第4話 天使との再会

「さあ、どうぞ。選手ごとに個別の控室をご用意しておりますのでご案内致します」


「……娘に会わせてくれる約束よ。娘の無事を確認しない限り、私はこれ以上一歩も動かないわよ」


 レイチェルの態度にジョンは肩を竦めた。


「解っていますよ。後ほどその控室に連れてきます。まずはそこでお待ち頂けますか?」


「…………」

 とりあえずここは付いていくしかない。ジョンの先導で地下ホテルのロビーを横切っていくレイチェルだが、仮面の人物達が皆彼女の方に注目して、近くの仲間と何やらひそひそ話しているのが目に障った。


「彼等は皆『大会』を見に来た観客達で、我々『パトリキの集い』の会員・・の方々になります。ここにいるのはそのほんの一部の方だけですがね。他にもラウンジや客室が沢山ありますし、気の早いお方は既にアリーナの観客席に陣取っている方もおりますので」


 またしてもジョンがレイチェルの思考を読んだかのように補足してきた。



 そしてロビーを抜けてしばらく廊下を進んでいくと、いくつもの部屋が並んでいる区画に入った。ジョンはその内の一つのドアにカードキーを挿入した。


「さあ、こちらがあなたの控室になります。このキーをお貸ししますので失くさないようにして下さい」


「…………」

 レイチェルはカードキーを受け取ると、チャールズと共に部屋に入った。ちょっと広めのホテルの客室のような作りで、冷蔵庫などが備え付けられていた。


「今日は参加選手の紹介を兼ねた『開会式』のみで、実際の試合は明日からとなりますのでリラックスして下さい。こちらでコスチュームに着替えてお待ち下さい。私は一旦失礼して、『天使』を連れて参りますので」


「……!」

 天使とはエイプリルの事のはずだ。ようやく娘に会えると思うと、それだけで活力が湧いてくる。


「……来ていきなり試合って訳じゃないと解っただけでも少し安心だな。エイプリルにもちゃんと会えるようだし、ここは連中の言う通りにしておこう」


 ジョンが部屋から退室していったのを確認して、チャールズが促してきた。レイチェルは同意した。


「ええ、そうね……。ちゃっちゃと済ませちゃいましょう」


 レイチェルは溜息を吐いて、それから思い切って服を脱いだ。チャールズは夫であり、この辺は気兼ね無しなのでありがたい。


 持参したコスチュームに手早く着替えていく。メインは黒を基調としたスポーツブラとショーツのセパレートだ。


 総合格闘技もキックと同じで特に指定がある訳では無いので、コスチュームのデザインはある程度選手側の自由が利く。


 それでも大体の女子選手は、スポーツブラに膝や太もも半ばまでを覆うスパッツな事が普通だ。中には上半身もスポーツブラでなく胴体を覆ってしまうタンクトップを着用している選手もいる。


 そんな中でレイチェルは夫からの提案もあり、『レイチェルの美貌と華やかさが際立つように』との事で、腹部がむき出しのスポーツブラに、裾が非常に短いスポーティーショーツを着用していた。


 程よく鍛えられた腹部や二の腕は勿論、健康的に引き締まった太ももが、ほぼ付け根まで剥き出しのデザインだ。ネットでは『視聴者からの反応は上々』との事らしい。


 ブラの前面とショーツのお尻の部分には、レイチェルのニックネームである"ブロンディ"の文字が大きくプリントされ強調されていた。


 セパレートを着け終えると、両足首には同じ黒い色合いのアンクルサポーターを着用する。土踏まずを通し、足の指と踵が露出した、足首のみを保護するサポーターだ。


 そして最後に、両手にオープンフィンガーグローブを装着する。これでコスチューム一式は完成だ。


「……うん、良く似合ってるよ。やっぱり君は最高だ」

「よ、よして、チャーリー。こんな時に……」


 混じり気の無い賛辞に、レイチェルは少し気恥ずかしくなって目を逸らす。その時部屋のドアがノックされすぐに開いた。そこには……



「ママッ!!」

「……ッ!? エイプリル!」



 レイチェルが心から待ち望んでいた声が聞こえた。廊下にジョンともう一人の男がいて、その男のすぐ脇に紛れもない愛娘の姿が……!


 エイプリルが駆け寄ってくる。レイチェルもまた駆け寄りながら両手を広げて迎え入れる。そこに勢いよく身体ごと飛び込んでくるエイプリル。


「ママ! ママッ! ママぁぁっ!! うわああぁぁぁぁぁぁんっ!!!」


「ああ、エイプリルッ!! ごめんね!? 怖かったわね!? もう大丈夫よ!」


 泣きじゃくる娘をしっかりと抱き締めるレイチェル。しっかりしているようで、まだ六歳なのだ。相当に不安で心細かったに違いない。何度もその小さな頭を撫でてやる。


「感動のご対面は済みましたか?」


 感情の籠っていない声で水を差してくるジョンを、レイチェルはキッと睨み上げる。


「約束通り『天使』はお返ししましたが、大会には参加して頂きますよ? あなた方だけでこの島から出る方法はありません。この島は一般の携帯電話も通じないので助けも呼べません。それでも尚無闇な脱走を図ろうとした場合は、今度こそその天使の翼をもぐ・・・・事になります」


「……!」

 レイチェルは表情を引き締めた。そうだ。ここは既に連中の懐。レイチェル達はその中に囚われている状態と言っても過言ではないのだ。


 ジョンが酷薄とも言える薄い笑みを浮かべる。


「ああ、それと。当然ですが、ワザと負けて試合を終えるというのは無しです。と言うよりも、もしこの『大会』であなたが負けたら、やはり天使の翼をもぐ事となります」


「な……!?」

 レイチェルは目を剥いた。エイプリルを抱きしめる腕に力が入る。


「な、何ですって!? そんな話聞いてないわ!」


「言ってませんでしたからね。考えてみれば当然でしょう? あなたはこういう形での強制参加なのですから、本来『大会』で勝たなくてはならない動機がない。それでは会員の皆様は満足しません。それならその動機を与えればいい。天使が大事なら死に物狂いで優勝を目指して下さい。それに優勝すれば多額の賞金も出ますから、デメリットばかりという訳でもありませんよ?」


「く……!」

 レイチェルは歯噛みする。だが自分の腕の中で不安に泣くエイプリルを見て、やるしかないのだと決意を固める。


(大丈夫……。異種格闘技戦という事なら、総合格闘技はかなり有利なはず。優勝ですって? 上等だわ。絶対に吠え面を掻かせてやる……!)


 怒りに燃えるレイチェルは、再びこれがあくまで非合法の大会なのだという事実を失念していた。つい、『表』の大会と同じ感覚で考えてしまっていた。


 確かに総合格闘技は有利ではあるが……それは『前提条件』が同じなら、という場合に限る事を、彼女はこの後思い知る羽目になる。

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