第13話 能登由紀の過去 5

あれから約二ヶ月が経過し、季節は本格的に冬へと突入していた。

クリスマスを目前にして、世間は一足先にその装いを少しずつ変えつつあった。

例えば、私の家の近くでは、所々イルミネーションなんかが飾り付けられるようになったり、街中やテレビからは去年と変わらぬようなクリスマスソングが垂れ流されるようになった。

かくいう私たちの生活も大きく変わりつつある。

文化祭を終え、その余韻もすっかり消えていってしまい、私たちはとうとう本格的に受験を見据えて追い込みにかかっている最中であった。

しかし、私の中には未だ、一つの大きなわだかまりが残されていた。

タイムリミットが近づいているのだ。

あと数ヶ月もすれば、私たちは全員離れ離れになってしまう。否応無く、である。

そして私は、彼に未だこの気持ちを伝えられずにいるのだ。

彼とはあれから、頻繁に、とは言えないがたまに言葉を交わすようになった。

なんせ席が前後なので、結構その機会は多かった。

最近は彼から話しかけてくれることも何度からあり、その度に私は嬉しくなってしまうのだが、いよいよそんなことを言っているわけにもいかなくってきた。

重いかもしれないが、彼と同じ高校へ行くことも考えた。

しかし、彼は意外に勉強ができるようで、彼の志望校は私よりいくつか上のランクらしい。

所謂県内有数の進学校というやつだ。

私も多分できない方ではないが、今から追いつけるとは流石に思わなかった。

「勉強くらいしかやることないからな…」と本人は毎度恒例の自傷行為をかましていたが、それでもやっぱりすごいことだと思う。

ともすれば、タイムリミットを伸ばすことはもうできない。

今日は終業式、私は今日、彼にこの想いを伝える気でいるのだ。

三学期に入っても会えないことはないが、もうそれどころではなくなっているだろう。

「寒いなぁ…」

私はかじかんだ手に熱を与えながら、緊張で固まってしまいそうな心を弛緩させた。

今日は一段と寒い。

昨日雪が降ったので、所々それが溶けずに残っている。

流石にこの年齢にもなると雪が降っているからといって別段心がはやるということもなく、せいぜい靴が濡れてしまうのを危惧してそれを避けて通るくらいだ。

しかし、これは好機かもしれない。

ロケーション的には最高ではなかろうか。

そのように考えるようにした。

そうでもしないとおかしくなってしまいそうだった。

ここ最近ずっと彼のことを考えている。

勉強が手につかない日だってある。彼は本当に罪な人だ。

しかし、この不安と戦う覚悟はもうできている。

彼ならどうするだろうか。多分迷いなんかないのだろう。

そんなことを考えているうちに、あっという間に私は学校に到着してしまっていた。

意を決して教室へ入るとすぐ、私はその異変に気付いた。

(二条君がいない…?)

彼はいつも私より早く到着しているのた。

今日もいつもより早く登校したわけではない。

しかし、多分彼だって遅刻することもあるのだろう。

一抹の不安を感じながらぼーっとしていると、彼より先に先生が教室に入ってきた。

するとチャイムが鳴ってしまった。彼はまだ来ないのだろうか…。

「お前らおはよう。早速だがいまから終業式だ。まぁ今日はそれで終わりだけどな。揃ってるみたいだし、全員クラスの前に並べー」

先生はおもむろにそう告げ、生徒たち気だるそうに教室を後にしていく。

いやいや、ちょっと待ってほしい。

先生は揃っているといったが、彼がまだ来ていないではないか。

不審に思い、私は先生に告げ口した。

「先生、二条君がまだ来てないんですけど…」

すると先生は表情を変えることなく答えた。

「あぁ、あいつは今日休みだ」

「えっ?彼体調でも崩したんですか?!大丈夫かな…」

私は不安を隠せずに問いかけると、先生は言葉に窮してしまった。

「あいつはな…」

「彼に何かあったんですか?」

すると先生は、観念したかのように答えた。

「はぁ、まぁお前なら大丈夫か。中川、お前あいつに妹いるの知ってるか?」

「はい、話だけ聞いたことありますけど」

「そうか。端的に言うと、その妹さんが亡くなったらしい」

「…え?」

私は言葉を失ってしまった。頭が真っ白だ。

「自殺だそうだ。あいつの妹さんの学校の知り合いに聞いたんだが、学校でいじめのようなものを受けていたらしい。なんせあいつに似て、というかあいつ以上に正義感が強かったみたいだ。周りから快く思われていなかったんだろう。」

「そ…そんな…」

「あいつもひどく動転してしまっているらしい。話してる感じ、あいつの母さんも多分そうだ。三学期は学校に来れるかも分からなそうだな…」

「…そうですか…」

「そういうことだ。お前のことだから、ひどく心配してしまうのだろう。けど今は、わかってやってくれ」

「………はい」

去り際に見た先生の顔からは、悔しさや遣る瀬無さがあふれ出ていた。

そして、先生が言った通り、彼がそれ以降学校で私の前に現れることはなかった。

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