ノット・カラーパレットライフ

ちびまるフォイ

色の違いと気持ちの違い

「ねえママ。どうしてお空はあの色なの?」

「それはうちが色を購入してないからよ」


小さい頃から「色」の存在は都市伝説だと思っていた。

ずっと見てきた世界は濃淡でしか変わらないモノクロの世界。


本当に色があるかどうかを確かめてみたかった。


「色を買うの? どうして?」


「だって色を見てみたいじゃない」


「あんた変わってるわね。色なんてなくても別に困ってないじゃない。

 それをどうしてわざわざお金をかけて色がほしいわけ?

 お金を出して粗大ごみを買い取ってるようなものよ」


「お母さんにはわからないよ!」


私はコツコツと貯めたお金で色を買うことにした。


「いらっしゃいませ。どの色がほしいですか?」


「そう言われても……どれがどの色かわかりません。

 全部同じ濃さに見えます」


「ああ、あなたは色を購入していないんですね。

 それは失礼しました。まあ最初ですしテキトーで大丈夫ですよ」


「それじゃこの一番左の色で」

「赤色ですね」


「アカ……?」


赤の他人、などという言葉はあるが赤色とはどんなものなのか。

わくわくしていると赤色が世界に広がった。


「……あれ? どこに赤色があるんですか?」


「ほら、これを見てください」


色売人は軽く傷をつけると中から血が流れてきた。

モノクロの世界における赤色は異様に目立った。


「えっ?! なんですかこれ!?」


「血の色が赤色なんですよ」

「こんな色だったんですね! キレイ!」


「これであなたが赤色を手に入れたと証明したでしょう?

 けしてお金だけ取るような詐欺師じゃないんですよ」


「私、ちょっと外出てきます!」


「あーあー……色が手に入ったから嬉しくなっちゃってもう」


外に出ても自然の中に赤色はほとんどなかった。

売人が血で教えてくれなかったら見つかったかどうか。


商店街に入るとやっと自分の力で赤色を見つけることができた。


「あ! ここにも! あっちにも赤色だ!」


主に食べ物屋さんの看板などに赤色はよく使われていた。

私が赤色を手に入れてなかったら、このことにすら気づけなかったんだろう。


「なんか、お腹へってくる色かも……」


そのままつい引き寄せられるように食べ物を買っていた。

赤色とは不思議で見ていると頑張れる気がする。


それからというもの私はすっかり赤色に魅せられてしまった。


「あんた、いくら自分の部屋といっても物を起きすぎじゃない?」


「ほっといてよ。それにお母さんには色は見えないでしょう?」


「だからなんだっていうのよ」

「これはあたしを上げてくれるものなんだから」


部屋を赤色のグッズで固めると、元気が湧いてくる気がした。

あれほど避けていた勉強も部屋に赤色をおいてから頑張れるようになったし。


……最近、食欲が増えて体重が増えてしまったのも赤色のせいだと思う。


家族は誰もこの赤色の魅力に気付けないので、

私が突然に変わったように見えて気味悪がっていた。


でも私は満足だった。

赤色に疲れるまでは……。


「ちょっと大丈夫? すっごい目がくらいけど……」


「え……?」


鏡で自分の目を見ると赤く充血していた。

赤色のない人達からは暗く見えているのだろう。

一応病院で診断してもらうと原因は寝不足と拍子抜けだった。


「そう言われてみれば最近眠りが浅くて……」


「寝る前に興奮状態だと眠りが浅くなります。

 ちゃんと寝る前にはリラクスしてくださいね。

 寝る前に運動しているわけじゃないんでしょう?」


「はい、普通に寝てますけど……赤い布団で」


「赤い布団?」

「赤が好きなんで」


「……それじゃないですか? 原因」


私が色売人を訪れたのはそれからすぐだった。


「いらっしゃい。今日は何色をお探しで?」


「リラックスできる色ってありませんか? 

 赤色を手に入れたんですけど、赤色のせいでずっと興奮状態みたいで」


「でしたら、青色はどうでしょう?」

「アオ色?」


赤と1文字しか違わないので多分大丈夫だろう。

そう思って青色を購入すると、今度はすぐに変化に気づいた。


「そ、空が!! 空が変な色になってます!!」


「あれがもともとの色なんですよ。

 キレイでしょう? あれが青色ですよ」


「キレイ……なんか落ち着きます」


青色は広くいろんな場所に使われていた。

それだけ好かれているんだろうなと思った。


「あんた、最近もう睡眠は大丈夫なの?」


「うん。もうぜんぜん平気」


部屋の壁紙を青色にしてからというものリラックスできるようになった。

深みのある青色を見ていると心が落ち着く気がする。


こんなこと、色が見える私にしかわからないだろう。


「そんなに色買ったって何も変わらないでしょうに」


「2色の世界から見ればそうだよね」


色を手に入れたことで私の世界は大きく広がった。

空の色で天気もわかるようになったし、赤と青を使い分けることで強調もできるようになった。


世界にはまだまだたくさんの色がある。


それは私がまだ世界を知る入り口にしか立っていないことで、

まだまだ色づいた世界が広がると思えて楽しみだった。


赤色の服を着て自分を鼓舞すると、ますますバイトの日々に明け暮れた。


貯めたお金はすべて新しい色の購入に割いた。

色数が増えれば増えるほどに、世界はますます美しく進化していく。


黄色を知ればハッピーな気分になり、

緑色を知れば山や森の自然の良さに気づき、

ピンク色を知るとすべてが可愛く見える。


「ああ、本当に色って最高!! もう色なしじゃ生きられない!!」


「浸っているところ申し訳ないんですが

 そろそろ色の期限が切れますよ? 更新しないんですか?」


「き、期限?」


「色の使用料金は更新制なんです。

 まだ色を手に入れておきたいなら支払ってもらわないと」


「そんな! まだまだ新しい色がほしいのに、

 今の色数をキープし続けるにもお金がかかるっていうの!?」


「そうですねぇ」


「こんなの知ったら戻れるわけないじゃない!!」


色の購入で更新するためのお金なんてなかった。

考えた末に、色を手放すことにした。


闇ルートで色を買い取ってくれる男のもとにやってきた。


「おやおや、ずいぶんと可愛いお客さんだねぇ」


「色を売りたいんです」


「おお、結構な色を持っているじゃないか。

 それでどの色を売るのかね? 金色なら高く買い取るよ?」


売るのは一番使っていない色と思っていた。

でもいざこの場にしてもうあの色が見れないと思うと踏ん切りがつかない。


「私の持っている色の中で一番高く買い取ってくれるのはどれですか?」


「白色と黒色さ。誰も売らないからね」


「え? 最初から見える色ですよね」

「そうさ。白色と黒色を売るかい?」


白と黒はあまり使っていない。

それに色を増やせば白と黒なんて必要なくなる。


「はい! 白色と黒色を売ります!!」


「わかったよ。キャンセルはできないからねぇ」


そのとき、目の前が真っ暗になった。

黒色は失ったはずなのにと考えた頃には、見えなくなっている自分に気づいた。


「あ、あの! なにも! 何も見えません!」


「ククク。お嬢ちゃんはバカだねぇ。

 白色と黒色がどうして流通していないかわからなかったのかい」


「なんで……」


「白と黒はすべての色の基礎となる色さ。

 これを失ってしまえば、色はそもそも見えなくなってしまう」


「先に言ってください! それにまだお金も――!」


「その暗闇の中で過ごすといいさ。ふぇっふぇっふぇ」


声は遠くに行ってしまった。

あれだけ色鮮やかだった世界は虚無の空間へと変わってしまった。


「だれか……だれか……」


私はただ助けを求めるしかなくなった。



 ・

 ・

 ・



「見える?」



「……お母さん?」


真っ暗だった世界から連れ戻してくれたのは親だった。


「あなたが白色と黒色を失ったって聞いてから

 色を購入したのよ。もう見えるでしょう?」


自分が見える世界の色数に驚いた。

白と黒だけじゃなく、これまで自分が持っていなかった色までも見えている。


「お母さん、私のためにどうしてこんなに色を!?

 白色と黒色はうんと高いのに!!」


「あなたの目を取り戻すのなら白と黒だけで十分ね。

 でも、あなたの見ている世界を取り戻したかったから」


「そんなお金どうして……」


私のために必死に働いてくれたであろうお母さんに頭が下がった。


「気にしなくていいのよ。ほら、耳まで赤くなっているわ」


色のある世界を取り戻して、改めて色のある世界の大切さが身にしみた。

今度はまっとうな方法で色を集めていこうと思った。


「お母さん、そういえばお父さんがいないけど……?」




「ああ、お父さんなら肌の色が理由で離婚したわ。

 あんなにお金がもらうなら次も離婚しようかしら」

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