第96話 神前


「神前試合をやるぞ」


「……何だと?」


 それぞれ熊とみみずくの下へと向かい、話を聞いてやり、言葉をかけてやり……話を終えて大通りにて合流した所で、突然そんなことを言ってきた善右衛門に、遊教は顔をしかめながら言葉を返す。


「試合とは一体何の試合だ? 何がどうしてそうなったんだ?

 善右衛門……拙僧にも分かるように話せ」


「そう大した話ではない、ただの思いつきだ。

 もうそろそろ年明け、正月が近い。年明けを祝うちょっとした催し物くらいはあっても良いだろう?

 そこで神前試合……相撲大会をやろうかと思ってな、祭りのときのように神社で大っぴらに騒げたなら、色々な鬱憤も晴れることだろう」


 善右衛門のその言葉を耳にして、神社の主である八房が尻尾を振り回す中、顎を撫でて唸った遊教が言葉を返す。


「なるほどな……ま、悪くはねぇかもな。

 相撲となれば力持ちの出番、熊達が良い感じに活躍して、その力を見せつけることで、町の一員としての価値を示せるって訳だ。

 荒事や力仕事には熊は欠かせねぇってか……」


「うらというちょうど良い相手が居ることだしな、鬼相手に善戦したとなれば、みみずく達も熊達を見直すことだろうし、うらとしても町に馴染む良いきっかけになるだろう」


「ああ、うらがいたか……うらならまぁ、確かに熊の相手にはちょうど良いかもな。

 ……あいつの場合は根性が細っこいから、相撲の前にそこら辺を叩き直す必要があるだろうが……」


「そこら辺のことは遊教、お前に任せるぞ。

 相撲の行司もお前に任せる。みみずく達が盛り上がるような、良い相撲にしてくれ。

 それと折を見てみみずく達に熊達の冬眠は熊達ばかりに利がある話ではないということを、教えてやってはくれないか」


 そう言って善右衛門は、屋敷へと向かって歩き始める。


 その言葉に一瞬呆けていた遊教は、慌てて追いかけながら言葉を投げかける。


「お、おいおい、熊の冬眠が他に利するってのはどういう―――いや、そうか。

 そりゃぁそうだよな、冬になっても大食らいの熊達が山を闊歩してたらそりゃぁ偉い騒ぎになっちまうわな」


 問いを投げかける中で答えを見つけたらしい遊教がそう言うと、善右衛門はこくりと頷いて言葉を返す。


「冬眠中の熊は食事をしない、これは冬の山に食える物がないからだが……仮に熊が冬になっても冬眠をしなかったらどうなるのか。

 冬の山にわずかに残った食料や、そこに住まう動物達を……山そのものを食べ尽くしてしまうことだろう。

 そうなっては熊達にとっても住処を失うという望まぬ結果を招くことになってしまう。

 だからこそ熊は冬眠をし、熊が冬眠しているからこそ多くの山の生き物達は冬の間に子育てをする。

 それが山の巡り方であり、熊達が長い年月の間で培ってきた命の繋ぎ方という訳だ。

 ……そして熊達はその巡り方を参考に、この無何有宿に気を使って冬眠のような生き方をしてくれていたようなんだ」


「……何? 気を使って?

 どういうことだ?」


 善右衛門の隣に並び、ぐいと首を傾げながらそういう遊教に、善右衛門は遠くを見ながら言葉を返す。


「自分達は生粋の大食らい、それが冬の間も元気に動いていたら冬の備えを食べ尽くしてしまうかもしれない。

 だからこそ意図的に何人かに冬眠をさせたり、働く時間を減らしてみたり、妖力で胃を小さくしてみたり……そうやって食料の消費を少しでも抑えようとしてくれていたらしい。

 それをみみずく達は……いや、この話を持ってきてくれたこまさえもが悪い受け取り方をしてしまったというか、勘違いしてしまったようだな。

 本能に逆らえなかった訳ではない、怠けていた訳ではない。

 仲間となった無何有宿の皆のことを思って意図的にそうしていたんだ。

 ……とは言えみみずく達が悪いという訳でもない、ただお互いに理解が足りなかっただけなのだろうな」


「ああ……なるほどな。

 互いの理解、か。ならいっそのこと両者を集めてそこら辺の話をしてやればいいんじゃねぇか?」


「そういう方法もあるにはあるのだろうが、あまり良い手だとは思わんな。

 逆に今度はみみずく達が萎縮してしまって熊達と距離を置くようになってしまう可能性もある。

 そうなるよりかは、時間をかけてゆっくりと理解を進めていって……正月というめでたい場で身体を存分に動かし、大騒ぎ出来る行事でもってわだかまりを解消する方が良いだろう」


「それで相撲か。

 ま……うらのことも合わせてお前にしては悪くない案かもな。

 ……ここで再会した時にもいったが善右衛門……随分とまぁ丸くなったもんだなぁ」

 

 そう言ってにやりと笑う遊教に対し、善右衛門は何も言葉を返さない。

 言葉を返さないまま、遊教を一瞥もしないまま足を進めていって……そうして自らの屋敷の中へと入っていってしまうのだった。

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