第2話

 赤黒い山津波。

 そのように見えるものだった。

 実際には土石流や火砕流なんてものではなく、他の自然現象という訳でもなかった。


 怪物、そう形容するのが適切だと思った。


 造形の捻くれた巨大な爬虫類。ただただ攻撃的な見た目の、赤黒い巨大なトカゲ。

 バリエーション豊かな巨大トカゲ共が、霊峰と言われていた山の頂を崩し、そこから溢れる様にぞろぞろと這い出て来た。


 その様が僕たちの街からも見えた。

 山の麓の町が消え、その先の街が消え、次の街へトカゲ共の手が掛かった時、大慌てで討伐隊が組まれて、出陣した。


 それもすぐ壊滅して敗走して、避難民と一緒に僕たちの街に戻ってきた。

 彼らが戻ってくる間にも、トカゲは歩を進め、トカゲは湧き続けていた。


 刃折れ矢尽きる。出立の面影はなく、ただ憔悴した顔で幽鬼の歩みを見せる。


 全ての人が街に集まる、行き場を無くし、吹き溜まりとなった岬の街に。

 全ての顔が絶望に浸り、絶命の時を待っていた。


 絶望の昼夜を繰り返して、ある時地響きが聞こえる。赤黒い津波が迫る音だった。

 遅々とした歩みで数多の怪物が、吹き溜まりに迫る。息の根を止める為に。


 僕も含め、全ての人が絶望に呑まれて、諦観に目を伏せた時だった。

 そう、この瞬間だった。


 地響きの様な振動の中に、二点、異質で一際大きなものが混じる。

 それに顔を上げた僕の前には、黒い巨人――岬の守り神が立っていた。


 赤黒い波を前にして、一人、戦っていた。

 ズ、と脚を広げて両手を前に広げる。無数の閃光が煌めいて光線が走る。

 光がトカゲ共に当たる。呆けた間抜け顔が一拍遅れて破裂する。


 ――神様が、動いた。


 何もしなかった神様が、今更になって動き始めた。

 僕はそれに今更何を、とか、もっと早く出来なかったのか、という怒りを持った。けれども同時に、神頼みだけれど、もしかしたら、という希望を持てた。


 絶え間なく続く光線が怪物の波を押し留め、怪物を血に沈める。

 一歩、また一歩、黙々と敵を屠り、神様が地を踏みしめ前進する。


 僕らは、それを傍観していた。余りの事に目に焼き付ける事しか出来なかった。神の姿を。 


 ――これが、災禍なのか。


 神様が一掃していった跡を見て、理解した。

 赤黒い津波。それが神話の災禍の姿だったのか、と。


 光の雨がじりじりと霊峰を登り、その頂に達した時に光の雨は止み、代わりに一際眩しい光の柱が天に放たれた。

 熱い風が顔を撫でて、思わず目を眇めた。


 それでお終い。怪物も、神様も、全部消えた。


 その後どうなったか。

 無論、僕たちはこうして無事、のうのうと生きている。

 神様のお陰で。


 神様はどうなったか。

 それは分からない。

 でも、多分もう居ないだろう。

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岬に佇む守り神 寺空 章 @teraaki-syo

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