一章:首ニ刻ザマレシハ傷ミノシルシ

◇1.第三の因果の物語



 ■Recollection回想


 どこまでも深く、力強い浄化の能力を持つサファイアブルーの光に包まれながら、第二の物語は収束した。Crystalクリスタルに選ばれし者のひとりである小宮航こみやわたるが、海中で漂っているような感覚の中から抜け出し、意識のパズルを繋ぎ直し始めたのは、自宅のベッドの上だった。


 両瞼をしぱしぱと小刻みに動かし、アイボリーカラーの天井を見つめていると、ふと、左の視界の隅に違和感。徐にそちらを向いた航は叫びかけたが、両手で自らの口元を抑えつけ、忙しく呼吸を繰り返すことで回避した。


 黄色の光を放つAdaptアダプト Clockクロックを所持する同じチームMemberメンバー如月梨紗きさらぎりさが、同じベッドですやすやと寝息を立てている。彼女は何故、自宅ではなく航の部屋に解放されたのだろうか。


 とりあえず、このままは気まずい。


 航はそろりとベッドの中から抜け出した。ラグマットの上で胡座をかき、マットレスに片肘を立て、頬杖をつく。


 途端、長くて艶のあるオレンジブラウンの髪の毛が、マットレスの上を舐めるように動いた。梨紗が吐息を漏らしながら寝返りをうち、うつ伏せになったのだ。そのせいで両目に映ってしまったあるに、航の鼓動は早まる。触れれば傷みを重ねるだけと分かっているのに。航は意に反し身を乗り出した。


 手を伸ばした先には梨紗の首。そこにかかっている髪の毛を全て掻き分け、くっきり主張するようになった赤色のマークに触れる。ここに、彼女の生きることへの執着のなさが詰め込まれている。好きでもない男と行為に及ぶこと、ただそれだけが、今の彼女をギリギリ生かす唯一の満たし。


 第二の物語で知り得た新たなこと。梨紗は見ただけで嘔吐し気を失うほどの重篤な海嫌いだ。彼女のトラウマを生み出した根源は一体どこにあるのだろうか。


 第二の物語でMember・新堂翼しんどうつばさの梨紗に対する“寂しさから男に寄りすがっているのではないか”と言う見解。ならばその寂しさはどこからきている。彼女と焼鳥屋で飲んだ時、航の幼少期からの親友及びMember・五十嵐優いがらしゆうからの飛び入り連絡により話しは中断してしまったものの、“人を愛すること”に真っ黒なフィルターをかけている可能性はなきにあらずと感じた。ただし、そう仮定すると、原因は“男”にあるくせに、生きるためにすがるのも“男”になっていると言う大きな矛盾が生まれてしまう。


 プライドなんて皆無、心の底から人生なんてどうでもいい、それが本当に本当の彼女の姿であるのなら、その矛盾を正解にしてしまえばいい。しかし、そうして簡単に終わりにしてはいけないと、また逃げてはいけないと、心は騒ぎ立ててくる。


 どんな小さなことでも、考えれば疑問へと変化していく。


 彼女はどうして肌をわざわざ小麦色に焼いているのだろうか。焼鳥屋で問うた時は、深い理由について何となく話すのをはぐらかされたような気がした。定期的に焼くならば日焼けサロンに費用だってそれなりにかかる。


 彼女はどうして趣味でキックボクシングにも通っているのだろうか。社会人一年目の彼女にそこまでお金の余裕はないように思う。セックスフレンドからパトロンと化している野郎がいる? いや、そんなやつがいなくてもきっと、彼女は肌を焼くことも、キックボクシングに通うことも辞めない気がする。


 彼女はどうしてネイリストと言う専門職の道を選んだのだろうか。よくよく考えれば夢と言える職業の一種だ。専門学校は二年間しかなく、その上授業もこん詰まりで、目指す分野によってはアルバイトをする時間だって確保できないほどだと聞く。職に就いたあとの練習や努力だって怠れない。それなのに折角就いたこの職を、一切夢だと認識しておらず、生きる糧にもしていない彼女は、どこに志しを持って過ごしてきたのだろうか。


 結論、それらによって彼女は満たされていない。何をしていようがやはり、終着地は“男”なのだ。


 避けられないポイントに再び視点を戻したその時、航の脳内にはある人物の顔が浮かび上がった。彼女の高校からの友人とされている、Member・笹原杏鈴ささはらあんず。彼女と杏鈴の間に明らかに存在しているわだかまり。翼の見解もあいまって、あの二人がただの友人同士でないことは嫌でも理解に通じている。このわだかまりの真相にさえ辿り着ければ、鎖が緩むように彼女の腹のうちは全て解き明かされるのだろうか。


 胸が苦しくなる。


「どうすれば……強くなれるの……」


 ずっと震えの止まらぬ手を見つめ、航が息に近い声で呟いた刹那。


「知らねーし」


 低いハスキーボイスに航は跳ね上がった。いつの間にか目を覚ましていた小麦肌の眠り姫。


 だるそうに上半身を起こした梨紗は、尻餅をついてびびる航を、寝起きの不機嫌全開で睨みつけた。


「ああああ、あの、その、す、すみませ」

「何が?」

「えっと、その」

「あー、もしかして首のこと? 何か触ってたよな。性癖?」

「違うわぁ! い、いつから起きてたの!?」

「起きたのは今だよ。別に、触りたいなら堂々と触ればいーじゃん、どーぞ」


 気だるげに背を向けた梨紗は、髪を掻き上げ印のついた首を見せつけてきた。


「い、いえ、け、結構です……」

「っつーか、何であたしここに?」


 徐々に頭が冴えてきたようだ。前後左右を見渡す梨紗に、航は誤解を解くべく慌てて近寄る。


「第二の物語のボス戦が終わって、目を開けたらここだったの。どうしてか分からないけど、梨紗ちゃんは俺とここに戻されたみたい」

「第二の……ふーん、つまり、勝ったのか? Dark Rダークアールに」


 第二の物語のボス戦中、ほぼ意識を飛ばしたままであった梨紗は、結末を知らない。長ったらしい説明をうざがる彼女の特性を知る航は、至って簡潔にこう伝えた。“西条さいじょう先輩は救われた”と。


 選ばれし者達と敵対する漆黒の組織を率いている当主Deadデッドの闇の手により第二の物語のボス・Dark Rへと化してしまった選ばれし仲間である西条輝紀てるき。最終的には輝紀の中から漆黒の毒素を抜くことに成功し、彼の心に眠っていた“Wisdom知恵”の意を持つ翡翠色のCrystalを覚醒させられたのだが、それぞれが抱える感情も交錯して、一歩間違えば死人が出ていてもおかしくないほど激しい戦だった。


 航が視線を低いところに落とし神妙な顔をしても、梨紗は一切気に留めない。ベッドから下り、何度か壁にぶつかりながら、よろよろと玄関口のほうへ進んでいく。


「ちょ、ちょっと! 梨紗ちゃん無理しないで。まだ吐き気してる? もう少し休んでいってくれて大丈夫だよ」


 立ったまま高いヒールの豹柄パンプスに足を通す梨紗の身体を、航は支えた。


「は? してないし吐き気とか。余計なお世話なんだけど」


 途轍もなく機嫌を損ねた梨紗は、ギリッと航をきつく睨みつけた。背筋を電流のような恐怖が走ったが、航は梨紗の身体から手を離そうとはしなかった。


「ご、ごめん。でも、顔色、あんまりよくないし、何だろ、その、ちゃんとさ、病院、いったほうがいいんじゃないかなって」

「航ってさ、本当に嘘ついたり、ごまかしたり出来ない損なタイプだよな」


 航が核心に触れぬよう選んで発した言葉のニュアンスは、ばっさり梨紗に斬り刻まれてしまった。形勢は瞬く間に逆転する。梨紗は航を壁際に押しやると、顔の左横すれすれを狙い、バンッと右手を叩きつけた。


「あたしのことなんて詮索しても、なーんもいいことないよ?」


 切ないような、苦しいような、何とも言えぬ表情をした梨紗に、航は首元を両手でギチギチと締めつけられているような感覚に襲われた。梨紗を引きとめようと伸ばしたはずの手がだらりと垂れ下がったままであることに気がついたその時、もうそこに彼女の姿はなかった。



 ■Recollection END■








 ――ニO◇◇年・現在――



『で、結局、あなた様は何がおっしゃりたかったのでしょうか? 【目覚めたら女の子とベッドに包まっていたから第三の物語・秋がAdaptされてても寒くなかったぜ、いえいっ☆ さらに逆壁ドンされて迫られた俺って超ラッキーボーイだぜ、いえいっ☆】と全く持って理解不能なご自慢話しをされたかっただけ、と言うことなのでしょうか?』

「うんー、そうっぽいよねー」

「ちょっとぉ! フォールンちゃんと話し聞いてた!? どう考えてもそんなテンションの話しかた今してなかったよね俺! そんで誠也せいやくん相槌雑の極み! で、優くん笑うパターンね!」


 第二の物語・未来の夏から流れるままに第三の物語・未来の秋のAdaptが開始してから数日が経過していた。肌寒さを少し感じる夜の二十二時半過ぎ。すっかり定番の会議場となったCrystal Member達を纏めるリーダー優の勤めるガソリンスタンドの店内ブースに集合しているのは、回想を語った航、このCrystal gameゲームにMember達が参加するきっかけとなったブックを拾った張本人・椿つばき誠也、そして、テーブルの上に広げられたブックの上にちょこんと座っている精霊・フォールンだ。


『全く、ワタル様、赤子じゃないのですから少し空気を読んで下さい。ただでさえ色々なことがありすぎて辛気臭い雰囲気が漂ってしまっているのですから。このくらい明るめなテンションで無理にでも話さないと、あなた達の心の負担が増すだけだと感じませんか?』

「は、はい、何だか、すみませんでした……」


 フォールンに容赦なくけちょんけちょんに言い下され、納得できないままであるにも関わらず謝罪する航の鈍臭さに、優は笑いが止まらない。優にとうとうつられたようで、誠也も肩を震わせ始めた。航は鼻から息を吹き、優と誠也を悔し気に睨む。フォールンが小さな両手をパンパンッとさせ、本題へと入る空気を統制した。


『もうお分かり頂けている通り、第二の物語が終結を迎えたあの瞬間、おかしな現象が起こりました。セイ様はご一緒にその場におられましたが、わたくしが何もしていないにも関わらず、第三の物語のAdaptを告げる【Episodeエピソード threeスリー】の文字がページに浮かび上がったのです』

ACアダプトクロックの針も、反時計回りに回転してた。だから間違いない。フォールンが何もしていないのに、この第三の物語は自動Adaptされたんだ」

「一度きちっと終わらねぇで、次のgameが開始したことに何か意味があるんじゃねぇのかって言いてぇんだよな?」

『左様でございます。Organaizerオーガナイザー(主催者)に状況を説明し相談をしたところ、わたくしが震えが止まらなくなるほどに感じた強烈な黒いオーラはデッド、もしくはデッドから指示を受け第二のgame中から姿を現していた第三のgameのボスだった可能性があるのではないかとの回答を受けました』

「第三のボス……」


 呟き、そこから言葉を繋がず口を噤んだ航。不安気なその表情から、聞かずとも、優は彼の思考を悟る。


「で? お前やOrganaizerの考える第三のボスって誰なんだよ。予想でいい、答えろ」


 優の鋭いフォールンへの質問は、誠也の表情を航と同じにさせた。


 選ばれし者達の敵である組織・Darkダーク Mentersメンターズ。死の心の意を宿す真っ黒なCrystalを所有している当主デッドの配下に三人の優秀なリーダーがおり、さらにその配下にFollowerフォロワーと呼ばれる気味の悪い風貌をした無数の手下がいる。


 問題はその三人のリーダーだ。game開始当初、Organaizer及びフォールンからの説明により、gameの進行ルール上、ひとつの物語にボスはひとりであると決まっており、既にgame内に存在していると認識していた。だが、第一の物語では誠也の双子の弟であり現在は選ばれし者のひとりと帰化した椿真也つばきしんやが“見捨てられた”の意を背負う“Dark Aダークエー”、第二の物語では輝紀が“後悔”の意を背負う“Dark R”へと漆黒の砂を飲まされ染め上げられた。


 つまり、Dark Mentersと言う組織が元から形成されていたと言うのは大凡見当違いであり、gameが進行する中で、選ばれし者達から選出されると言うのが本来の正解に近いと分かったことから、たった今優がフォールンにした含みと嫌味のある問いかけは生まれたのだ。


『予想も何も、Organaizerやわたくしも、デッドにおちょくられている身であると判明したのですから分かりませんよ』

「おいおい言いわけすんなよ。真也も大概だったけどよ、先輩は負った怪我のせいで入院しちまってんだぞ。致死のルールが変わってる以上、万が一誰か死んだら笑えねぇんだよ」

『ユウ様のお気持ちを理解出来ないわけではございません。ですが、怪我で済んでテルキ様がご生還されていることを奇跡と捉えて下さい。元々を言えばとっととあなた達なんて殺り込めてしまえるデッドに対しOrganaizerがそうさせぬために今も尚交渉を続けているのです。デッドの気が変わればあなた達、わたくし達の命なんてわけも分からぬうちにこっぱ微塵にされることでしょう。第三のボスが第二のgame中に現れていたとするならば、それもまた初めと違う話となってはしまいますが……既にこの中の誰かが“Dark Kダークケー”に選出されていてもおかしくはないでしょう』

「ねえ、フォールン」


 優がフォールンに対し小さな舌打ちをしたところに割って入ったのは、不安気な表情をしたままの誠也だった。





 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 ◇Link◇


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882320715

 ・EP2:※◇6

 ・EP2:◇16

 ・EP2:◆A◆?◆?◆

 ・EP2:◇28

 ・EP2:◇33

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