2章 なみだまり

 「なーんか、へんのてこのりん!」アリスはさけんだ(あんまりびっくりしたんで、正しいしゃべりかたをわすれちゃったみたい)。「こんどはのびていっちゃってる。まるで世界一大きい望遠鏡ぼうえんきょうみたい。足さん、バイバイ!」(だって足のほうまで見下みおろしたら、ほとんど見えなくなるくらいとおくなっちゃってたんだ)「あーあ、かわいそうなちび足さん。これからだれがあなたにくつやくつしたをはかせてくれるの?まあわたしにはムリよ!こんなに遠くちゃ、あなたたちのお世話せわはできないもん。自分たちでがんばってね――でも、ちび足さんにはやさしくしないと」とアリスはおもった。「そうしないと、わたしの行きたいほうへ歩いてくれないかも!えーっと、そうだ。クリスマスになったらいつも新しいブーツおくってあげようっと」


 そして、どうやってプレゼントをあげようかなあと考えはじめた。「はこんでもらわなきゃ!」とアリス。「でもへんなの、自分の足にプレゼントなんて!あてさきだっておかしくなるし!



暖炉街だんろがい 

 絨毯荘じゅうたんそう

  アリスの右足様みぎあしさま

         (アリスより愛をそえて)



あれえっ、わたしおばかなことしゃべってる!」


 ちょうどそのとき、アリスの頭がホールの天井にごっつんこ。なんとこのとき、アリスのたけはゆうに3メートルをこえていた。アリス、さっそくちいさな金のかぎをつかむと、おにわのドアへといそいだ。


 かわいそうなアリス!できることといえば、よこむきにころんでかたっぽの目でお庭をのぞきこむことくらいのもの。そこを通るだなんて、どう考えてもできっこない。アリス、すわりこんでまた泣き出した。

 「はずかしくない、アリス?」とアリス。「あなたもう大きなお姉さんじゃない」(ほんとにそうなんだよね)「そんなにぐずぐずないてるなんて!いますぐやめなさい、いいこと!」それでも泣きやまないアリス、何リットルもなみだをながしたものだから、とうとうまわりにふかさ10センチくらいの大きな水たまりができて、ホールの半分ほどにまでひろがっちゃった。


 しばらくすると、遠くからパタパタと音がする。アリスは涙をさっとぬぐって見た。白ウサギがもどってきてたんだね。しゃれこんで、かたっぽの手には白い子ヤギかわの手ぶくろ、もうかたっぽには大きなせんすをもってる。なんだかぴょこぴょこと大いそぎみたい、ぶつぶつこんなことも言ってるぞ。「ああ、まずいよ、まずいって!公爵夫人こうしゃくふじんをおまたせしたら、ああ、どんなひっどい目に!」アリスはホントにまいってたんで、だれでもいいからたすけてよって気分だった。だからウサギが近くにきたとき、そうっとはなしかけてみた。

「あのぉ、すみません――」

ウサギったらびくびくっとおどろいて、白い革手ぶくろとせんすをおとしたのもしらず、すんごいかけ足でくらやみの中へにげてった。

 

 アリスはせんすと手ぶくろをひろって、ホールがとてもあつかったんで、せんすであおぎながらおしゃべりをつづけるよ。「うわぁ、きょうはなにもかもへんてこ!きのうまで、ほんとにいつもとおんなじだったのに。わたし、よるのあいだに変身へんしんしちゃった?うーん。あさにおきたときには、わたしはおんなじだったかな?なんかちょっとだけ変わったかんじだったかも。でも、おんなじじゃないなら、つぎのもんだいは、『いまのあたしはどこのだーれだ?』だよね。あれっ、これ一ばんのなぞなぞ!」そしてアリスは、おない年の子たちみんなをひとりひとり思いうかべて、そのなかのだれかに変わっちゃったのかどうかを考えてみたよ。


 「エイダってことはないよね」とアリス。「だってエイダのかみってなっがーいマキ毛だけど、わたしのはぜんぜんマキマキしてないもん。メイベルもちがうな。だってわたしはなんだってってるけど、あの子ったら――そう、ホントあの子なーんにも知らないんだもん!それに、あの子はあの子、わたしはわたし、だし――ああもう、あたまん中ぐっちゃぐちゃ!いままで知ってたこと、ぜんぶおぼえてるかな、ためしてみよっと。えーっと、4×5=12しごじゅうに4×6=13しろくじゅうさん、んで、4×7ししちが――あれれ?!これじゃどんなにやっても20にたどりつけない!まあ、かけざんなんてどうでもいいや。地理ちりをやってみよっと。ロンドンはパリの首都しゅとだし、パリはローマの首都、ローマは――ちがう、ぜんぜんちがう、ぜったいまちがい!きっとメイベルになっちゃったんだ!『ちっちゃなかわいい……』ってがあったよね、あれ思いだして口にしてみよう」そしてアリスはいつもの授業じゅぎょうみたいに、ひざの上に手をかさねて詩をとなえてみようとした。でも、こえはかすれて変だし、ことばだって、なんだかいつもとちがうみたい――


 ちっちゃなかわいいワニさんの

   みがいたシッポはぴっかぴか

 ナイルのおみずもかけますの

   きんいろウロコはてっかてか!


 みてみて、たのしいニタニタワニさん

  ぴかぴかおツメでざっくりだ

 きてきて、ちいさいおサカナたちさん

  にかにかおくちでバックリだ!


 「こんなことばじゃないよ、ぜったい」とアリス。かわいそうに、目にはまたまた涙がたんまり。「わたし、やっぱりメイベルになっちゃったんだ。あのぼろっぼろな、ちっちゃいおうちにんで、おもちゃなんか、ほとんどないし、それに、そう、知らなきゃいけないことがどっさり!ううん、わたしめた。もしわたしがメイベルだってんなら、ずっとここにいる!だれかが上からのぞきこんで『さ、あがっておいで!』なんていっても、見上げてこうかえしてやるんだもん、『じゃ、あたしはどこのだーれ?それをさきにいってよ。もしそのだれかになるのが気に入ったらあがってくけど、そうじゃなかったら、ほかのだれかになるまで、このままでいます』って。――ああ、でも!」とつぜんアリスはぶわっと泣き出した。「だれか!おねがいだから上からこっちのほうをのぞいて!こんなところでひとりぼっちなの、もうイヤ!」


 こう言いながら手を見てみると、おどろいたことに、ウサギの小さな革の手ぶくろが、いつのまにか手にはまっちゃってた。「どうしてこんなことができちゃったのかな?」とアリス。「わたし、きっとまたちっちゃくなってるんだ」アリスは立ち上がってテーブルのところへいってせいくらべ、まあだいたいの見たてだけど、いまや背たけは60センチくらい、それにぐんぐんちぢみつづけてる。やがてそれが、手にもったせんすのせいなのに気がついたアリスは、あわててそれを手ばなして、なんとかちぢみきってきえちゃわずにすんだ。ぎりぎりセーフ。


 「あっぶなかった!」いきなり変わったせいで、アリスはとてもびくびくしてはいたけど、まだ自分がとわかって、ホッとひとあんしん。「よし、つぎはお庭だ!」と、アリスはあの小さなドアをめがけてフルスピードでかけもどる。でも、ああ、ざんねん!小さなドアはまたまたしまっていて、ちいさな金のかぎは、さっきとおなじくガラスのテーブルのうえ。「しかもさっきよりもひどいし」と、このかわいそうな女の子は考えた。「だってわたし、こんなにちっちゃくなったのはじめてだもん、ぜったい!ひどい、こんなのひどすぎ!」


 そういってたら、足がつるんとすべって、ぼちゃあん!アリスはあごのところまで塩水しおみずづけ。ふと思いうかんだのは、なんでか知らぬまにうみにおちちゃったということだった。「それだったら、汽車きしゃにのってかえればいいや」とアリスはひとりごと。(アリス、前に一回いっかいだけ海水かいすいよくにいったことあるんだよね。この子はそれからというもの、海辺うみべってのはどこだって、移動式いどうしき着がえ場きがえばがならんでて、子どもたちが木のシャベルですなあそびをしていて、海のいえがならんでるそのうしろには、汽車のえきがあるものだとしんじこんでいたんだ)でも、だんだんわかってきたよ――どうやらアリスは、自分が3メートルもあったときに流した涙の水たまり、そう、につかっていたんだ。


 「こんなに泣かなきゃよかった!」アリスはあちこちおよいでそこから出ようとしたよ。「ばちがあたったんだ、自分の涙におぼれちゃうなんて!どう考えても、すっごく変てこだな!まあきょうは、なにもかも変なんだけどね」


 ちょうどそのとき、なみだまりのちょっとはなれたところで、なにかがぴちゃぴちゃやってるのがこえたので、なにかなあとちかよってみた。はじめのうちは、セイウチかカバにちがいないと思ったけど、そこで自分がすごくちっちゃくなっているのを思い出した。なあんだ、ただのネズミだったんだね。アリスとおなじく、おっこっちゃったみたい。


 「よし、ここでこのネズミさんにはなしかけたら――」とアリス。「――どうにかなるかな?ここではなんでもすっごく変だし、このネズミさん、きっとおしゃべりできると思うんだ。やってみよう、へるもんじゃないし」アリスはこうきりだした。「おぉ、ネズミよ、ここからでるすべをごぞんじですか? ここで泳ぎこんでへとへとなのです、おぉ、ネズミよ!」(アリスは、ネズミにかたりかけるにはこれが正しいと思ってたんだね。これまでやったことはなかったけれど、でもおにいさんのラテン語文法ごぶんぽうの本でいてあったを思いだしたんだ。「ネズミは――ネズミの ――ネズミへ――ネズミを――おぉ、ネズミよ!」)ネズミは、ちょいとうたぐるような目つきでアリスを見つめて、小さな目のかたっぽでウィンクしたようだけど、 だまったまんま。


 「もしかして、英語えいごがわからないのかな?」とアリスは思った。「きっとフランスネズミなんだ。ウィリアム征服王せいふくおうといっしょにきたのかな」(アリスが歴史れきしのことでいろいろ知ってるとしてもこんなもの。 それがいつどうやっておこったかってのは、ちゃんとはわかっていなかったんだね)。そこで、つぎはこうきりだしてみた。「Ouドコ estデスカ maワタシノ chatteネコ?」これ、アリスのフランス語の教科書きょうかしょで、一番はじめにある文なんだよね。そのとたん、ネズミはぴょいっと水からとびだした。ブルブルっとふるえて、こわがってるようす。「あっ、すみません!」アリスは、このかわいそうな動物どうぶつのきもちをきずつけちゃたかも、とおもってあわててさけんだ。「ネコをおきでないの、すっかりわすれてました」


 「ネコヲオスキデナイ、だと!」ネズミはかん高いキンキン声でおおさけび。「もしあんさんがおいらだったら、あんさんネコ好きになるんか?」

 「いえ、たぶんならないと思います」アリスはなだめるように言ったよ。「どうかおこらないで。でもね、うちのネコのダイナをお見せしたいなあ。あの子をひと目でも見れば、たとえネコでも気に入ってもらえるかも。とってもかわいくてイイ子ちゃんでね」アリスはなみだまりのなかをだらーんと泳ぎながら、なかばひとりごとのようにつづけた。「それでね、だんろのところでのどをゴロゴロしながら、足をなめたり顔をあらったりで、すごくかわいくってね――それにだっこしたらとってもやわらかくてすてきで――あと、ネズミとりがすっごいうまくて――あっ、ごめんなさい!」アリスはまたさけんだ。だってネズミは、こんどはからだじゅうの毛をさかだてていたんだもの。うわあ、これは本気ほんきおこってるな、とよくわかるね。 「あの、おいやでしたら、この話やめましょ、わたしたち」


 「ワタシタチ、だと!」ネズミはしっぽの先っちょまでガタガタいわせてさけんだ。「おいらがそんな話をしてえとでも思ってんのか!おいらの一族ぁ、ずーっとネコがだいっきらいなんでえ。いやらしい、下品げひんで、ていレベルな生き物!その名を口にするなよ!」


 「しません、ぜったい!」アリスは、大あわてで話のながれを変えようとしたよ。「それなら、あなた――あれは――お好き――イヌとか?」ネズミがこたえなかったんで、アリスは熱心ねっしんにつづけた。「うちの近くにね、すっごくかわいくてちっちゃなイヌがいるの、ぜひ見せてあげたい! 小さな、目がきらっきらしたテリアで、それも、とってもながーくてクルクルした茶色ちゃいろいマキ毛をしてて!ものを投げるとすぐとってくるし、ごはんどきにはしゃんとおすわりしておねがいするし、できるげいもたくさん――半分も思い出せないくらい――その子をかってるのがお百姓ひゃくしょうさん。すっごくやくに立つ、100ポンドの値打ねうちがあるワンちゃんだって言ってた!だってドブネズミなんか皆殺みなごろしだし、それに――あ、どうしよ!」とアリスはすまなそうな声でさけんだ。「また怒らせちゃった!」だってネズミは、もうアリスからはなれるのに必死ひっしで泳いでて、ばしゃりばしゃりと大きな波を立ててたぐらいなんだからね。


 そこでアリス、うしろからやさしーくよびかけてみたよ。「ねえ、ネズミさん、おねがい、もどってきて!ネコも、イヌも、お好きでないなら話さないから!」ネズミはこれを聞くと、くるっときをかえてゆっくり泳いでもどってきた。顔はもうまっしろけ(これ怒ってるなあ、とアリスは思った)、ひくいふるえる声でこう言った。「きしにあがるぞ、そしたらおいらの話を聞かせてやるから。なぜおいらがネコだのイヌだのがきらいなのか、よぉーくわかるぞ」


 たしかに、ちょうど出るのがよいころっぽい。なんせ、なみだまりには鳥や動物がわんさかおちてきて、もうあふれかえってたからね。カモでしょ、ドードーでしょ、あとインコに子ワシ、そのほか変な生き物がいっぱい。アリスが先に泳ぐと、みんなぞろぞろついてきて、まとめて岸にたどりついたってわけ。

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真葛式新訳 ふしぎの国のアリス 中村真葛 @Max-Kidnapper

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