第5話 遠足の班決め
4月も終わりに近づいてきた。
馴れ初めの堅苦しい空気も薄れてクラスにも自然な一体感が生まれ、ゴールデンウイークの接近も相まってその雰囲気は当初と比べて随分と弛緩していた。
しかしその最中、未だにそこに馴染めずに明らかに浮いてしまっている存在があった。
もうお決まりの流れですね。はいはい俺ですよ。
当初からあった奇人のレッテルは、ある男の仕業で確固たるものとなった。
「義也!また脳内で嫌いな奴殺してんのか?!」
犯人現行犯逮捕 午前9時40分 教室
「お前が勝手に作った卑屈キャラを勝手に迷走させるな。」
この男、久礼田雄二の仕業である。
こいつが初日の自己紹介で盛大にやらかし、どうやらよくつるんでる俺も一緒くたにされているようだ。
しかし、最近俺の卑屈さが露呈してきている気がしてならない。
実際俺も自覚はある。昔から考え込んでしまうタイプなのは織り込み済みだ。
前まではそんな自分に酔って悦に浸っていた節もあるが、よく考えたらこれは欠点でしかないのでは、と思い始めた今日この頃である。
何も考えずに生きていられたらどれほどに人生が楽であろうか。
畢竟、どんな事実であれ認識しなければそれはないも同然なのだ。
能天気や楽観的という言葉は度々マイナスイメージで用いられるが、その先入観は払拭されて然るべきなのではないか。
しかし、この男久礼田でさえも何やら抱えているようなので、人間誰だって大なり小なり抱えているのではないか。
それにしても俺が抱えているものは少し重すぎる。範馬刃牙が身体測定の時にイメージでローラーを引いていたが、実質的には俺もそんな感じだ。
実体ではない重りが身体中に絡まっているのだ。
以前はそれでも騙し騙しやってきたが、いよいよそうはいかなくなってきた。
いつかこいつらとも否応なく向き合わなければならない事態が起きるのだろう。
その時俺はどうなるのだろうか。考えても仕方がないのでひとまずは眼前の事項に目を向けることにした。
「そういえば次はホームルームか。何やるんだろうな。」
俺の質問に対し、久礼田は回答を持っているようだった。
「あーそれな、なんかゴールデンウイーク明けに遠足あるじゃん?その班決めらしいぞ。」
出た。班決め。あれは凶悪な儀式だ。決して許してはならない。
くじ引きならばまだいい。しかし「好きなやつとグループ組んでください!」だと死傷者が出る。
あれは地獄だ。みんなが曖昧に騙し騙しやっている人間関係を視覚的に明確にしてしまうのだから。
そうなれば修羅場になるのは必定。人数制限なんかあろうものならもう戦争である。
中学時代の記憶が蘇る。ひとしきり班が決まり残り物が炙り出されるまでうつ伏せで待っている時間は地獄であった。
というか「二条くん俺の班入ってもええよぉ?!」っておい吉田どんだけ上からなんだよ。こっちだってお前の班なんか微塵も入りたくねぇわ。死ね。
ゆえに、すべからく教師はくじ引きシステムを採用するべきであり、そんなこともわからないようではそいつは教師に適性がないと言わざるを得ない。
本当に、いっそ法律でそのように取り決めてもいいのではないか。
そもそも、物事を表面的にしかみることができない者が組織を率いるのは不可能である。
それこそ表面的にはうまくいっているかもしれないが、必ずその帳尻合わせを引き受けるものが存在する。本来一番怠ってはいけないのはそこを考慮することだ。
権威者が考慮すべきは強者ではなく弱者だ。強者は勝手によろしくやらせておけば良い。
それでもあいつらはなんとかしてしまうだろう。なぜなら強者であるからだ。
欠陥のある船はいつか必ず沈没する。そんなことは明白である。
さて、今教室に気だるげに入ってきたこの男、中居はどちらであろうか。
一同が着席し、号令を終えて中居が開口した。
「遠足の班決めをする。会議では全クラスでも好きなものと組んでいいスタイルで可決したが、俺は断固くじ引きを敢行する。お前ら感謝しろよ。」
アナルがヒクついた。今にもこの男に惚れそうである。
陽キャラ一同は言葉の意味を理解できずにぽかんとしているが、その決断に感動した人間が確実に存在する。俺とか、、、、、俺とか。
くじ引きはいい。偶然によって組まされてしまったという事実が気苦労を随分と減らしてくれる。
しかし同時に少し残念でもあった。
ただの私的な事情であるが、俺は久礼田と同じ班になりたかった。
なんだかんだ言って、あいつといるときはとても心地が良い。そう感じてる俺がいる。
しかし、この英断を讃えずにはいられない。
仕方がない、ここは観念して遠足を楽しむとするか。ラノベと漫画を買い込んでおこう。
一人ずつくじを引いて行く。俺は三班か。
「では班ごとに集まれー。」
えー他のメンバーは、、、。
黒田 能登 久礼田
神は最近俺に試練を与えすぎな気がする。俺はヘラクレスの生まれ変わりかもしれない。
く、空気が重い、、、。地獄のような沈黙が発生していた。
しかし空気を読む才能に宇宙一恵まれなかった男、久礼田雄二はお約束のようにこの沈黙を蹴り飛ばした。
「あの時の事件のキーパーソン大集合じゃねぇか!ギャハハハハハ!!!」
こ、こいつ、、、。ここで殺しておいたほうが後世のためかもしれない。いやマジで。
はたして、俺たちは、どうなってしまうので、あろうかぁ〜(界王さま)。
#激寒 #DRAGON BALL #次回予告 #八奈見乗児 #まんこ
「遠足は京都で行われる。段取りは全部自分たちで決めろ。予算は常識の範囲内でな。」
そう無責任言い放った中居は、おもむろに読書を始めた。
いや、本読んでる場合かお前。空気読め空気。本当にこのままいくつもりなのか?
「まぁ改めてよろしくな!お前らなんか行きたいとこあるか?」
「「「、、、。」」」
そりゃそうなるわな。困惑しているのは俺だけではないようだ。
しかし久礼田にばかり任せていられない。ここはひとつ、俺が場を和ませてやるか。
「二条城行きたいよな!二条だけに!」
「うっわ寒。」「二条くん、それはちょっと、、、。」「義也、お前死んだほうがいいよ。」
総スカンである。ここで俺が死んだらお前らのせいだぞ。マジで。
「冗談だよ。俺があんな激寒ギャグをまじめに言うと思うか?」
「思うけど。」「流石にそれはちょっと苦し紛れじゃ、、、。」「義也、お前死んだほうがいいよ。」
俺ってなんで生きてるんだろう、、、。明日からいいことしよう。人助けとか。
というか久礼田、俺に死を催促する機械と化すのはやめろ。本当に死んじゃうよ?
しかし俺の犠牲もあってか、心なしか雰囲気が少し和やかになった気がする。
各々が少しずつ意見を発信するようになった。
しかし、俺たちの関係は本当に歪だ。
能登が被害者で黒田が加害者、しかし黒田が被害者で俺は加害者なのだ。
ちなみに久礼田は部外者である。こいつは踏み込んできすぎだろ。ディープインパクトかよ。
俺たちはうまくやっていけるのだろうか。
そんな気は全くしないが、今はただ、流れに任せてみるのもいいかもしれない。
そうしてどうしようもなくなれば、それは仕方のないことだろう。
しかし俺はそれを、一生くよくよと考えてしまうかもしれないが。
本当は怖い。打算なしで人と付き合うのが怖い、本当の自分を開示することが怖い。
理性だけではなく、己の感性にも問いかけて、自分が本当に正しいと思ったことを貫くこと、己の正義を貫くことが、とても怖い。
自分を疑うこと、自分をさらけ出して受け止めてもらうこと、自分の足で先の見えない道を進んで行くことは、とても勇気のいることだから。
最近正子が死を選んだ理由が少しわかってきた気がしないでもない。
人と違う行動をすることはとても怖いし、それが正しければ正しいほどに反感を食らうのだろう。
なぜなら人間は、自分の間違いをまじまじと見せつけられるのはひどく不愉快に感じるからだ。誰だってそうだ。
だから数の暴力で弾圧する。責任も分散されるなんて最高じゃないか。
幼い少女には、それは受け止めきれないほどの重圧に感じられたのであろう。
しかし、だからといって、俺がそれを否定してしまっては妹は報われないではないか。
俺は本来誰よりも、正義を磨き、貫かなければならなかったはずだ。
他人がそれをどう捉えるかなんてものはどうだっていい。大切なのは揺れないことだ。
だから俺は決別しなければならない。前に進まなければならない。
それが結果的に俺が弱者となるような未来であろうとも。
また考えすぎている。馬鹿の一つ覚えのように。
あぁそうか。俺は馬鹿だったのか。聡明な賢者などでは決してなかった。清々するほどの大馬鹿者であった。本当に恥ずかしいのだが、今初めてそれに気がついた。
自分は人とは違うと思っていた。それが自分で自分の世界を狭めてしまうような愚かな行為であるとも気づかずに。
多分世界は広いのだろう。俺のような若造が思っているよりもずっと。
もう性分だこれは。向き合ってゆくとここで決めよう。自分に、世界に。
そこからはもう成り行きで、結構すんなりと段取りが決まった。予算も段取りから逆算してすぐに決まった。
それでは解散といった流れになった瞬間、久礼田がこう提案した。
「じゃあさ、親睦を深めるためってことで、ゴールデンウイークにどっか行こうぜ!」
「嫌。」「嫌だ。」「え、えぇ、、、。」
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