Prologue:君は、僕の、タカラモノ

◇Prologue



『僕は君を、大切な人だと思っていた。


 君もそう思ってくれていたよね。


 君は僕を救ってくれた。


 けれど僕は、君の苦しみを何ひとつ分かっちゃいなかった。


 君を救えなかった僕に、資格なんてない。



 分かってるよ。だけどね、やっぱり、



 君は、僕の、タカラモノ……



 でした』












 ――二〇××年・未来――





 黄色のジャケットを羽織ったバーテンダーは、シェイカー音を巧みに奏でる。カウンター席に座りぼんやりとしている女性は、今この空間を独占しているたったひとりの客だ。


 女性の目の前にあるカクテルグラスに黄色の液体を注ぐ。


「はい、どうぞ」


 スイッチが入ったように荒々しく一気に飲み干してしまった女性に、バーテンダーはケラケラと笑った。


「毎度のことながら、豪快な飲みっぷりだよねーっ。それにしても、どうしてノンアル? 珍しくない?」

「ま、ちょっとした健康志向ってやつよ」


 女性は、ラメとパールでギラギラ輝く長い爪先で、カクテルグラスの淵をなぞった。


は?」

「今日はお休みだよ」

「あれ、定休って月曜だろ?」

「たまには多めの休暇も必要でしょ」

「ふーん」


 バーテンダーは、空のカクテルグラスを下げ、大きめのグラスを女性の前にそっと置いた。シェイカーの中に数種のリキュールを放り込み、再び氷がぶつかる音を奏で始める。


「そういや、はきてくれたのか? ここに」


 質問を振るだけ振り、女性は静かに口を噤む。グラスに注いだ二杯目のおもてなしは毒々しい色。朱よりの赤色に混じり込むどすの利いた黒色は、ヒルのような模様を描いている。


「あいつって、? ねえ、飲んでみて欲しいの。“deadデッド orオア aliveアライブ”」


 女性はあからさまに咽せた。


「重いわ! あいつがここにこねえのどう考えてもお前がそう言う名称つけるのが原因だろ! こんな不謹慎なカクテル出されたことねーよ」

「不謹慎!? ひどいなー。ね、味は? 味っ。」


 女性はバーテンダーのほうへ、滑らすようにグラスを押し返した。


「あたしが飲むなんてさらに不謹慎だろ。とっとけよ、のために。酒は弱いだろうけど、ここに飲みにきてくれることを祈っとく」


 バーテンダーは諦め悪く、三つ目のグラスを用意すると、シェイカーを振り始めた。


「練習してもいいけど、今度は飲めるやつにしてくれよ」


 今度は情熱的な赤色の液体を注いだ。ジャカッと後追いでその中に転がり込ませた細かい砕氷は、まるで水晶が浮かんでいるかのような幻想的な演出をする。


「なあ、あたしのリクエスト、聞こえてたか?」

「うん、聞こえてたよ。不謹慎じゃないやつでしょ?」

「カクテル名は?」


 バーテンダーは悪戯気にくすっと笑うと、女性の耳元で囁いた。


「別に、周り、誰もいないんですけど」

「まあー、結局さ」


 使用済のシェイカーをシンクへ置き、バーテンダーは蛇口を捻った。


「残したいだけなんだよ、俺もね」



 ――彼が、生きた証を










 Crystal:Episode three


 ――A kindly boy held a storong girl.――

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