第97話 相撲


 神前相撲をやると決まって無何有宿は、冬に全く似合わない賑やかな空気に包まれていた。

 

 めでたい年明けともなればそれ相応の行事があるのだろうと密かに期待していた町民達は、それが明確になったことにより今から楽しみだと、待ちきれないと興奮し……興奮のままに相撲の練習をする者まで出てきている程だ。


 あちこちから楽しげな声が上がり、明るく騒がしく、かつての祭りを思い出すような空気が無何有宿を包み込んでいて……その空気が熊とみみずくの間にあった不穏な空気を押し流し、熊達もみみずく達もそんなことよりも今は相撲の練習だ、正月の準備だと気持ちを切り替えていた。


(これは思っていた以上の効果だな)


 と、街道を歩きながら驚く善右衛門。

 

 ある程度こうなることを期待してのことだったとは言え、まさかこれ程の効果があるとは。

 予想以上というかなんというか……この結果は完全に善右衛門の想像を上回っていた。


(……本番で鬱憤が晴れてくれたらと願ってのことだったが、まさか本番の前にここまで晴れてくれるとは……。

 祭りや催事が好き、というのもあるのだろうが……兼ねてより人の営みを観察していたことが影響しているのかもしれんな。

 見るだけ憧れるだけだった人の営みを、自ら実践出来るからこそのこの空気、この笑顔……まったく驚かされる)


 そんなことを考えながら周囲を見回す善右衛門と、その足元で尻尾を激しく振り回す八房。


 八房を祀る神社の前で、八房に捧げられる神前相撲。

 その準備の為に、練習のためにと無何有宿が賑やかになっているというのは、八房にとってはこれ以上無く喜ばしいことであり……その尻尾の激しさは、尻尾がもげ取れてしまいそうな程だった。


 そうやって善右衛門は足取り軽く、八房は尻尾を振り回しながら見回りを続けて……無何有宿全体を見回ったなら、自らの屋敷へと足を向ける。


 そうして屋敷まで後数十歩という所まで足を進めると……屋敷の方からけぇ子とこまの、いつもとは少し違った様子の、力強い声が響いてくる。


「違いますよ、こまさん!

 相撲はもっとこう、ばーんってぶつかりあうんですよ!」


「な、なるほど、ではもう一本お願いします!」


「せぇぇぇい!! 

 そ、それとこうやって押し合うだけじゃなくて、わ、技なんかも大事らしいです!」


「な、なるほど……相撲とは難しいものなんですね!」


 そんな二人の声を耳にして……善右衛門は顔を厳しくしかめる。


 善右衛門が知る限りの女人相撲というものは、純粋な力比べ、競技ではなく見世物としての意味合いが強いものだ。


 それをまさか己の妻達がやっているとはと顔をしかめて歯噛みし……一言嗜めるべきだろうとずんずんと足を進めていって、声が響いてくる庭の方へと向かって……そうして善右衛門は、そこに広がっていた光景を目にするなり脱力してがっくりと項垂れる。


「あ、駄目ですよこまさん! 尻尾で転ばないように支えるのは反則ですよ!」


「で、でもけぇ子さん、わたくし達には生まれついての尻尾があるのですから、それをちゃんと使った戦略を練るべき……ととと、善右衛門様、おかえりなさいませ」


 そう言って善右衛門の方へと顔を向けてくるけぇ子とこまは、それぞれ以前に見た狸と狐の姿をしていて……その毛むくじゃらの姿でもって相撲を取っていたのだった。


 冬毛をぶわりと膨らませて、尻尾を上手く活用することで己の身体をしっかりと支えて……その小さな体をぶつけあう。


 女人相撲というよりも、可愛らしい人形のぶつかり合いというか、子供のぶつかり合いというか……全くもって微笑ましく、嗜めるべきところのないその相撲を見て善右衛門は更に大きく脱力し、そうしながら縁側に腰を下ろし、大きなため息を吐き出してから声を上げる。


「……そうだな、尻尾を使って良いのか悪いのか、人では無いからこその決まり事も必要かもしれないな。

 ……いっそのこと、尻尾や妖力は一切禁止とした相撲と、尻尾と妖力を使って良しの相撲に分けるのも良いかもしれん」


 その言葉を受けてけぇ子とこまは「なるほど」と頷き、一旦相撲を取るのをやめてあれやこれやと話し合い始める。


 危険な妖術は禁止して、どの妖術は使ってよくて、この妖術があれば面白い相撲になるのではないかと、そんなことを。


「……やっぱり尻尾を増やしすぎるのは駄目ですよねぇ、妖力の差がはっきりと出ちゃいますもんねぇ」


「け、けぇ子さんの尻尾の数で身体を支えられたら、ほとんどの者が勝てなくなってしまうのでは?

 熊たちはその体格でどうにか出来るでしょうけども……」


 その話し合いをぼんやりと眺めた善右衛門は、以前妖怪達が作り出したこの世の光景とは思えない祭りのことを思い出し……相撲もまたそういった雰囲気の、自分の知らない相撲になるのだろうかと、そんなことを考えるのだった。

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