第94話 不和の芽


 妻であるつくしに、屋敷の奥へと引きずり込まれていく遊教を見送った後、善右衛門とけぇ子は自分達の屋敷へと足を向けた。


 下駄の雪を落とし、玄関に入り、合羽を脱いで濡れた足袋を脱いで……と、身なりを整えていると、そこにちゃっちゃと爪を鳴らしながら八房が駆けてきて、それを追いかけているかのようにこまがやってくる。


「おかえりなさいませ」


 と、そう言うこまから手ぬぐいを受け取り、小上がりに腰掛けた善右衛門とけぇ子がそれを使って足や手を拭いていると……その様子を見守っていたこまが、いくらか重くした声をかけてくる。


「善右衛門様、先程小耳に挟んだのですが……どうやら無何有宿の中に不和があるようです」


 その言葉にけぇ子がまさかと驚く中、善右衛門は人数が増えればそういうこともあるだろうと頷いてから立ち上がり、居間に向かいながら言葉を返す。


「それは具体的に誰と誰の、どういった不和なんだ?」


「あくまで聞いた話でしかなく、実際に目にした訳ではないのですが、熊の一族とみみずくの一族が仕事に対する態度や、その在り方の違いから小さくない不満を抱いているようなのです」


 こまがそう言う中、居間へと到着した善右衛門達は、それぞれの定位置へと腰を下ろし……こまもまたゆっくりと腰を下ろし、そうしてから言葉を続ける。


「そしてその不満の原因についてなのですが……善右衛門様は冬眠をご存知ですか?」


「……詳しくはないが話に聞いたことはある。

 熊などが冬の間、その巣穴に籠もり眠り続けること、だったか?」


「はい、その認識で問題ありません。

 そしてお言葉にあった通り、熊という生き物は冬眠をするものでして……その生き様と言いますか、本能が妖怪になった後もその考え方や性格に影響を及ぼしてきているようなのです。

 そういった関係で熊の一族達が、寒くなるにつれて働きが鈍くなっていると言いますか、昼間であっても寝て過ごすことが多くなっているようでして……みみずくの一族がその在り方を好ましく思っていないようなのです」


「好ましく思っていない……か。

 実際のところ、熊達の仕事ぶりはどうなのだ? 他の者達に影響がある程の怠け様なのか?」


 善右衛門がそう問いかけると、こまは「うーん」と唸り、困ったような表情を浮かべる。


「それが……怠けていると言えば怠けているのですが、他に迷惑をかけているかというとそうでもないのですよ。

 そもそも今は冬。家に籠もるのが当たり前で外であれこれと作る季節ではないですし……熊達も自分達の怠け様を自覚してはいるので、起きている時間に集中して働くだとか、冬眠せずとも耐えられる者達で他の者達の分まで働くなどして、十分な仕事をしてくれています。

 更に冬眠……と言いますか、昼寝をしている者は食欲が極端に落ちるようでして、食料の消費を抑えてくれたりもしていますし……結果を見れば迷惑ではないと言いますか、これといった悪影響も無いのが実情です」


 そう言われて今度は善右衛門が「うぅむ」と唸ることになる。

 一体それの何処が問題なのか、みみずく達は一体何を不満に思っているのか、そこがはっきりとしなかったのだ。


 そんな善右衛門を見てこまは、ため息まじりに言葉を続ける。


「みみずく達は冬の季語にもなっているように、冬でもせわしなく働く働き者達です。

 秋の間に獲物を貯蔵したり、雪の中でも懸命に狩りをしたりと、そういう生き方をしている者達ですので、熊達の在り様がどうにも受け入れられないようなのです。

 かといって熊達に直接何かを言っている訳でも、嫌がらせをしている訳でもなく……熊達から無意識的に距離を置いていると言いますか、普段の行動の端々に心の内に押し込んだ不満が出てしまっていると言いますか……。

 そんなみみずく達の態度を受けて、熊達もまたみみずく達へ良い態度が出来ていないようなのです」


 相手が態度の端々にその不満を出していれば、それを受け取る熊達が不満を懐くのも当然のことで……結果として不和が生まれるのは仕方のないことと言えた。


 仮にみみずく達がどうしてそんな態度を取っているのかと熊達に説明してやっても……本能という仕方のない部分を責められても困ってしまうし、周囲に迷惑をかけないようにと熊達なりに頑張っている中でそんなことを言われてもそう簡単には納得出来ないだろう。


 そんなことを考え、なんとも面倒くさい話だとけぇ子とこまが顔をしかめる中、善右衛門は小さな息を吐き出して……暗くも重くもないいつも通りの声を上げる。


「なるほど、事情のほどは良く分かった。

 実際に実害が出ていない上に、お互い何かをしたという訳でも無いのであれば、話はそう難しくはないだろう。

 今日……は流石に難しいだろうから後日、俺と遊教のほうでなんとかしておこう」


 まるでなんでも無い話であるかのように、そうさらりと言った善右衛門に対し、けぇ子とこまは驚きの表情を向けるのだった。

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