第二の物語で輝紀てるきからもそう言われた。


「えっと、誰と、揉み合ったのかなって……」


 この部屋に充満しているのは、あからさまな梨紗の劣勢。


 騙されるのも傷つくのも、仕方ないことだと諦めてきた。だが、この欺きだけは、絶対に許せない。故意に人を弄んで嗤うやつは裁かれるべきだ。


 部屋の窓ガラスが割れた。侵入を遂げたフォロワーは、飛び散った破片をものともせずゴリゴリと踏み潰す。杏鈴を先に逃がすことは出来ない。ひとりにはさせられない。それに、苛立ちに昂った心はもう止められない。


 ぶしゅっと嫌な音がした。黒い血飛沫がさらに室内を汚す。黒い血が絡みついたままの梨紗の槍を、航は杏鈴に向かって放りながら叫んでいた。


「銃貸して!」


 杏鈴の潤んだ両瞳の色は濃くなる。右の太腿に巻きついているホルスターから銃を引き抜くと、精一杯の力を込めて航へ投げてきた。航が高く挙げた右手にその銃は綺麗に収まった。心の奥が燃え、力が漲ってくる。槍を握っては味わえない感覚。


 過去の自分は何者だ?

 そう、Crystalクリスタル Knightsナイツだ。


 背後から杏鈴に飛びつこうとしたフォロワーをぶち抜いた。そこからは止まらなかった。襲いくる全てを滅するまで、航は引き金を引き続けた。


 兵の消失を確認し、航は梨紗の槍を両手で握りしめたままへたりこんでいる杏鈴に駆け寄った。


「ワタルくん、凄かった……ひとつも外さなかったね」


 杏鈴は顔を航の左腕に寄せると、ネックレストップをかざした。いつの間にか出来ていた傷が見る間に癒えていく。


「アン、これ、もう少し借りててもいいかな?」

「うん。いいよ。代わりに、わたしがこれ、持ってるね」


 梨紗の槍を握る力を強めた杏鈴は伏し目になった。出そうになった言葉を呑み込んで、航は立ち上がった。どうでもいいと思っている人にそんな表情はしない。杏鈴の顔が、思い浮かべた優の顔とぴったり重なった。それすら因果であるのか、航は第二の物語で見つけたスナグルの部屋に通ずる通路に辿り着いた。近寄ってはいけない。あの部屋にある杏鈴の過去の所有者の末路は葬らねばならない。


 航は素知らぬ顔をし、新たに見つけた螺旋階段のほうへ杏鈴を誘導した。梨紗を求めて彷徨い続ける。



 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 ◇Link◇


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882320715

 ・EP2:◇22

 ・EP2:※◇31

 ・EP2:◇33

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