三日月とシャボン玉

藍葉詩依

三日月とシャボン玉

「はぁ……今日もこんな時間かぁ」


 バスを降り少し歩くと建物が少なくなり、空き地が広がっている。私はこの空き地に着くと空を見上げるのが習慣だ。

 無数の星が広がっている、なんてことはなく星が確認できるのは数個。それでもやはり星をみると救われるようなきがした。なにが、という具体的なことはわからないが。


 もう少し星をゆっくり見たいと思い近くの公園に入った。夜の公園は怖いという人もいるけど私は好きで、なにかにつまずいた時などはよく行き、誰もいないことをいいことに遊具で遊んでいた。


 ベンチもあるのだが私はカバンを放り出しブランコにのりユラユラと揺らしながらまた空を見上げた。


 そういえば星って……亡くなった人のことをたとえとして使ったりするよね

 星になって見守っているとか、雲になったとか、亡くなった人を例える言葉は沢山あるけど私は星が好きだなぁ……雲は遠くに離れて言ってしまうけど、星は見えない日があっても確かにそこにあるから。


 そんなことを考えていたからであろうか、私は小学生の頃に亡くした、ペットの黒いウサギを思い出した。


「フィーは、幸せだったかな……」


 成人になり、子供がいてもおかしくない年齢になり今では動物を飼うのは命を預かることだと理解できるが小学生の私はしっかりと理解出来ていたのだろうか。


 食べ物をしっかりとあげれていただろうか、私の家は庭がなかったからもっと自由に遊びたかったのではないだろうか、家にずっと誰かがいるという環境でもなかったため寂しいと感じた日々が多かったのではないだろうかとそんな考えが次々と出てきた。


 フィーが亡くなった日は小学校があったが、様子がおかしかったことから休んで病院に連れていき、その後すぐに息を引き取ったのを覚えている。


 動物のお墓があり、フィーはそこにいったが、それ以降1度もお参りには行けてない。何度も行こうと考えたがお母さん達にお墓の場所を聞いても車がないと行けないと言われ、教えてくれなかった。


 お別れの日ですら私はしっかりとお別れを告げずに周りにいたカラスに怯えお父さんの背中に隠れていた覚えがある。


「やり直したいな……それか、フィーが私たちと過ごした時間をどう思っていたのか知ることが出来たらいいのにな……」


 テレビでは動物がどんなことを考えているか知り、人に伝えてくれる人がいるということを放送されていたりするがすでに亡くなった動物の考えを探ることは出来ないだろう。


 ブランコを止めると夜風が私を通り去り、腕時計を見てみるとまもなく23時だった。


 そろそろ帰ろうかと立ち上がるとなにかが腕に触った。


「え、なに!?」


 振り返り、何が触れたのか確認しようとしたがその先には何もなく。続いて地面を見たがやはり何も無かった。気のせいかと思いまた歩こうとしたが私に触れたものがまた流れてきた。


「これって……シャボン玉?」

 どこから流れてきたのだろうか。

 周囲を少し見渡してみたが人影はなく・・・しかしシャボン玉は次から次へと流れきていた。


 高台のようになっている遊具へと目を向けてみると月の光に照らされながらシャボン玉を作り続けてる人がいた。


 このような真夜中に人がいるだけでも珍しいがシャボン玉をしている姿がとても印象深くて少し話をしてみたいと思い、帰る足を遊具の高台へと向けた。


 登る前までは性別がわからなかったが登った先にいたのは黒髪のボブの女の子で、セーラー服を着ていた。


「あの、こんばんは」

「え!?あ、え!?」


 女の子は声をかけるまで私が登ってきていることに気づいていなかったようでとても驚かせてしまったようだ。


「あ、すみません、いきなり声掛けて」

「いえいえ、大丈夫ですよ!」


 声をかけられることに慣れているのか、少しも同様せずに返答してくれたことにほっとしてしまった。冷静に考えればいきなり声かけられるなんて怖いよね・・・


「こんな時間に外にいて大丈夫なんですか?」


 特に何かを話したかったわけではなかったため、何をいえばいいのか迷ったがこの時間にセーラー服の子がいることに不信感をおぼえ、聞いてみた


「ああ、はい、大丈夫ですよ!おねーさんこそこんな時間に公園に来てどうしたんですか?」


「私はなんとなく。もっと星を見てたいなぁと思ってここに来たんだけどシャボン玉が流れてきたから気になって」


「ああ、なるほど!もしかしておねーさん知りたいこととかありますか?」


「え、知りたいこと?」


 いきなり何を言い出すのだろうか、確かについ先程までフィーが考えてたことを知れればと思っていたがこの子がそんなことを知ってるわけないのに


「ないですか?」

「ないよ……」


 知りたいと言ったところで何も変わらないことを知っているため言わなくてもいいだろうと思い、私は言葉を飲み込んだ。


「そうですかぁ、今日は三日月が綺麗ですねぇ」


「え?ああ、そうね」


「おねーさん知ってますか?三日月は物事の始まりを意味するものって言われていて、また三日月を見ると幸運に恵まれるっていう言い伝えもあるんですって!」


「へぇ、よく知ってるね」


 三日月に意味があるなどと思ったことはなかったし、そんな知識を聞いたこともなかった。


「意味や言い伝えを知ってから見ると同じ景色でも違うように映るわね」


「そうですねー……そうだ!おねーさん時止まってるみたいなんで始まりのきっかけをあげます!」


「はい?」


 またこの子は何を言い出したのだろうか、はじめの発言と言い、今の発言と言い……不思議な子?言い方を変えると変な子ともいうけど……


「要約すると私の中二病あそびに付き合ってください!」


 元気よく言われたが自分で中二病というのがおかしくて笑ってしまった。


「ダメですかー?」


 すねたように口を尖らせながらそういう姿は可愛い。可愛いものに弱い私はいいわよと答えた。


「よーし!! じゃあ! そこを動かないでくださいね!」


 何をするつもりなのだろうか、まぁたまには子供の遊びに最後まで付き合うのもいいだろう。


 その女の子は鞄からポーチのようなものを取り出し、その中から三日月をモチーフにしたであろう棒と、中身がキラキラ光っている細長い筒を取り出した。


「なあに? その2つ」


「シャボン液とストローです!!」


「へぇ……今のシャボン道具っていろんな形あるのね、さっき使ってたのとそれ使うの違うの?」


「こっちはちょっと思い入れがあって特別な時しか使わないことにしてるんです!! 今からおねーさんにめがけて吹きますが動かないでくださいよ!」


「はいはい、わかったわ」


 女の子は宣告通り私にめがけてシャボン玉を吹き出した。宣告されてからシャボン玉を当てられるなんて初めてかもしれないな……


「雪さん、So that you spend a happy time」

「え?私の名前……」


 そう思った時にはもうシャボン玉は私のところまで到達していて、私の体にあたり弾けるはずだったそのシャボン玉は弾けたような姿を見せず私の体に陽だまりのような暖かさを持ちながら溶け込んだ。


「……ちゃん、雪ちゃん!」

「あ、え……?」

「もう、寝すぎだよ」


 私に呼びかけ、隣にいたのは小学生くらいの男の子で。でも何故か私はその男の子を知ってるような気がして。


「雪ちゃん、大丈夫?」

「フィー……?」


 なぜそう感じたのだろうか、だが目の前にいる男の子は十数年前に別れを告げた、あのウサギのように感じた。


「そうだよ?なんで疑問系?」


 私の呼び掛けに男の子はすぐに答え、私はその言葉だけで目の前にいる子が私の家族のフィーだと実感するには十分だった。


「フィー……フィーだ!!! たくさん! たくさん聞きたいことがあるの!」


 これは夢だろうか、いや夢なのだろう。だがたとえ夢の中だとしても意識をしっかりともち言葉が話せるフィーと過ごせるなんてなんて素敵な夢だろう。


「落ち着いてよ、雪ちゃん。そんなに急がなくても時間はまだあるから」


 フィーがそんなことを言ったが夢なんていつ終わるかわからないのだ。夢とわかっているのに先程考えていたことを聞こうとするなんてバカだと思うが、それでも聞いてみたかった。


「ねぇ、フィー。私たちの家は、私たちと過ごした時間は幸せだった?」


「幸せだったよ、怖く感じたことも確かにあったけど僕は幸せだった」


 うさぎの姿ではなく小学生の男の子の姿のフィーはすごく幸せそうに笑っていて、私は先程まで罪悪感や、後悔で真っ黒だった心に光がさした。


「私の家、庭なくて遊ぶところ少なくてごめんね。ご飯もちゃんと上げてなかった時が絶対あったよね、ごめん、ごめんね、フィー」


「雪ちゃん、謝らないでよ。僕恨んでなんかないよ、名前を呼ばれて、ぎゅうってしてくれるだけで本当に嬉しかったんだ。」


「お墓参りにも。いけてなくって……」


 フィーが優しく答えるたびに、胸が張り裂けそうな気持ちになり、私はうまく話せなくなるほど泣き出していた。




「たしかに寂しさが全く無いわけじゃないし、姿を見たいと願う時はあるけど、でも雪ちゃんは僕のことを思い出してくれて、想ってくれて、こうやって泣いてくれてるじゃないか、そのことが僕は本当に嬉しいからお墓参りにいけないことを気にしなくていいよ」


「フィー……フィー……」


 聞きたかったこと、話したかったことはまだまだあるはずなのに涙は止まらず、名前を呼ぶことだけで精一杯で。


 泣いてばかりいてはダメだと涙を止めようとしても止まることはなく困っているとフィーに腕を引っ張られ、私はフィーの腕の中にいた。


「大丈夫、大丈夫だよ雪ちゃん」


 フィーにぎゅうとされるのは、暖かくて、安心できて、落ち着いてとでもいうように背中を優しくぽんぽんと叩いてくれた。


「フィー……」

「雪ちゃん、大好きだよ」

「私も……大好きだよフィー」

「……落ち着いた?」

「うん!ありがとうフィー!」


 それから私は出会った時のこと、フィーの中で思い深かったことを聞き出した。


 ずっと、ずっとこの時間が続けばいい、そう思った。フィーにそう思ったことが伝わったのだろうか。


「楽しい時間は、すぎるのが早いね」


 ここで出会ったフィーが初めて、顔を歪めた


「え?」

「もう終わりみたい」

「どういう……こと……?」

「話せる時間があと少しということだよ」


 理解が、できなかった。初めはこうやって話せてることが奇跡だと、夢だとわかっていていつ終わってもおかしくないと思っていたのに


「やだよ……やだ! 時間はあるって、最初フィー言ってた!!」


「ここにこれ以上いたらダメなんだよ、雪ちゃん、戻れなくなっちゃう」


「戻れなくたっていい! フィーといたい!!」


 パシン! という音がしたと同時にフィーの手に勢いよく顔を挟められていた


「フィ、フィー……?」


「それは絶対ダメだよ、雪ちゃん」


 寂しそうな顔だったフィーが真面目な顔になった。


「雪ちゃんは雪ちゃんの時間を過ごさないと」


「私の、時間……?」


「うん、そうだよ、ねえ雪ちゃん最後の僕の願い聞いてくれる?」


「願い?」


「うん……何?」


「あのね、僕のことを思い出して泣いてくれたことが嬉しいって言ったけど、その言葉は忘れてほしいな、僕のことを思い出す暇なんてないくらい雪ちゃんが毎日幸せなのがいい。もし、幸せな中でも僕のことを思い出すことがあったらその時は今日のたくさん話した時間を思い出して笑顔でいて?僕はそのほうが嬉しい。雪ちゃんの幸せは僕の幸せでもあって、笑顔でいてくれるのが1番嬉しいんだ」




 なんて、難しいことを言うのだろうと思った。


 それでもそれがフィーの願いだというのであれば叶えたいと、思った


「願いを、聞いてくれる?」


「うん……叶えるよ、私、頑張る」


「ありがとう、雪ちゃん、大好きだよ」


「私も……大好きだよ!フィー!!」




 そう伝えるとフィーの体と私の体は光の粒子に包まれた。




「え、え!? フィー! フィー!」


「時間だ、雪ちゃん逆らわないで、そのシャボン玉にちゃんと乗って、僕ももう行くね」


「フィー!!!やだ、行かないで!!」


「来てくれてありがとう、雪ちゃん、僕雪ちゃんの笑った顔が大好きなんだ、笑顔を見せて」


 逆らわないでと言われたけど戻りたくない、もっともっと話したい、まだ全然話し足りない、2度目の別れなんて嫌だ、フィーもいっしょに、私と共に時間を過ごしてほしい


 そんな感情が一気に溢れ出し言葉に詰まり、泣き叫びそうになった。


 でも、これが本当に最後だというのであればもう2度と後悔をしないようにしっかりと別れを告げ、フィーが心配しないように笑顔で別れるべきなのだろうと思った。


「フィー、ずっとずっと見守っていてくれてありがとう、出会ってくれてありがとう、幸せな時間をありがとう、フィー……フィー!! ずっと! ずっと! 大好きだよ!! バイバイ!」


 1度流れ出した涙の粒は止まらなかったけど、笑顔を見せることが出来ただろうか、大好きとたくさんのありがとうは伝わっただろうか。


 光の粒子は大きいシャボン玉を作り出していき、あとすこしで綺麗な円が完成しそうだった。


 フィーと顔を合わせるとフィーは私に笑いかけていた。そしてだんだんと人間の姿は崩れうさぎの姿へと戻っていった


「僕もずっと大好きだよ」


 その言葉が、フィーと私が交わした最後の言葉となった。


 綺麗な円となったシャボン玉は私に向かいぶつかったかと思いきや円の中に私を招き入れた。夢を見る前と同じく暖かな空間だが、はじめと違い、出会いへと向かったのではなく別れへと向かう事になるのだろう……。


「さん! おねーさんってばー!!」


「……フィー……?」


「はい?誰ですか?それ」


 男の子の声ではなく女性の声だった、目を開け、横を見てみると夢を見る前の女の子が顔を覗き込んでいた。


「あ……セーラー服の……そっか、戻ってきちゃったんだ……」


「大丈夫ですか?いきなり倒れたんでびっくりしちゃいました」


「え!?私倒れてた!?」


「そうですよ?」


 シャボン玉がぶつかったあとどうなっていたのか、曖昧なのだが倒れたのか……


「ぼーっとしてますけど……大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫、とても、とても素敵な夢を見たの」


「そうなんですかぁ、それはよかったです!」


「あー!そう言えばあなたなんで私の名前知ってたの!?」


「えー?なんの事ですか?」


「何のことって……あなたシャボン玉吹いた後私の名前呼んだじゃない!!」


「ええー?それこそ夢じゃないですか?」


 夢……あの時も夢だというのであればどこからが夢だったのだろうか。


「おねーさん、ひとつ質問していいですか?」


「あ、うん、なに?」


「止まっていた時は、動き出しましたか?」


 女の子が真っ直ぐな目で私の心を見抜くように見てきた。止まっていた時、それはフィーとの時間のことだろうか。この女の子があの夢の中のことを知るはずないのに、私はそう思った。


「動いたよ……」


「そうですか!!じゃあ良かったです!あ、そうだおねーさん!手出してくださいー!」


 女の子に言われた通り手を出すと私の手の中にコロンとした可愛いキーホルダーを置いてきた


「これって……」


「おねーさんにたくさんの幸福が訪れるように! プレゼントですー!」


「ええ! 貰えないよ!?」


「そんなこと言わずにもらってくださいー! ではでは! おねーさん、私はそろそろ帰りますね! 塾の帰り遅いと家族心配しちゃうんで!」


「あ、ちょっと・・・!」


 女の子は私の呼びかけに応じずそのまま走り去って行ってしまった。また、会えるだろうか。そう思いながら女の子から貰ったキーホルダーを再度見つめた。キーホルダーは三日月の横にウサギがいて、ウサギの中は黒色のレジンに三日月の中は夜空をイメージしたかのようなレジンになっていた。まるで今日の出来事をこのキーホルダーに閉じ込めたようだ。


「不思議な女の子……フィー、私頑張って生きるから見守っていてね」


 キーホルダーを両手で包み込み祈るように独り言を呟いた。


「さーて! 私の時間を精一杯生きますか!」


 この先、後悔することがないように、フィーとの約束を守れるように、私は家へと、まだ見ぬ先へと歩き出した。






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三日月とシャボン玉 藍葉詩依 @aihashii

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