第10話 能登由紀の過去 2

放課後、私と二条君は教室に残り作業を進めていた。

私の学校は毎年同じ劇をやっているので、機材や衣装などは既に学校が手配してくれていた。

それらの資材の具体的に必要な数を申請する必要があるらしく、私たちはその書類を作成しなければならなかったのだ。

二条君は世間話を振るようなそぶりは一切なく、ただ淡々と情報を紙面に整理していた。

「二条君さ、なんの役にしたの?」

私は彼に疑問をぶつけてみた。

すると彼は少し驚いた様子をしたが、程なくして元の表情に戻った。

「なんだったかな…そうだ、木だ」

「そ、そっか…」

に、似合っている…。失礼ながらそんなことを思ってしまった。

「そういえばさ、朝すごかったね。役決めの時。本当に助かったよ。ありがとう」

こういうことを言われ慣れていないのか、彼は露骨に狼狽していた。

「ま、まぁ俺にヘイト集めとけばうまく収まったしな…チッ、吉田死ね…」

「あ、あはは…」

苦笑してしまった。思った通りなかなかの卑屈ぶりだ。

しかし、彼からは他の人と少し違うものを感じた。

なんというか、うまく言葉にはできないけど、多分彼はとても大切なものを持っている気がする。

それはきっと、みんなが曖昧に蔑ろにしてしまうものだ。

「そういえばさっ」「えっ?」

二条君が急に私に話しかけてきた。正直少し驚いてしまった。

「中川さんはさ…なんの役なん?」

「あ、あぁ役か。私は村人だよ」

「あぁ…似合ってるな…」

「君、結構失礼だね…」

「あ…悪ぃ…」

「いいよ別に…フ、フフフ」

「えぇ?!中川さん、情緒大丈夫?」

「言葉選び下手すぎだよ…アハハハハっ」

「そ、そうか…?アハ、アハハ…」

教室は謎の空気に包まれていた。これ、側から見たら変人だよ…。

「じゃあ、そろそろ続きやろうか。て言ってももうそろそろ終わりそうだけど」

「そうだな。じゃあ吉田は衣装なしで全裸で…」

「文化祭で全裸はもはやテロだよ…」

その後、私たちは滞りなく作業を終えて先生の元へ書類を提出しに職員室へ向かおうとした。

教室の鍵を閉めたところで、向こうから先生が歩いてくるのを発見した。

「おぉい、どうだー?」

「あ、先生。ちょうど今終わりました」

「そうかご苦労だったな。じゃ預かっとくわ」

「ありがとうございます。じゃあ私たちはこれで帰りますねって二条君もう帰ろうとしてるよ…」

「あ、ちょっと待て。少しいいか?」

「え?なんですか?」

先生は二条君には聞こえないようなトーンで私に囁いた。

「二条とはどうだ?うまくやってるか?」

「はい多分。面白い人ですね、彼。」

「そうなんだよ!お前はわかってくれるかぁ…!」

先生は嬉しそうに続けた。

「あいつは危なっかしいんだよなぁ…。でも本当にすげーやつなんだよ。あんなやつはなかなかいない。お前には悪いが、うまくサポートしてやってくれ。」

「はい、一応頑張ります…。」

「ハハハ!ありがとな!じゃあ気をつけて帰れよ!」

先生との話が終わり、私は下駄箱へと向かった。

二条君はもう帰ったようだ。まぁ待ってもらうような仲でもないので妥当だろう。

靴に履き替え、校舎を後にしようとした瞬間。

「お、おい」「ひゃ、ひゃぁ!」

ドアの陰から突如二条君が姿を現した。

こ、怖いよ…。お化けかと思った…。

「わ、悪ぃ。俺存在感ねぇんだよな、ハハハ…。」

「やめてよ、なんか申し訳ないじゃん…」

でも本当になさすぎるよ。

私も相当だけど、それ以上だよ。

隠密行動適正Aだよ。

「二条君、待っててくれたの?」

「なんか先帰るのもな…あ俺キモかった?ごめん俺全然そんなつもりは…」

「いいって、ありがとう」

「それ、やめろよな…」

そのような会話を終えて、私たちは帰路についた。

「…中川さんはさ、家どこなん?」

「うーん、ここからちょっと遠いんだ。一駅分くらい歩く。」

「そっか、俺は近所だから楽なんだよ、あこれ嫌味に聞こえたか?ごめんそんなつもりは…」

「それわざとやってるの…?二条君さ、ちょっと卑屈が過ぎるよ。もうちょっと自信持ちなよ。」

二条君はムッとした表情で返した。

「いや、自信なんか持てねぇよ。逆に持ってるやつの方が感性おかしいんじゃねぇの?吉田とか、あと隣のクラスの黒田とかな。てかあいつ怖すぎねぇ?俺死んでも関わりたくねぇよ」

「そういうとこだよ……私は…」

「は?なんか言った?」

「私は…もっと自信持ってもいいと思うよ…?二条君…」

「そ、そうかよ…あ、俺ここ曲がるから」

「そ、そうなんだ。じゃあね。…また明日」

「ま、また…明日?」

なんで疑問符なのよ…。

彼は本当にこういうのに慣れてないらしい。

こんな人間は二条君しかいないんじゃないか。私が霞むくらいだから、彼は相当だ。

しかし、なんだか彼といる時間はとても不思議な感じだ。

私も喋るのは得意ではないが、彼の前では自然と言葉が浮かんでくるようだ。

私は上機嫌になって、普段は歌わない鼻歌なんかを歌いながら家路に着いた。

しばらく歩くと我が家に到着した。

「ただいまー」

いつもより勢いよくドアを開ける。

我ながら少し浮かれているのかもしれない。

しかし、いつもなら必ず帰って来るはずのお母さんの返事がなかった。

不審に思いリビングへ向かうと、お母さんとお父さんが何やら不穏な表情で机に向かい合わせで座っていた。

お父さんがこんな時間に家にいるなんて珍しいことだ。何かあったのだろうか。

「どうしたの?二人とも」

「由紀、そこに座りなさい」

私は言われるがまま母の隣に座った。

「ねぇお母さん。どうしたの?なんか変だよ」

「あのね由紀、よく聞きなさい…」

お母さんは続けて紡いだ。

「お母さんたち、離婚することになった。」

…え?私の視界は淀んだ。

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