◇2.過去の契りと臨む覚悟
「再確認だけど、過去の所有者と繋がっている僕達の因果は、色濃いんだよね?」
『左様でございます』
「過去の所有者が、五百年前に勃発した
「おい、それ、どう言うことだ?」
フォールンが開いたブックのページには、真っ赤な絵画が山積みになっている
一見、絵画に描かれているのは全て
「そういや……言ってたんだよ。
「あの時ってぇ……」
『Crystal宮殿事件を示していたのではないでしょうか』
目に恐怖の色を浮かべながら
『死の刻印を押されたこの絵画の女性は、アン様の過去の所有者。ナリ様がノリでおっしゃられておりましたが、青色のお姫様。ブックに描かれた情報上、アン様は第一の物語と第二の物語で落とされた場所が違っていますが、あながちナリ様の認識に間違いはないように感じられます。関係性の深さは分かりませんが、アン様の所有者は、デッドに何らかのきっかけで憎まれたのでしょう。アン様の戦闘能力が異常に低く設定されている点にも、納得がいきませんか?』
「納得も何も、そもそも選ばれし者達の中から死人が出てたなんて聞いてねぇぞ!」
『責められても困ります。わたくしはあくまでも初めにお話しをした時にこう言いました。“生の光”は“死の光”に勝ったと……』
「てんめぇまじで毎度毎度いい加減に!」
怒りが籠った
「優くん、気持ちは凄く分かるんだ。けれど、
「誠也……」
うな垂れる優の背を、航が慰めるように擦った。
『その因果を変え、未来を護るために、あなた達はこの
通常Sっ気の強いフォールンだが、さすがにここは発言を選んでいる。眉は下がったままだが、航の口角がほんの少しばかり上がった。
『さて、絵画についてのOrganaizerからの見解をお話しします。あれらの絵画を描いたのは恐らくあの部屋の主であるスナグルではないかと。即ち、スナグルは確実に宮殿の人間であり、あの異常な絵画の枚数からニン様の所有者に強烈な好意を寄せていた人物ではないかと考えられます。ニン様の所有者は描かれていたドレスの高貴さから宮殿内では非常に高位の女性であったように見受けられます。宮殿のプリンセスであった可能性は高いかと』
「折笠さんは、第一の物語でも第二の物語でも宮殿内に
誠也に対しコクッと素早く頷きフォールンは続ける。
『さらに第一の物語と第二の物語を繋ぎ合わせますが、ヨク様とワタル様が目にした
「で? それが一体何に繋がるって言いてぇんだよ」
『彼、スナグルが、全ての所有者を描いているかもしれない、と言うことです』
頬杖をつきながらフォールンを睨み続けていた優だったが、瞬きを早めた。
『今、こうして少しずつ絵画を辿り、過去がようやく見えだした。この絵画には五百年前のCrystal宮殿事件が勃発してしまうその時までの所有者達の関係性や、人物像を知るためのヒントがある。誰がどういう風に描かれているかで、ボスステージで落とされる場所に本当に意味が存在しているのか、その答えもはっきりさせられるのかもしれません。絵画を見つける必要がある。もっと、決定的な、何かを得るために』
もぞ、もぞ、と物言いたげに身体を揺らした航に、フォールンはちょこんと首を傾げた。
「もしかしたら、デッドの顔だって、描いてるかも、しれない、ってことだよ、ね?」
『左様にございます。アン様の所有者のあんな絵をお描きになられたほどですから、スナグルはおぞましいものから目を背けるようなタイプではなく、根っからの芸術家気質の変わり者だったのでしょうね。彼の精神を想像するのは些か厳しいところがございますが……騒いだのでしょう、その血が。残酷で悲惨な宮殿事件の末路を見て』
「怖っ。つか、そいつがデッドなんじゃねぇの? 死体見て興奮して絵描いたとか、やべぇやつすぎだろ」
『何をおっしゃいますか。彼は名の通り、寄りそう心のCrystalの持ち主であり、あなた達の仲間です。それに、デッドは一度アライブの手により捻じ伏せられているのですから、生き残っている彼は該当しません。全く、リーダーならしっかり話をお聞きになって下さい』
「てめぇはほんとな、一言二言多いんだよ!」
「優くん! シィットッ! おすわりおすわり!」
今度こそ全面対決だ、と言わんばかりに身を乗り出した優を羽交い締めにして落ち着かせる航。わざとらしく数秒身体を震わせてから、フォールンはペロッとおちょくるように舌を出し、ブックの上で愉快そうに一回転してみせた。
『さてと、流れ的にぴったりですので申し上げますが、Organaizerよりひとつ、重要な報告もございましたのでお伝えをさせて頂きます』
「何だよ」
優は苛立ちを抑えようと自動販売機にコインを投入する。ホットの微糖の缶コーヒーが、ガコンッと転がり出てきたと同時、軽やかなフールンの声は響いた。
『例の二人の人間の“気”が、強く感じられるようになったそうです』
膝を軽く折って缶を手にした優は、そのままの体勢で振り返った。
フォールンが示すそれは死に至っている可能性があると言われていたスナグルとクリアーの水晶因果を引く選ばれし者達のことだ。
「い、いきなり?」
『左様であるそうです。第三の物語が自動Adaptとなったその瞬間から。あまりの起死回生っぷりにOrganaizerも少々戸惑っておられましたが、彼らの呼気を感じると。このタイミングで彼らの存在をわたくし達の中に印象づけると言う闇の意図が潜んでいるようにも思えますが』
「その二人と、僕達はきっと、会う必要がある、よね?」
微動する誠也の瞳は、真っ直ぐフォールンを捉えている。缶コーヒーを握ったまま椅子に座り直した優は、突っ立っている航の腕をパシパシと叩くと、無理矢理隣の椅子へと座らせた。
『必要があるかは分かりません。もう幾分も前にCrystalを覚醒させgameを終了されているかたがたですから。ただ、“会えるのであれば会ったほうがいい”とは言えるでしょう。彼らからデッドに勝利するヒントを得られる可能性は大いにある』
「そいつらの顔分かんねぇから会うの無理じゃね? 探すっつたって無謀すぎるだろ」
『その顔を、絵画から知り得ることが出来るかもしれませんよ?』
「怖いなぁ。何を話しても、全て最後には絵画に結びついちゃう」
『それほどに、やはり絵画は重要であるのです』
「ああ! 待ってやばい!」
突如、誠也は椅子から思い切り立ち上がった。隣の椅子に置いていたショルダーバックを肩から提げ、テーブルの上に広げていたブックをフォールンに構わず閉じると脇に抱えた。
誠也の少々乱暴な様子に呆気に取られている航の横で、優は自身の左手首に視線を落とす。時計針は二十三時半過ぎを差している。
「走ればまだ終電間に合うよね!?」
「おう、走んなくても多分ギリ。まあ、走ったほうが確実だな」
「ごめんね中途半端になっちゃって! また改めて連絡するね!」
バタバタと駅を目指し疾走していく小さな背中に、優はひらひらと手を振り返した。
「もうこんな時間になってたんだねぇ。全然気がつかなかった」
「な、Adaptだろうが関係なしに一日が終わるのまじで早いわ最近」
「本当に。二十歳になってからやたら早くなった気がする」
優と同じものを自動販売機で買った航は、隣ではなく誠也が座っていた場所に腰を下ろし直した。向かい合って無言のままプルタブを開け乾杯し、渇き切っていた喉の奥を潤す。
「なあ、航」
航は目を伏せた。長年の付き合いで互いのことを理解し合っていると言うのは、いいのか悪いのかたまに分からなくなる。優なりに誠也とフォールンの前では空気を読んだ。内心、航の
「言いたくなかったんだけどよ。いや、今も、言いたいわけじゃねぇんだけど」
こんなにもじくじくとした傷みを含む憂いのある人の目を見たことがあるだろうか。コーヒーをもうひと口含んで、優は鼻から息を漏らした。
「そっくりだよな。あー言う男っぽい口調とか、ハスキーな声とか、笑った顔とか」
「やめて」
航の顔には困惑の色。それは優に対してではなく、航自らの口から飛び出た棘だらけの拒絶を示す短い言葉への、だ。
「ううん……違う。ごめん……本当にごめん」
溜息混じりだが航はすぐに言葉を繋いだ。右手のひらに額を預けて頻りに首を横に振っている。
「そう思ってた。梨紗ちゃんと、電車の中で初めて出会ったその瞬間に」
「まあ、そうだろうな」
「このgameで水晶を覚醒させるには、恐らくいくばくかでも、過去を曝け出す必要がある。だから、彼女のことを俺は知らなきゃいけないし、彼女もまた、俺のことを興味がなくても知らなきゃいけない、因果上そう決められてる気がするんだ。だからこそ、怖い。互いのことを知り合って、その先に何が待っているのか。水晶が覚醒したところで心は護られないんじゃないかって。壊れてまた、ガラクタみたいになっちゃうんじゃないかって。臆病で、弱いままなんだ。変わらなくちゃって思ってずっと過ごしてきたはずなのに、何ひとつ変われていなかった自分を今このgameに突きつけられてる。そう分かってるくせして、何なら彼女をこれ以上知ることに逆らって逃げてしまいたいともどこかで思ってる。本当に最低なんだ」
「航は、弱くなんてねぇんだよ」
しゃべればしゃべるほど下を向いていった顔を、航は上げてくれた。
「航はよく、自分のことを弱いって言うけど、俺はそう思ってねぇ。あ、まあ、チビん時は確かに弱かったか。よく泣いてたもんなー。ピーピーピーピー鳥かってくらいに。ガキ大将みてぇなやつから護ってやってる俺、お前の親鳥みたいになってたし」
幼き頃の光景を思い出した優の頬の筋肉は、緩む。
「も、もう優くん! ひっどい! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけどその表現!」
「わりぃわりぃ。航はさ、その辺の人より気持ちが優しいんだよ。ただそれだけ。ずっと昔から、変わらねぇいいところ」
「優くん」
「“何があっても変わらねぇ”」
「……“約束したろ?”」
「正解。よく分かってんじゃねぇか」
「約束、したもんね」
「そ。約束は守るためにあるからな。つか、それ、守ってこれてるからじゃねぇかな」
「ん?」
「今、昔の話して笑えたの、ちょっと自分でびびったわ」
遠いあの日に交わした誓い。瞼の裏に浮かんでくる、しっかりと絡ませ合った小指。
全ては乗り越えるため。乗り越えて、もう二度と闇の中に堕ちないため。
「なかなかさ、強くなんのって容易じゃねぇよ。なるしかないと思いつつ生きてきたけど、俺だってなれてんのか結局のところ分かんねぇし。けどよ、これだけは言える」
――あの時の自分のままではねぇってな。
ゆっくりだが、航が頷いてくれて確信出来る。上手く強くなれているとは到底思えぬが、立ち止まってはいない。
「立ち向かえるかな、俺」
「自分でプレッシャーかけるのよせよ。別に無理な時は逃げたっていいんだよ」
「でも」
「航が全力ダッシュで逃げてきたら、俺がどーんと受け止めてやるから大丈夫だ。他のやつらがそんな航を見てどん引きしたとしても、俺は絶対に航の味方だぜ。ひとりで何とかしなくちゃって思うなよ。寂しいじゃねぇか。ピヨピヨ鳴いてくれねぇとさっ」
「ありがとう、優くっ……」
身の毛がよだった。店内ブースを浸食し始めたグレーの泉に。
すぐに飛び出しスタンド内へと着地する。左目の痛みを感じた優は、半笑いで航を見た。
「人間ってさ、すげぇ生き物だよな。何回も経験すると驚かなくなってくる」
「何か見える?」
「あー、そうだな……殺したがり屋さんな腐った灰色の手っすね、残念ながら」
右、左、ぐるりと一周舐め回すように。どこを見ても漆黒の首謀者の手下達が蠢いている。顔の半分はグレーの仮面、見えているもう半分の素肌は黒色。ギョロギョロと気味悪く動く目の玉には、残念ながら何度お目にかかっても慣れない。
「あーあ、本当に悲しい。俺ってさぁ、やっぱり引きが悪いんだよねぇ」
槍の矛先を敵へと向け構えた航は自らに呆れ返っていた。
「槍、だもんねぇ。みーんな」
“
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:◇3
・EP1:◇5
・EP1:※◇13
・EP1:※◇24
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882320715
・EP2:◇2
・EP2:※◇7
・EP2:※◇31
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