第18話 二条と能登
(一人称 二条)
久礼田の変態発言によって、俺たちは二人休憩所に取り残された。
てか一緒にトイレ行くって何よ?
なんなの?あいつらまさかそういう関係なの?
せめて家まで我慢しろよ羨ましいな。
そろそろ黒田の告白がただの冗談である説がマジで濃厚になってきた。
みんなして俺を茶化して楽しいか?楽しいか。
そんな邪念を振り払い、俺は能登さんに会話を投げた。
「なぁ」
「えっ!? な、何?」
なぜか彼女はどこか動揺した様子だった。
俺嫌われてんのかな…。考えんのやめよ。
「…どうしたの? 大丈夫?」
「う、うん大丈夫。それで、どうしたの?」
「いやぁ、しかし京都ってほんと微妙だよなぁ。そりゃあ学校の勉強の延長って意味ではいいんだろうけど、実際のところ歴史好きとか全然いねぇだろ。俺なんて昨日少しでも調べようと思ったけど2秒でやめちゃったよ」
「確かにそうだよね。でも私は結構楽しかったよ。なんか二条君はやっぱり見てて飽きないし」
「なんかそれひどくね? 俺そんな滑稽だったかな…」
「フフフ、そうかもね」
「いや、そうなのかよ…」
思えば、彼女と二人で喋るという機会はこれまでほとんどなかったような気がする。
しかし、俺はどこか不思議な居心地の良さを感じているのだ。
相性の良さというより、 どこか懐かしい感じがするのだ。
そのような印象を感じた瞬間、連鎖的に得体の知れない微かな違和感を覚えた。
俺の中にポッカリと穴が空いているのを見つけた感じがする。
かつてそこにあったものは、今感じた印象と大きな関係がある気がしてならない。
「………よし」
刹那、彼女が何かを呟いたような気がした。
「え? なに?」
「………いや…ごめん…」
なにやら彼女はとてももどかしそうにしている。
俺はなんだかとてもいたたまれない感じがして、その場から逃げ出したくなってしまった。
「…あっそういえば俺喉乾いたな、ちょっと飲み物買ってくるわ。能登さんもなんかいる?」
「あ…二条君っ! あのっ…!あのね…」
俺が提案した途端、彼女は途端に慌てた表情を浮かべたが、途端にまたもどかしそうにしてしまう。
瞬間、俺の頭のもやが霞んでいく気がした。
俺は以前この光景を見たことがある気がする。
そうだ。俺は確かに見覚えがあったのだ。
俺の目の前で、何かを言いたげだが、しかし言いたくなさそうにして、ひどくばつが悪そうにしてしまっている少女の姿を。
思考はてんでまとまらなかったのだが、なぜかひとりでに俺の口は動いていた。
「………中川…さん…?」
「…え?」
みるみるうちに記憶が晴れてゆく。
「あ、あれ? えっ、ちょっと待って。………あ。もしかして…中川さん?」
支離滅裂な質問を投げかけると、キョトンとしていた彼女はしきりに微笑を浮かべた。
「………気づくの遅すぎだよ」
「…ごめん」
「いいよ別に。私色々変わったし」
「いや、それでもだろ。ほんと…なんでわかんなかったんだろ…。あ…そうだ、多分俺、忘れてた方が都合が良かったんだ…。ハハハ…俺最悪だなぁ…」
そうだ。
その方が都合が良かった。
俺は怖かったんだ。
あの日から、正義と、自分と向き合うのがひどく怖くなってしまった。
植えつけられてしまったから。
途方もない邪悪に触れた気がした。
次はお前の番だ、と言われた気がしてならなかった。
だから目をそらした。無いものにしたのだ。
周囲を、自分すらも欺いて、過去の自分を殺してしまった。
ぼんやりと感覚的には残っていたのだが、思えばそれは悲鳴だったのかもしれない。
しかしそれから、俺は変わっていった。
戻っていっただけなのかもしれないが。
彼女は多分鍵だったのだ。
過去の自分とつながりを持っていて、彼女にもその鱗片を見た気がした。
あの日、彼女をきっかけにして弾けてしまったものは、俺が思っている以上に大きなものだったのだろう。
「…そうかもね。一年の最初の時も話しかけたんだよ? その時気付いてくれなくて、私結構ショックだったよ…。私あの時、君のこと好きだったんだから」
「え、マジか…。勿体ねぇことしたな…」
「でも、今も好きだよ」
「………え?」
「何回も反芻して、嫌になって忘れようとしたこともあったけど、やっぱりそうだ。それに、やっぱり君は変わってなかったんだってわかって、本当に嬉しかった。私、二条君が好き。ずっと前から………です」
「………」
頭が真っ白になった。
思考がいつまでも完結しない。そんな感じだ。
しかし、本当に申し訳ないのだが、その瞬間唯一、俺の頭の中には彼女の顔が浮かんでしまった。
いつも俺の隣で意地悪に笑む彼女の姿を。
「………ごめん」
「………そっか。そうだよね! ごめんね急に変なこと言って。ほんと…ごめん…ね………」
目の前の彼女の目からは、しきりに涙が溢れ出て止まらなくなってしまった。
本当に、心がえぐられるようだ。
今すぐに、彼女を抱きしめたくて仕方がない。
しかし、俺にはそれができない。
俺が今抱いた感情は、彼女に対してとても失礼なものである気がしたのだ。
それは彼女の気持ちに対して、哀れみで返すということだ。
それは彼女を踏みにじる行為だ。
絶対にできない。あってはならないはずだ。
そして何より、俺は元よりそんな資格を持ち合わせてはいなかった。
だから俺は、立ち尽くすしかなかったのだ。
それは、俺が自身で選んだ結果なのだから。
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