第18話 【第四試合】vs柔道


『紳士淑女の皆様! 今日も今日とてやってきた『フェイタルコンバット』も何とこれで四戦目を迎えます! 彼女がここまで勝ち抜ける事を予想した方は少なかったのではないでしょうか!? まずはそうして私達に最高の娯楽を提供し続けてくれる献身的なエンターテイナー、ブロンディに盛大な拍手を送りましょう!』



 ――ワアァァァァァァァァァァァァッ!!!


 リング上のレイチェルに向かって割れんばかりの歓声と拍手が浴びせられる。当然だがそんな歓声に応える気はない。彼女の目線は油断なく目の前の男に注がれたままだった。



『ですが四戦目となり、捻りのない一対一の戦いのみの試合に皆様が退屈し始めている事も、我々はよく理解しております! そこでっ! 今回は「ダブルヘッダー」ルールを採用させて頂きました!』



 どうやら観客達には告知されていなかったらしく、戸惑ったような騒めきが大きくなる。と同時に、どんな趣向なんだという期待の熱も高まる。



『読んで字のごとく、ルールは単純です! まずは今までと同じようにブロンディに試合を戦って頂きます。勿論負ければそこで終了です。しかしもしブロンディが勝ち残った場合、インターバルなしで即座に次の対戦相手が登場し、二試合目開始となります! つまりブロンディには二人の相手、二つの試合を連戦してもらう事になるのです! これが「ダブルヘッダー」のルールとなります!』



 アナウンスを聞いている内に興奮が高まってきたらしく、観客達が拍手喝采して歓声を上げていた。レイチェルが苦しむ姿を見て喜ぶ悪趣味な連中にとっては最高のルールという訳だ。



『さあ、それでは一人目の選手紹介です! 彼が一人目となるかどうかはブロンディ次第! ドイツ出身、柔道の申し子! 相手が壊れるまで寝技を解かないその異常性を危惧され公式試合から遠ざけられた経歴を持つ破戒の柔道家! ヴェルナー・ヨハンソンだぁぁぁっ!!!』



 男――ヴェルナーが、歓声に応えるような両手を広げた。同時に試合開始のゴングが鳴った。


 ヴェルナーは両手を広げ腰を落とした姿勢のまま向かってくる。レイチェルも素早くファイティングポーズを取って迎え撃つ。前回の経験を活かして、無駄に後退して自分から退路を断つ愚は犯さない。


 巨躯のヴェルナーが両手を広げて迫ってくると、まるで自分の視界が全て覆われたように錯覚してしまう。その迫力に思わず怯みそうになる心を奮い立たせ、相手の足元目掛けてローキックを放つ。


 キックは狙い過たず下腿部にヒットしたが、ヴェルナーは一瞬動きを止めただけで、すぐにお構いなしに接近してくる。ヴェルナーの手が伸びてきたので、素早く後方にスウェーして躱す。そして再びローキック。パンチは例えジャブであってもカウンターで掴まれるリスクが高いのでここでは封印だ。


「このアマがっ!」


 ヴェルナーが声を荒げて掴みかかってくるが、レイチェルはその度に後退しながら牽制のローキックを放ち続ける。同時に背中がケージに接触して退路を断たれないように位置取りにも気を配る。


 足に狙いを定めて集中攻撃し、少しでも相手の機動力を奪うのが目的だ。同じような攻防が何度か繰り返され……レイチェルが再びローキックを放とうとした所……


「馬鹿め!」

「……!」


 何とヴェルナーが殴りかかってきた。ローに意識が逸れていたレイチェルは意表を突かれて躱すのが遅れた。その攻撃自体はガード出来たものの、そのまま強引に腕を掴まれてしまう。


(しまった……!)


 油断した。相手が柔道家である為、掴みだけを警戒していたが、これは柔道の試合ではないのだ。ストライカーでなくとも殴りかかってくるくらいは勿論してくるだろう。その認識が足りていなかった。


 物凄い力で引き寄せられる。ヴェルナーは掴んだレイチェルの腕を取って、そのまま一本背負いを決めた。


「……ッ!」


 総合格闘技にも投げはある。レイチェルとて『表』の試合では何度か綺麗に背負い投げを決めた事がある。だから投げられまいと脚を絡めたりして必死に抵抗するが、残酷なまでの膂力、ウェイト差はそんな儚い抵抗を物ともせずに、レイチェルの視界は上下反転した。そして……


「がふっ!!」


 勢いよく背中からマットに叩きつけられた! 辛うじて受け身は取ったが、それでも尚軽減しきれない衝撃にレイチェルは呻く。すぐには動けない。


 そして当然そんな隙を見逃す相手ではない。


 そのまますぐに寝技に移行するかと思いきや、ヴェルナーはレイチェルの髪を掴んで無理やり引き起こした。レイチェルは死に物狂いで離れようとするが、ヴェルナーの手はまるで万力のようにビクともしない。


「く……!」


 左手を掴まれているので、空いている右手でヴェルナーの顔面にストレートを打ち込む。鈍い感触が伝わるが、ヴェルナーは怯まずに口の端を吊り上げた。そして掴んでいる腕を引くようにして、再度一本背負いを掛けてきた。


 再び反転するレイチェルの視界。次の瞬間、マットに叩きつけられる衝撃が彼女を襲う。痛みに呻く間もなく三度無理やり引き起こされる。


「う……」


 立て続けに投げられた衝撃で意識が朦朧とし、グロッキー状態となっているレイチェルは反撃すらままならない。しかしヴェルナーは残忍な悦びに顔を歪めると、容赦なく投げ技を仕掛ける。


 今度は左手でレイチェルの右肩を掴み、右手は屈み込むようにしてレイチェルの左脚に巻き付ける。そこから一気に立ち上がるようにして彼女の身体を抱え上げる。そしてその高さからマットに向かって投げを決める!


 掬い投げと呼ばれる難易度の高い投げ技だ。柔道の試合では相手も同じ性別、同じ階級なので綺麗に決まる事は少ないが、女性で遥かに体重が軽く、尚且つグロッキーで碌に抵抗できない状態のレイチェルであれば話は別だ。


「……っ!」

 為す術も無く、三度マットに叩きつけられるレイチェル。碌に受け身も取れなかった為、ダメージの蓄積は大きい。


「か……はっ……」


 呻きながら無様に四肢を投げ出してマットに伸びるレイチェル。その姿に観客席は大興奮で歓声を上げる。

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