第9話 能登由紀の過去 1
「中川由紀。 おい中川いるかー?」
「あ、は、はい!」
「おーしじゃあ次、二条ー」
はぁ…。またぼーっとしていた。私の悪い癖だ。
二ヶ月ほど前、中学三年生の私は水泳部を引退した。
もっと何か感慨深いものがあると思っていたが、実際は案外呆気ないものだった。
僅かな喪失感が残る中、私は受験勉強に取り掛かった。
そうすると時間はあっという間に過ぎて行き、夏休みをすっかり通り過ぎて、現在は九月です。
教室の雰囲気もすっかり受験モードで、どこかもの寂しい日々が続いていた。
しかし、そんな日常を一蹴するような一大イベントが、私たちを待ち構えていた。
しかしそれは、私にとっては億劫になるものだった。
「そろそろ文化祭の準備に取り掛かろうと思う。俺たち三年はクラス単位で劇をやることになっているんだが、題材は俺たちで決めてある。俺たち三組はズバリ、オズの魔法使いだ。ここに台本があるので、この時間にそれぞれの役を決めるように。文化祭実行委員、前に出て仕切ってくれ」
「あ、はい。」
先生がそう言ったので、私は立ち上がり前へ出た。
なぜなら私は文化祭実行委員だからである。
学年最初の委員決めの時に日欠席していたので、私は残り物のこの役職になってしまったのだ。
「おいもう一人は誰だ?えー、二条か。おい二条、寝るな出番だぞ」
「あぁ、はい、すんません」
私の相方は二条義也君と言うらしい。ずっと私の後ろの席だったが、全然喋ったことがない。
というか、彼が人と喋っているところをあまり見たことがない。いつも気だるそうに寝ている、そういう印象だ。
「えっと二条君、よろしくね」「あ、よろしくお願いします」
彼はあまり喋るのが得意ではなさそうだ。私も同じなのでその気持ちがよくわかる。
正直少し頼りなかったので、私は気合を入れた。
「んじゃ、先生は端っこにいるんで、二人ともよろしくな。特に二条、寝るの我慢しろよ!」「うっす」
本格的に私たちの出番が始まったようだ。
私は二条君に耳打ちした。
「じゃあ、とりあえず役を黒板に書こうか」
「はい」
ひとしきり役を書き終え、いよいよ役決めである。
「じゃあ各自やりたい役の下に自分の名前を書きに来てください。定員を超えた場合はじゃんけんで決めてください」
そう言った瞬間、一同が一斉に立ち上がりすぐに黒板の前がごった返した。
一同が引き返すのを待って再び黒板を確認すると、どうやらダンサーが人気のようでとても定員に収まりきっていなかった。
「じゃあダンサーを希望する人たちはこっちでじゃんけんしてください。負けた人は空いている役から選んでもらいます。他の人たちはこれで大丈夫そうなので、それぞれ役ごとに集まってください」
一定のスペースを確保すると、一同をそこに誘導する。
そうすると、ダンサー役がこんなにも人気な理由が一目瞭然で把握できた。
このクラスには大きな男子グループが二つある。
所謂運動部のグループと、文化部のグループ、あとはちらほら小さなグループがあるといった感じだ。
ダンサー役には、特に最初の二つのグループの人たちが多く立候補していたのだ。
ダンサー役は唯一定員が多いので、それぞれのグループの人たちが互いの友達と一緒になれるようそこを狙ったのだろう。
なんだかよくないことが起こりそうな気がしたのだが、どうやら予想は的中したようだ。
じゃんけんを終えたあと、そこにはとても険悪な雰囲気が漂っていた。
「えー俺たちめっちゃ負けてんじゃん」
「ほんとだるいわー、誰か代わってくんねーかなー」
どうやら運動部グループの人たちが多く負けてしまい、中途半端に残ってしまったようだ。
運動部グループの人たちは納得いかないようで、直接ではないが明らかに不満を示唆していた。
「はぁー俺たちめっちゃバラバラになるじゃん」
「ごめんなー俺ら負けちゃってさ」
文化部グループの人たちはほぼ勝ち残ったようだが、その無言の圧力に対して明らかに戸惑っていた。
これはいけない。実行委員の私がどうにかしなければ。
けれども、私はそんなことができる人間ではない。そんな力は私にはない。
本当に申し訳ないが、私はそれが自然と収束することを見ていることしかできなかった。
だって仕方がないじゃん。みんなそうしてる。今回その罪悪感を背負うのが私だっただけ。
言い訳を自分に必死に言い聞かせた。遣る瀬無い気持ちを押し殺した。
そうやっていると、私の隣を一人の少年が通過し、そのまま集団に突っ込んだ。
「あの悪いけど、もう決まったことだから」
声の主は二条君だった。私は驚きを隠すことができなかった。
「チッ、まぁしゃーねーか」
「そーだな、どーせテキトーにやるだけだし、もー行こうぜ。おらどけよ」
彼らの一人が苛つきの込められた手で二条君を押しのけ、残りの人たちも後に続いて黒板で残りの役を吟味し始めた。
「……はぁ…」
二条君は深くため息をついて、気だるい様子でそのまま近くの席にもたれかかった。
すると先生が無言で二条君に近寄り、その頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「よくやった、ありがとう」「…はぁ」
笑顔を浮かべる先生に対し、二条君は少しきまりが悪そうにしながら下を向いていた。
私は自分の愚かさを突きつけられた感じがして、もどかしい気持ちになった。
そして、それと同時に彼、二条義也君という男の子にとても興味が湧いたのだ。
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