第17話 久礼田と黒田
(一人称 久礼田)
「はぁー暇。二条あんた裸でなんかしなさいよ」
「なんで裸が前提なんだよ。外国人観光客いっぱいいるから。日本にあらぬ偏見をもっちゃうだろうが。てかお前、寺社仏閣っつうの? あーいうやつ好きならもっと見てこいよ」
「はぁ?あぁ、そーいう設定だったわね」
「いや、どういう意味だよ…」
ひとしきり本日のプランも終わり、俺たちの班は時間をもてあましていた。
帰宅する時は15時以降に集合場所の広場にいる教師にその旨を伝えなければいけないのだが、現在はまだ14時、リミットまでは約一時間の余裕があった。
というわけで、俺たちは現在寺の敷地内の休憩所で途方に暮れているというわけなのだ。
(ここだな…)
俺は能登にアイコンタクトを送った。
彼女も同じ考えのようで、こっちを向いて首を縦に振った。
ここからのプランは単純だ。
俺が黒田を連れてこの場から一時的に消える。
それであいつらが二人になれる状況を作って俺の仕事は終わりというわけだ。
しかしこうやって口にするだけでは単純なようだが、俺は今日までずっと頭を抱えていたのだ。
懸念材料は三つある。
一つは違和感なくそれを実行できるか。
これは今日まで考察に考察を重ねてきた計画がうまくいけば大丈夫であろう。
二つは義也と黒田が予想に反した行動を起こさないか。
こいつらは頭がおかしいのでそれも全然ありえないことではないのだが、こっちがどうにかできることではないのでこればかりは成り行きに任せるしかない。
そして三つは俺が黒田と二人になるのが普通に怖いことである。
正直三つ目が一番恐ろしい。
こいつを嵌めたことを後に本人が知ったとしたら俺はどうなってしまうのであろうか。
どこの海に沈められたものか全く予想がつかない。
個人的には九十九湾とかに沈めて欲しいものである。綺麗だし。
まぁ考えても仕方がない。
こちらは淡々とプランを遂行するだけである。
俺は華麗に黒田に先制攻撃を仕掛けた。
「黒田、一緒にトイレ行こうぜ」
空気が凍りついた。
黒田は絵に描いたように絶句していた。
おいやめろ、そんな汚物を見るような目で俺を見るな。目覚めちゃうだろうが。
しかし、黒田は俺たちを一回り見渡すと深くため息をついた。
「はぁ、そーいうこと。おい行くぞチンピラ!」
「は、はい!」
いや怖いよ、怖い怖い。
反射的に生物として負けを認めちゃったしよ。
尊厳踏みにじられちゃったよ。本当に何かに目覚めそうだ。
「おい、お前ら一緒にってどーいうことだよ!なんだよ黒田お前男だったのかよ。なんか納得できちゃうよ。むしろスッと落ち着く感じすらあるよ…」
義也こいつ…わざっとやってんのか…?
すると隣の黒田が鬼の形相で義也を睨みつけた。
「え、えぇ?!俺地雷踏んだ?いいよもう悪かったよ何だよ…」
いや地雷とか関係なく普通に失礼だからなお前。
義也は完全に萎縮してしまったようだ。
しかしなぜか黒田に助けられてしまった。
こいつの意図はわからないが、とりあえず感謝しておかなければならない。
とはいえこれで作戦は無事完了だ。
アイコンタクトで健闘を祈る意を送り、俺たちはその場を後にした。
「おい、どーいうつもりだよ」
「普通に助けてやったんじゃん。感謝しなさいよ」
「いや、助けたってお前、わかってんのか…?」
彼女は呆れた様子で答えた。
「見りゃわかるでしょ。能登さん、告るんでしょ?」
「…なんで知ってんの?」
「あの子があいつのこと好きなのは見てればわかるし、あんたら何日か前からずっとコソコソしてたから察しただけ。あとあんた芝居下手すぎ。逆にあれで隠す気あった?」
「…まじかよ」
やはりこいつの空気を読むスキルは賞賛に値する。
流石にずっとああいうグループに所属していると訓練されてゆくのだろう。
俺が空気を読めなさすぎるのも確実にあるが。
「それにしてもお前、いいのかよ。」
「はぁ?何がよ」
「お前も好きなんじゃねぇの?あいつのこと」
「うーん。別に、好きにすれば?って感じ」
「…随分余裕だな」
すると彼女は遠くを見ながら呟いた。
「別にいいのよ。あいつはきっと馬鹿みたいに悩むんだろうけど。考えなくていいことまで考えて、遠回りして、けど最終的にはちゃんと納得のいく答えを出すんでしょ。じゃ、それでいいんじゃないの」
「…へぇ」
「何よ」
「いーや、随分あいつのこと買ってるんだなと思ってな」
「そりゃそうよ。そういう所が好きなんだから」
彼女は無表情だったが、どこか清々しい表情を浮かべていた。
「………ハッ、そーかよ」
「ちょっと、何やさぐれてんの」
「はぁ? 俺が真ん中にいない三角関係なんて聞いてても不快なだけに決まってんだろ」
「なにそれ、キモ」
同時に、黒田は朗らかな微笑を浮かべた。
「はぁ〜、それにしたってあいつはモテすぎだろ。なんか嫌んなるわ」
「あんたのことを好きになるやつだって探せばいるんじゃないの、あんな二条にだっているんだし。私はあんたは御免だけどね」
「…こっちだって願い下げだよ。この物好きが」
「そうかもね。本当そうだわ。でも、今回はこれまでのとはなんか違うんだよね」
「違う? どう違うんだよ」
「何というか、これは多分願いじゃなくて、祈りなんだと思う。うまくいえないけど、独善的な感じがしないのよ。好きになってほしいとかもあるけど、それよりはあいつと一緒に居たい。助けたいし、助けられたい、そんな感じ」
「…いやわかんねぇし、結局ノロケじゃねーか」
「そうね。馬鹿みたいだわ、ほんと」
あいつは本当に幸せ者だ。
正直羨ましすぎて殺したいレベル。
あいつに今後一生モテ期は来ないであろう。
そうじゃないと流石に不条理というものだ。
しかし、俺はこれの顛末を見なければならないのかと思うと、不安を感じずには居られなかった。
どういう顛末を迎えたとて、俺たちは否応なくそれを受け入れるしかないのだ。
そうするしか方法はない。
ともすれば俺たちにできることは今足掻くくらいであろう。
俺たちの関係がどう転がってゆくか、俺たちは未だ、誰も知らない。
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