2本目

「ええ、いいわよ」

「へ?」

「自分で言ったことも忘れたの?あなたと付き合ってもいいと言っているの七海慎吾」


まじかよ


決め手は毎日のように告白される識陽奈子に偽装恋愛を持ちかけたことだった。

「彼氏でもいれば、告白するやつもいなくなるんじゃない?」

彼女のウンザリする気持ちは女の子に付きまとわれる自分も何となく理解できるため何となく言ってみただけなのだが意外にも話はトントンと進んでいき、利害関係の一致、というなんともつまらない理由で付き合うこととなってしまったのだった。感情論を排除した契約に過ぎないのだが、傍目から見れば付き合っていることに変わりはないのだから賭けには自分が勝っているのだろう。Switchでも買ってもらうか。


付き合う際に2つ彼女から提案されたことがある。1つ目は必要以上の詮索はしないこと。なんの詮索?と彼女に問うても返事が返ってくることは無かった。詮索するな、ね。これは俺に対しても適応されるようで「私もあなたについて余計な詮索はしないわ」とさも俺には興味がありませんと言わんばかりに言われた。普段人と一緒にいるところを見ないことから彼女なりの自己防衛なのかもしれない。次期社長は大変である。

それから、もうひとつ。できるだけ人の多いところで俺から再度告白の申し込みをする事だった。





放課後、終礼のチャイムが鳴り響く教室でちらりと識陽奈子の方を見る。相変わらず綺麗な顔立ちをしているが特にいつもの様子と変わったところはなく生気のない目をしていた。できるだけ人の多いところ。ならば放課後、すぐのこのタイミングしかあるまい。真っ直ぐ彼女の方に歩みを進める。

ふと、思う。何故彼女はウンザリするほど受けていた告白を受けたのであろうか。利害関係が一致していたから?いや、そもそも俺なら嫌いな奴と利害関係が一致していようが付き合ったりはしない。ガン飛ばすほど嫌いなはずなのに、なぜ。実は俺の事は元々嫌いではなくて…いや、それはないな。めっちゃ嫌われてるし。そもそも話が思うように進みすぎてなんで俺の事が嫌いなのか聞いていなかった。これも詮索のうちに入るのであろうか。入らなければいいと、そう思う。



「陽奈子ちゃん」


帰りの支度をしている彼女に声をかけると明らかに怪訝そうな顔をされる。


「なんでしょう」

「うん、ちょっと聞いて欲しいんだけど」


周囲がざわざわと騒がしくなる。察したのか男どもはニヤニヤと笑みを浮かべながら女子達や状況が飲み込めていないクラスメイトを廊下へと誘導していく。小声で頑張れよ、なんて余計な一言を残して。


「…みんないなくなったね」

「小声なら聞こえないから言うけれど随分派手ね」

「こういうのをお望みだったんじゃないの?」


わざとらしく笑ってやると機嫌を悪くしたのか、帰る、とカバンをつかみ出す。笑って止めるがいつもよりも冷たい目で、「そういう所が嫌いなのよ」と言った。


「腹たってきたわ、付き合うならもう一つ条件を付けさせてもらう」

「え〜陽奈子ちゃん、それはないんじゃ…」

「その被ってる猫、少なくとも私と二人になる時には取りなさい。私も、そうするから」


そう言った彼女の横顔は淡い夕日に照らされていて、今までの彼女が別人に見えるほどに綺麗な瞳をしていた。ああ、昔ばあちゃんちで見た事がある。紫ではなかったけれど奥深くでキラキラと輝いていた宝石。あれは、オパールといったか。不思議なもので白っぽい色をしているのに青や黄色、様々な色に輝いて見えるのが気に入っていた。彼女の瞳は、その宝石と似ている。

俺が、世間が知っている識陽奈子の化けの皮が剥がれる。ぐらり、と思わず目眩がした。氷の女王様と呼ばれる彼女に夢を見ていた訳では無い。彼女は、識陽奈子は俺達が思っているような人物ではないのかもしれない。

権力者にいい顔するのは、単純に世渡り術だ。学園みたいな小さな世界よりも、もっと大きな世界を見ている彼女だからこそよく理解しているのだろう。俺の数年で身につけたいい顔なんか、すぐに見抜けてしまうのだ。普段の自分をわざわざ晒すのは、俺を下に見てるから見ているからなどではなく似たもの同士だと確信したからなのではないか。彼女が嫌っていたのは世間にいい顔をしようとする、自分と似たもの同士の俺だったからなのではないか。思わず口角が上がってしまった。


「わかった。じゃ、そうさせてもらう」

「ええ」

「じゃあ、改めまして」





「俺と付き合ってくれませんか」




陽奈子ちゃん、とわざとらしく笑顔を作ってやると、彼女もわざとらしく眉間に皺を寄せた。瞳の輝きは、とうに消えてしまっている。

きっと、彼女は俺に対する冷たい態度を変えないのだろう。だけれどもそれは俺以外の奴がいる時だけのはなしだ。本当の彼女を見ることが出来るのは少なくともこの学園では俺だけなのだ。ほんの少しだけ優越感に浸りながら、手を差し出し彼女の返事を待つことにする。





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