第17話 地獄のダブルヘッダー

「ダ、ダブルヘッダー……?」


 翌日。いつものように試合用のコスチュームに着替え終わった所で、部屋にやってきたジョンが薄笑いと共に告げた言葉に、不吉な予感を掻き立てられるレイチェル。


「ええ。あなたは既に『フェイタルコンバット』を三試合勝ち抜いた。いえ、最初の試合も入れれば四試合です。いくら相手のスタイルが異なるとはいえ、このままただ同じ形式で試合を続けていても芸がない。そう思いませんか?」


「…………」


「会員の皆様もそろそろ新しい刺激に飢えている頃です。そこでこの『ダブルヘッダー』という訳ですよ」


 嬉しそうな笑顔のジョン。レイチェルは構わずに気になっている事を聞く。


「……具体的にはどんなルールなの?」



「何も複雑な事はありません。これからいつものようにアリーナに出て、現れた相手と戦ってもらいます。ここまではいつも通りです。違うのはその後……。あなたが勝てば今まではそこで試合終了でしたが、今日は即座に次の相手と戦って頂きます。要は休憩なしの連戦という事ですね」



「な…………」


 そこまで聞いてレイチェルは絶句した。一人でも際どい相手と連続で戦えという事か。どう考えても無茶苦茶だ。


「不公平よ! そんな事許されないわ!」


 レイチェルは思わず抗議していたが、ジョンは薄笑いと共に肩を竦めるだけだった。


「やれやれ……まだ『表』気分が抜けきっていないようですねぇ? 不公平なのは当たり前です。むしろ皆様はその不公平こそを楽しみたいんですよ。あなたがその絶対的不利な条件下でどう戦い抜くのかを、ね」


「……っ!」

 駄目だ。この連中にまともな理屈は通じない。レイチェルは改めて悟った。いや、そもそもまともな倫理感すら持ち合わせていない連中に何を言っても無駄だ。そしてここはそのまともでない連中が支配する島なのだ。


「…………」


 レイチェルは何も言わずに、ただ黙って拳を握り締めジョンを睨み付けた。ジョンが相変わらずニヤニヤと笑いながら頷いた。


「ご理解頂いたようで何よりです。まあ連戦と言っても今回は二人だけなのでご安心下さい。しかし……クク、最初の一人目で余り体力を消耗しすぎないように『ペース配分』には気を付ける事ですね」


「く……」

 レイチェルは歯噛みする。ペース配分など考えて勝てるような相手は誰もいない。明らかにそれを解ってて言っている。



 そしてジョンからは更なる追い打ちが……


「ああ、そうそう。言い忘れていましたが、昨日の試合で使ったような引っ掻きや、それに勿論噛み付き、目つぶし、金的といった行為は『反則』とさせて頂きます」


「……!!」


「使って良いのは、あくまであなたが培った総合格闘技の技術のみです。会員の皆様は誰も見苦しいキャットファイトなど望んでおられないのでね。昨日はこちらも事前通達を忘れておりましたので大目に見させて頂きますが、これ以降『反則技』を使った場合は、あなたの『反則負け』となります。普通の負けと同じ扱いです。つまり……解りますね?」


 レイチェルは勿論、エイプリルも無事では済まないという事だ。ただでさえ厳しい試合条件だというのに、反則技も封じられてしまった。


「ククク、勿論相手側もそれらの行為は反則負けとなりますから、条件は『対等』という訳です。あなたの好きなフェアプレーですよ」


 性別や体重差が考慮されていない時点でフェアプレーも何もあったものではないが、それを解ってて皮肉を言っているだけだ。


「マ、ママ……」


 隣で聞いていたエイプリルが不安げにレイチェルを見上げる。


「……大丈夫。大丈夫よ、エイプリル。あなたが応援しててくれるならママは絶対に負けないわ。知ってるでしょう?」


「う、うん……」


 以前と似たようなやり取りを繰り返し、娘とハグをする。その光景をジョンは、やはり酷薄な笑みを顔に張り付けたまま眺めているのだった……





 そしてアリーナへとやってきたレイチェル。


「レイチェル。とにかく一人目の相手はこっちから積極的に攻めて短期決着を心掛けるんだ。相手がストライカーなら組み付いてアームバー、グラップラーならとにかく顎を狙っていけ」


 チャールズが口から泡を飛ばしながら助言してくる。確かに二人目の相手が控えている以上、一戦目で余り時間を掛けたくない。


 チャールズはレイチェルに勝って欲しいと思っているのは間違いないようだ。もしこの『フェイタルコンバット』でレイチェルが勝ち残る奇跡が起きたら、莫大な賞金が貰えるらしい。以前にブラッドから聞いた話からすると、その賞金目当てなのは間違いない。


 レイチェルは冷めた気持ちでチャールズの話を聞いていたが、


「ええ……解っているわ。ありがとう、チャーリー」


 それを表には出さなかった。脱出計画の事があるので、今チャールズに不審を抱かれる訳には行かない。何食わぬ顔でチャールズとハグを交わす。ここ数日で自分も大分演技が上手くなったものだと自嘲する。


 そしてエイプリルとも、こちらは本心からのハグを交わしてリングへと上がった。観客達はいつにも増しての大歓声を彼女に浴びせる。やはり『ダブルヘッダー』とやらの期待感がそれだけ強いのだろう。


(そうやって笑って見下しているといいわ。私は絶対にあなた達を許さない。必ず計画を成功させてみせる)


 その時になって後悔しても手遅れだ。だがその為にも今日の過酷な試合を何としてでも勝ち抜かねばならない。レイチェルは指貫きのグローブを打ち鳴らして気合を入れた。



 そしていよいよ『一人目』の対戦相手が姿を現した。


 大柄で茶髪の白人男性だ。長袖長ズボンの白い道着を着ていた。腰の部分を太い帯で締めている。


「……!」

 その背格好。そして白人で白い道着を着ていたのは『開会式』でも一人だけだ。レイチェルはすぐに思い出した。


(確か……柔道の……)


 やはり名前は思い出せないが、そのスタイルは柔道で間違いないはずだった。


 柔道はレスリングと同じく昨今の様々なグラップリング格闘技の基礎とも言える格闘技で、発祥は日本だが国際化と共に全世界へと瞬く間に普及した。この対戦相手も白人だ。


 また基礎とは言うが、基礎=弱いではない。柔道にしかない技術も多数存在しており、ましてや今回のようにウェイト差を無視したルールであれば、絶大な強さを発揮する格闘技だ。


 リングに上がってきた男と対峙する。体格的には前回のフアンに近い感じだ。道着の下の肉体は徹底的に鍛え抜かれているのが見て取れる。



「……前座扱いなのハ気に食わんが、まあいい。俺ノやり方ヲ見れば観客共モ気が変わるだろう」


 訛りは強いがフアンに比べて流暢な英語だ。男の目がレイチェルの身体の上を這う。


「こんな極上の女ニ技を掛け放題とは『表』ジャ考えられんな。存分に楽しませテもらおう」

 

「……!」

 その歪んだ喜悦に満ちた表情と視線に、レイチェルは全身に怖気が走る。やはりブラッド以外にまともな参加者はいないようだ。


 スカウトマンに、女を甚振るのに抵抗はないかと事前に聞かれたというブラッドの言葉を思い出した。この連中はそれを楽しみに参加したのだ。


 だがこれまでの連中がそうだったように、レイチェルを甚振る事に固執する余り、すぐにKOや締め落としを狙ってこずにジワジワと嬲るような戦い方をしてくる場合が多く、結果思わぬ隙を晒す事がある。


 この男もそういう手合いであるなら、そこに勝機を見出す事が出来るかも知れない。


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