第3話 悪意の島へ
そこはテキサス州の隣、ニューメキシコ州の砂漠の真っ只中であった。見渡す限り地平線が広がって周囲には枯れ木と岩以外に何もない。そんな場所のはずだった。
しかし今、レイチェル達の目の前には巨大な滑走路が広がっていた。
(こんな砂漠の真ん中に、こんな滑走路が……)
アメリカ人でありながら今日この時まで知らなかったレイチェルである。
この三日間で準備を整えコンディションを調節し、手紙の指示に従って砂漠を貫く国道から、碌に舗装もされていない狭い子道に入り車を走らせる事一時間余り……。着いた場所がここだった。
「滑走路……それにあれは、自家用ジェットか?」
ここまで一緒に来たチャールズが指差す先には、灰色っぽい色合いの小型の飛行機が停まっていた。
ジェット機の前に男が2人佇んでいた。レイチェル達が来たのを確認すると一人がこちらに近付いてきた。この砂漠の只中で、黒いスーツ姿であった。
「ミセス・クロフォード。お待ちしておりました。私はパトリキの集いの案内人です。ジョンとお呼び下さい」
「エイプリルはどこ? 会わせてくれる約束よ」
イギリス英語でジョンと名乗った男に詰め寄る。だがジョンはかぶりを振った。
「ここにはいません。これからあの飛行機で向かう場所にいます。彼女に会いたければ大人しく乗って下さい」
「く……!」
ここまで来た以上、拒否する事は出来なかった。チャールズが進み出る。
「あー……手紙には同行者の制限に関しては書かれていなかったが、僕も一緒に行って構わないかな? 『試合』である以上、サポートする人間は必要だと思うが?」
「勿論構いません。他の『選手』の中にもスタッフを同行させている者もおりますし。ただし試合への直接的な介入は厳禁です。もしそれを破れば……」
チャールズは両手を上げる。
「勿論解っているとも。そもそもジムは経営しているが、僕自身は格闘技は出来ないからね。あくまで彼女の『セコンド』としてだ」
「結構。ではそろそろ出発致しましょうか。荷物はそれで全部ですか?」
「ええ、全部よ」
チャールズが持っている大きめのボストンバッグ。それだけで充分だった。
ジョンに促されてジェット機に乗り込む。待っていたもう一人はパイロットだったようだ。プライベートジェットのようで、中は比較的豪華な内装となっていた。
「では……『島』へ着くまでの間、空の旅をお楽しみ下さい」
エイプリルを誘拐されている身で楽しめる訳がない。解ってて言っているのだ。レイチェルは一言も喋らずに奥歯を噛み締めた。
この飛行機が向かう先に一体何が待ち受けているのか。エイプリルは無事なのか。様々な懸念に思いを馳せながら、レイチェルは非日常へと足を踏み入れるのであった……
****
ジェットでの移動中、チャールズがジョンに色々な質問をしていた。主に『試合内容』についてだ。
どんな形式なのか? ルールは? 対戦相手は? 期間は?
それらの質問の殆どにジョンは「着いてからのお楽しみです」としか答えなかったが、ただ一点だけ、どうやら『大会』とやらが異種格闘技戦であるらしい事だけは解った。
空手、柔道、ボクシング、プロレスといったメジャーな競技からの参加者や、ムエタイやサンボ、ブラジリアン柔術、果ては相撲やクラヴ・マガといった、特定の国でのみ普及している格闘技者まで参加しているのだとか。
クラヴ・マガという格闘技は初耳だったが、相撲に関してはレイチェルも知識としては知っていた。そしてふと疑問に思った。
(相撲って……確か日本の国技よね? あれって……
一瞬そう思ったが、エイプリルの事で頭が占められていたのもあって、そのまま流してしまった。
特にそういう
だが彼女はまだ理解していなかった。
そもそも子供を誘拐してその母親に参加を強制するような『大会』に、まともな団体の主催する大会と同じ倫理規定があるはずもないのだ。
『非合法』という言葉の意味を、実感として解っていなかったのだ。それを彼女が実感するのはもう間もなくの事となる。
****
「見えてきましたよ。あそこが我々の所有する『島』です」
「……!」
ジョンの言葉に、レイチェルは窓を覗き込んだ。青い空。眼下には美しい海。レイチェルの今の気分とは正反対の心洗われる景色の只中に浮かぶ歪な形をした島があった。
しかし広さはそれなりにあるようで、グァムやサイパンくらいはありそうだった。島は海岸のみ砂浜が広がり、それ以外は深い木々に覆われた典型的な地相であった。
カリブ海なのか、それとも太平洋の只中なのか、ジョンは説明しなかったので解らなかった。発ったのはニューメキシコ州なので、時間的にはどちらであっても不思議はない。ただ島の景色を見る限り余り寒冷な気候ではなく、どちらかと言うと赤道に近い南国風の印象であった。
その森の木々に隠れるように、いくつかの建物が建っているのが見て取れた。
(あそこにエイプリルが……!)
レイチェルの懸念はそれだけであった。島の外観や場所などどうでもいい。
島の一部が滑走路になっていて、ジェット機はそこに着陸した。
「さあ、着きました。どうぞ、お降り下さい」
ジョンに促されて外へ出ると、ムワッとした大気を肌に感じた。やはりかなり暑い気候のようだ。滑走路から森の木々の下を潜るように舗装された道が島の中心部に向かって続いており、ジョンが運転する電動カートのような乗り物で移動していく。
10分程走るとやがて森の中に埋もれるようにして建つ、何かの観測所のような建物に辿り着いた。とてもではないが、そんな『大会』とやらを開けるようなスペースは無さそうだ。
「これはカモフラージュ用のダミーですよ。今の時代、あの検索で有名な会社のアプリで、誰でも衛星写真を見られる時代ですからね。写真の加工も少しでも不自然だと注目を集める可能性がありますから、予めダミーを置いておくのが一番安全なんですよ」
疑問が顔に出ていたのか、ジョンが勝手に補足してくる。そして『観測所』の扉を開けて中に入ると、入ってすぐの所に大きなエレベーターが備え付けられていた。エレベーターの両脇には厳つい大男がニ人、見張りよろしく控えていた。
「参加番号十六番の『ブロンディ』を連れてきた。他の参加者は?」
ジョンがガードマンに声を掛けると、男達はチラッとレイチェルの方を一瞥した後、一人がうっそりと答えた。
「……その女で最後だ。もうクライアント達は待ちきれない様子だぞ。早く行け」
もう一人のガードマンがエレベーターのボタンを押すと、即座に扉がスライドして開いた。レイチェルとチャールズが乗り込むとジョンも乗ってきてボタンを押した。
ドアが閉まりエレベーターが下降していく感覚。体感時間で十秒程度だろうか。チンッという音がしてエレベーターが止まり、ドアが開いた。
「……っ!」
そして圧倒された。チャールズも同様だった。
寂れた観測所から一転、地下はまるで豪華なホテルのロビーと見紛うような内装の大きなホールが広がっており、そこには仕立ての良い服や高価な宝飾品を身に着けた男女が思い思いに歓談していた。
奇妙なのはそこにいる人物達が皆、目元だけを隠す仮面のような物を身に着けていた事だ。
仮面の人物達はラウンジのような場所でくつろいでいたり、バーのような席でお酒を飲んでいたりと様々だ。仮面を着けていない人物もいるが、それはどうもジョンと同じく『スタッフ』のようであった。
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