テストプレイ

フライパン(飛麦)

1本目

「俺と付き合ってくれませんか」

陽奈子ちゃん、とわざとらしく彼女の名前を告げると、魚の死体のような濁った瞳で俺を見つめる。その顔は確かにつまらなさそうで、眉間にやや皺がよっているのも確認できた。ああ、面白い。その顔が愉快でつい口角が上がってしまう。あの氷の女王様が、誰の告白にも絶対に答えなかった、あの識陽菜子が。嫌いなはずの俺の告白を受け入れざるをえないのだから。




我が母校、聖華星学園は何百年だか続く由緒正しき高校である。つい最近までは生粋のお坊ちゃまやお嬢様しか入学できなかったここの学園も少子化には抗えなかったのか特別推薦という枠で一般人も入れてしまうようになった。時代は悲しい。といってもこの学年で一般人は俺のみであとはどっかの社長とかどっかの皇族の末裔とかそんなんばっかだ。一般家庭代表としては金と権力を持ってる人間は落ち着きがあって上品な奴ばかりと思っていたが、ところがどっこいどうしようもない。これが現実である。持っているが故に、持ちすぎているが故にまあまあ人間性がクソなのだ。

そして本日もまた、金持ちのクソみたいな道楽が始まるのだった。


「あーー、もう2年になってなら何人目?俺らが知らないだけで10人は振られてんだろ、あれ。」

「ばーーか、なんで成功する方にかけんのwwwガリ山だぞ、無理に決まってんじゃん」

「今までなかったタイプだったろ...くっそ...おら、持ってけ!!」

学園内の男子の割合は約3分の1と言ったところか。はたして、その中の何割がまともだと言えるのかわからないが俺がつるんでる奴らは金や権力で人を差別しない分、そこそこマシな方か。こうやって賭けをしているあたりまともではないと思うが、付き合いとはいえそれに参加してしまっている俺もまともではない。(金がないから傍観者、としての立場であるが)

「もういい加減女王さまチャレンジ終わるんじゃねえの?あんだけ玉砕してたらさ」

女王様チャレンジとは、俺らが賭けをしている対象の人物だ。『氷の女王様』こと識陽奈子に告白し見事恋人になるかどうかを当てるシンプルながら悪趣味な賭けである。

___識陽菜子は、あの有名な識製薬の次女で未来の社長様だ。お嬢様のテンプレのような人物で礼儀も正しく文武両道。誰もが見惚れるほどの美人であり、彼女を嫌いな人物はまずいないだろう。小烏色の黒髪は軽やかな曲線をえがくショートボブ、今どきの若者にしては珍しく化粧をしていないが人形のような陶器肌に頬に影を落とすほど長いまつ毛。それから、アメジストのような深い紫色の瞳。桜色の薄い唇から紡がれる声はガラス細工のように繊細だ。1人で物静かに耽っていることが多くあまり笑顔を見せることがないが彼女が笑っているところを見たものは皆魔法がかかったように彼女に夢中になってしまうという。そんな事から、ひっそりと氷の女王様の愛称がついていたりする。___

2学年に上がり、1番気の抜けた時期だからといってひでえ内容だとは思うが止めやしない。賭けてるやつも、告白するやつも馬鹿だ。

「そもそも告白するヤツらの方がどうかしてるわ。相手のスペック見たら無理だってわかるだろ」

あくまで告白する側に呆れているように言ってやると、「お、俺ならイケますってこと?」と調子に乗った反応が帰ってくる。いい加減にしてくれ。

「でも実際慎吾は女王様の特別だからな〜案外あっさりOK貰えちゃうかもな」

「お、そーだそーだ、告白しちゃえよ!俺、七海に2万!」

やいのやいのと勝手に話が進んでいく。なんでこんなことになってるんだと頭を抱え、勘弁してくれよと項垂れると万が一成功したらお前の欲しいゲーム機買ってやるよ、と言われたので思わずやると返事をしてしまったのだった。



残念ながら勝機はみえていない、なぜなら誰にでも礼儀正しく接している彼女は俺の事が心底嫌いなのだから。

なんとなく理由はわかっている。俺がチャラチャラしてるから。ここでは俺みたいに少し派手な見た目珍しいのか、びっくりするほど女の子に声をかけてもらうことが多い。簡単に言うとモテるのだ。まあ、顔は良い方だと自負しているが。そんなわけで廊下で何人かに囲まれていると尋常ではない視線の圧がかかるときがある。そちらに視線を向けると目が合うのが彼女だ。アメジストの瞳を煮詰めすぎてグズグズになったような、どろりと淀みのような腐ったような瞳がこちらを見ている、見つめている。この視線を向けられた時から、識陽奈子は、俺の事が嫌いなのだと確信している。この視線を他のものに送っているのは見たことがない。だから、俺は特別なのだ。彼女の特別。あの女王様の特別というだけで、にやけてしまうのは許して欲しい。玉砕したって、ゲーム機が貰えなくたっていいのかもしれない。これを機に誰も触れられなかった彼女に触れることが出来るのであれば、と思っているのは彼女に心を奪われている証拠か。結局、彼女に執着している自分もその他大勢と変わらないのだと溜息がでた。

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