第98話 妖怪達の相撲は……


 けぇ子とこまが獣の、本来の姿で相撲をしていたのには相応の理由がある。


 そもそも人の姿は妖力によって変化をした姿であり……妖力を込めることである程度まで体格を良くしたり力を増させたりと、そんなことが可能で、それでは己の身体のみでぶつかり合うことを是としている相撲らしく無いだろうと考えたのだ。


 獣の姿であれば発せる力は、その尻尾を用いたりしない限りはけぇ子達が持つ本来のものとなり……その力でぶつかりあってこその相撲という訳だ。


 二人がしているそんな話を耳にして善右衛門は「うぅむ」と唸る。


 妖力を禁止したなら妖怪達は本来の姿でぶつかりあうことになるということになる。

 けぇ子とこまのように体格が似ている者同士であればそれも良いのだろうが、熊とはまず組み合えないだろうし、みみずくに至っては組み合うもなにもそもそも腕を持っていない。


 妖力を禁止するのが良いのか、禁止しないほうが良いのか。

 そもそも人の姿で相撲をすることを前提にして考えていた善右衛門は、再度「うぅむ」とうなり、頭を悩ませる。


 そうして唸りながら頭を悩ませながら善右衛門が縁側に腰を下ろすと……その様子を心配そうに見ていた二人が声をかけてくる。


「何かお悩みですか?」


「どうかなさいましたか?」


 けぇ子とこまにそう言われて善右衛門は、尚も唸りながら言葉を返す。


「いや、規則というかなんというか、どういう形で相撲を取ったものかとな……本来の姿にすべきか、人の姿にすべきか。

 妖力を使うことをどこまで許容すべきか……そういった規則作りは必要なのだろうが、なかなか難しいものだと思ってな」


「そうですねぇ、それぞれが持っている妖力にも差がありますし、溜め込める量にも差がありますし、その使い方も種族によって違いますからねぇ」


「一律でこう、という規則を作るのはそう簡単なことではないでしょうが……それでも皆さんで楽しむためにも必要なのでしょうね」


 とはいえ規則を厳しくしすぎては楽しめなくなってしまうし、種族によっての有利不利なども出てしまうことだろう。


 人間同士の相撲のようには簡単にはいかないなと善右衛門が歯噛みしていると、縁側にひょいっと飛び上がった八房が、


「ひゃわわん、わん!」


 と、声を上げる。


 半目で、どこか善右衛門を馬鹿にしているというか、お前は何を言っているんだと言わんばかりの態度を見せる八房に、善右衛門が怪訝な表情を向けていると、けぇ子がたぬき姿でぽんと手を打って声を上げる。


「ああ、そっか、そうですよね。神前で執り行う相撲なんですものね。

 規則だとかそういったことは八房ちゃんが決めれば良い話でしたね。

 神様に決められちゃったなら文句など言えるはずもありませんし、もう従う以外にありません。

 そもそも神様に、八房ちゃんの為の相撲なんですから、皆さんも納得してくれるはずです」


 その声を受けてこまが「なるほど」と頷く中……善右衛門はなんとも言えない渋い表情を八房に向ける。


「八房……しっかり相撲になるように規則を考えるんだぞ?」


「ひゃわん」


「相撲が何であるかは……まぁ、神である以上は知っているのだろうが、相撲から逸脱しすぎないようにな?」


「ひゃわん」


「……妖術合戦は相撲とは言わないからな?」


「ひゃわわん!!」


 しつこい! と言わんばかりにそんな声を上げた八房は、縁側に置かれた濡れ布巾で器用にその足を拭いて、とととっと屋敷の中へと駆けていき、善右衛門の硯箱へと狙いを定める。


 それを使って相撲の規則を書き上げようとしているのだろう……その口と不器用な前足でどうにかしようと奮闘する八房を見て、善右衛門は大きなため息を吐き出し……けぇ子とこまは静かに微笑む。


「ああ、分かった分かった。

 お前が言う通りに俺が書き上げて……いや、けぇ子やこまの方が八房の意思を読み取れるのだったな。

 ……けぇ子、こま、頼まれてくれるか? 以前のように言葉を発してくれたなら俺にも出来るのだが、今の状態では無理がありそうだ」


 立ち上がり、八房の下へと駆けていこうとして……足を止めてそう言った善右衛門に対し、けぇ子とこまはこくりと頷き、ぼふんと白煙を上げながら人の姿へと戻り、八房の下へとタタタッと駆けていく。


「ひゃわわん! ひゃわん! ひゃわわわん!」


 何を言わんとしているのか、尻尾を振り回しながらそう声を上げる八房に対し、こくりこくりと頷きながらけぇ子達は、硯箱をあけて墨を擦ってと、準備を整えていく。


「ひゃわーん! ひゃわわわん!」


 そうして準備が整ったなら、早速用意した紙に文字が、八房の考えた規則が書き込まれていって……善右衛門はその様子を、心配そうな表情をしながらも何も言わず、静かに見守るのだった。


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