第20話 【第四試合】悪夢の連戦

 ケージの扉が開き、スーツ姿の男達がヴェルナーだけを運び出していく。それと入れ替わるように、通用口から新たな選手が登場した。レイチェルは横たわったまま首だけをそちらに向けて相手を確認する。


「……!」

 離れた場所からでも解る見栄えの良い筋肉に覆われた巨体。レイチェルはすぐに誰なのか解った。今度は名前も思い出した。何故ならその男は『開会式』で唯一レイチェルに声を掛けてきた人物だったからだ。



 それはアメリカの有名プロレス団体WEWに所属していた『元』スーパースター、アンドリュー・"レッドブル"・カーティスであった。



 黒いスパッツにプロレスシューズ、ニーパッドとエルバーパッドという典型的なプロレススタイルだ。上半身は裸でその筋肉を存分に見せつけていた。



『ダブルヘッダー戦、二戦目の相手はブロンディと同じアメリカ出身! あのWEWに所属しながらも試合中に逆上して対戦相手を殺してしまった事で追放の憂き目に遭った爆弾スーパースター、アンドリュー・"レッドブル"・カーティスだぁぁっ!! その強靭な肉体と恐るべきパワーから放たれる技の数々に、果たしてブロンディは耐えられるのかぁぁっ!?』



 引っ切り無しの歓声、怒号の雨の中、通路を悠然と歩いてきたアンドリューが、ノソッという感じでリングに入ってきた。『開会式』の時もそうだったが、間近で見るとその縦も横も大きい巨体の迫力は尋常ではない。


「はぁ……はぁ……はぁ……く……」


 レイチェルは横座りの体勢になってから、必死で身体を起こして立ち上がる。何とか立ち上がったはいいが、膝はガクガクと笑って視界も揺れていた。立っているのがやっとの状態で、足元はふらついている。


「ふん……」


 アンドリューがそんなレイチェルの様子を見て、不快そうに鼻を鳴らす。だがそれ以上何も言わなかった。



『それでは第二戦目、始めぇぇぇっ!!』


 

 試合開始のゴングが容赦なく鳴った。レイチェルはファイティングポーズを取るが、正直それだけでも辛かった。だが辛かろうが何だろうが、エイプリルを守る為には絶対に負けられないのだ。


「……お嬢ちゃん。アンタに恨みはねぇが、俺も貰う物貰ってる以上手加減は出来ねぇ。追放されたとはいえ、こちとら観客を沸かせるのが本業のプロだ。『観客の期待』に応えなくちゃならねぇんでな」


「……!」

 観客の期待、という部分に妙にアクセントを置いたその言葉の意味を、今のレイチェルは推察する余裕が無かった。アンドリューがその巨体を揺らしながら迫ってくる。レイチェルは重く感じる手足を懸命に持ち上げながら迎撃する。


 ミドルキックがアンドリューの脇腹にヒット。続けて上に突き出すような形で右のストレートがアンドリューの顔面にヒットする。アンドリューは一切の回避や防御動作を取らずにレイチェルの打撃を受けるが、全く小動こゆるぎもしなかった。


「……っ!」

 それどころか逆に大木の幹でも殴りつけたかのように、レイチェルの方がよろめいてしまう。


「はっ!」


 アンドリューが鼻で嗤いながら大振りな動作でトーキックをかましてくる。万全の状態であれば躱す事は難しくなかっただろうが、今のレイチェルではそれも難しい。結果、腹にアンドリューのシューズのつま先がめり込む。


「がっ……」


 思わず前のめりに怯むレイチェル。アンドリューはその大きな両手を伸ばしてレイチェルの肩を掴み、強引にグラップリングしてきた。


「あぅ……!」


 物凄い力で組み付かれて振り解けない。アンドリューはニッと笑うと、組み付いたままのレイチェルの股の間に手を差し入れ身体ごと持ち上げた。


「……ッ!!」

 この体勢は……いわゆるボディスラムだ。勿論レイチェルは必死で抵抗するがアンドリューは全く意に介さず、その膂力で強引に技を決める。



 七フィート近い高さを、背中から一気にマットに叩きつけられた!



「がはっ!!」

 途轍もない衝撃に肺の空気が全て絞り出され、脳が揺さぶられる。全身に衝撃が伝播し、無様にマットに四肢を投げ出した姿勢のまま、立つ事はおろか上体を起こす事さえ出来ない。


 だがアンドリューは無情にもレイチェルの髪を掴んで強引に引き起こす。ヴェルナーにも掴まれていた髪はとうに解けて、ロングに振り乱されていた。


 無理やり立たされたレイチェルだが、衝撃で意識は朦朧としていてまともに抵抗する事さえ覚束ない。アンドリューは彼女の身体を後ろに向かせるとその腰に両手を回し、屈み込むように自分の頭を彼女の脇に差し入れた。この体勢は……


「……っ!」


 物凄い勢いで頭と身体が後ろに引っ張られる感覚。レイチェルの足は容易くマットから離れ、そのまま抱え込まれるようにして再びマットに叩きつけられた。バックドロップだ。



「ぎゃふ……!」


 二度の強烈な投げ技を立て続けに喰らったレイチェルは、身体中が痺れてまともに動く事も出来なかった。視界が大きく揺れて歪んでいる。


「まだお寝んねには早ぇぞ、お嬢ちゃん。観客の皆様がまだ全然満足してねぇからな」

「……ぅ……」


 マットに倒れ伏したまま呻く事しか出来ないレイチェル。アンドリューはそんな彼女に容赦なく次の技を掛ける。投げ出されたレイチェルの両足を掴んでそれぞれ脇に抱える。そして彼女の足を抱えたままその場で回転し始めた!



 プロレスでも大技に当たる、ジャイアントスイングだ!



「ぅ、あぁ……! あァァァァッ!」


 脚を掴まれ振り回されるレイチェルは悲鳴を上げる事しか出来ない。物凄い遠心力が彼女の身体に容赦なく負荷を加えていく。


「そらっ!」


 やがてアンドリューが手を離すと、その勢いのままレイチェルの身体は大きく飛ばされ、マットに身体を打ち付けつつ何度も転がりながらようやく止まった。



『おぉぉぉっ!! レッドブル、まさかの大技ジャイアントスイングだぁぁっ!! まさかこの試合のルールでこのような大技、それもブロンディのような美女が掛けられている姿を生で見れようとは! 素晴らしいぃぃ! これぞまさに『フェイタルコンバット』の醍醐味だぁぁぁっ!!!』



 興奮したアナウンスの実況と共に観客席が大いに沸き立つ。そんな歓声を浴びながらアンドリューは、まだ起き上がれないでいるレイチェルの元まで歩いていく。



「さて、投げ技はこんなモンでいいだろ。お次はコレだ!」

「……っ」


 レイチェルの身体をうつ伏せにさせるとその上を跨いで彼女の片足を掴むと一気に手前に引っ張る。すると必然的にレイチェルの身体はうつ伏せの姿勢から逆エビの形に逸らされる事になる。いわゆる逆片エビ固めだ!


「あ、ぐぅぅぅっ!!」


 股を裂かれるような苦痛にレイチェルの顔が歪む。彼女に出来る事はただ苦痛に喘いで両手でマットを引っ掻く事だけだ。


「へっ……」


 アンドリューが何故か技を解除した。いや、理由は明らかだ。別の技を掛ける為だ。うつ伏せのままの彼女の膝裏辺りに自分の足を乗せて、折り曲げた彼女の足をフックさせる。その体勢のまま両手でレイチェルの手をそれぞれ掴み上げる。



『お、おぉ……! こ、これは……!』



 レイチェルの背中の上から両手両足を拘束した状態で、自らはそのままリングに仰向けに倒れる。するとレイチェルの胴体は、仰向けで両手足を上にあげたアンドリューによって、天井に向かって突き出される事になる。

 


『ロ、ロ……ロメロ・スペシャルだぁぁぁっ!!!』



 アナウンスの興奮した声に観客が総立ちになる。


「ああぁっ! うあぁぁっ!!」


 屈辱的な姿勢で痛みに耐えるレイチェルだが、その口から苦鳴が漏れ出る。


「へっ! おら! 痛いか!? 苦しいか!?」

「ああぁぁぁぁぁっ!」


 アンドリューの言葉にも、ただ髪を振り乱しながら頭を左右に激しく振るのみで、まともに答える事も出来ない。


「ふん……」


 そしてやはりアンドリューはつまらなそうに鼻を鳴らして技を解いた。マットに倒れ落ちたレイチェルは荒い息を吐いて喘ぐのみで動く事が出来ない。

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