第89話 覚悟を決めて その2
善右衛門が腰を下ろしたのを合図に始まった祝言は、格式張ったものとは全然違った、見様見真似のごっこ遊びに近いものであった。
近くの村などで見かけたであろう祝言の様子を妖怪達なりに再現したものというか、真似しただけのものというか……。
紛うことなき神を前にした式としては、いささか不格好なものだと言えたが、誰あろう神である八房がなんとも楽しそうにしているのだから問題は無いのだろう。
そんな見様見真似の式が進んでいって、祝いの言葉が述べられ、料理が運ばれてきて、それなりの儀式めいたことが行われ、新しい夫婦達による三三九度が行われて……。
そうして善右衛門とけぇ子とこまが、遊教とみみずくの娘が、若き熊達が夫婦となると、式の場は一気に、盛大に盛り上がる。
新たな夫婦達の門出に、妖怪達の新たな生き方の門出に。
これから多くの苦難があるだろうが、新しい次代の中できっと妖怪達は生き残れると、新たな生き方をしていけるとの祈りを込めて、妖怪達が飲んで食って踊って歌って、それぞれの妖術を発動させる。
かつて祭りの際に見た光景の再現か、いや、それ以上の美しさか。
しっかりと準備をし、計画的に妖術を使っていた祭りの時とは違って今回は、それぞれが各々好き好きに妖術を使っていて、様々な現象が……火や木の葉や花びらや風や鉄粉金粉が舞い飛んで、言葉にできない美しさと騒がしさをその場に作り出す。
ただ美しいだけではない、混沌としていて滅茶苦茶で、力強くて。
この世のものとは思えぬその光景に、善右衛門達は盃を傾けながら目を奪われる。
……そうやってその光景を見ていると、本当にここはこの世では無いのではないかと、夢幻の中に居るのではないかとそんなことを思ってしまうが……善右衛門の右肩と左肩にはそれぞれ確かな温もりが身を預けてきていて……その温もりが、確かな実感を与えてくる。
これは夢幻などではない、確かにここにある光景で、これから善右衛門が身を置く世界の光景なのだ。
これからはこの光景を守って、この光景を作り出す妖怪達を守って、妖怪達に……これから産まれるだろう自分の子供達に、新たな未来と道筋を示していかなければならない。
それは腹の奥底にずんと響いてくるような重責であったが……それでも善右衛門は怯むことなく、盃に注がれた酒と一緒にその重さを呑み込んでいく。
苦く喉を焼くその一口に、善右衛門が厳しい表情を浮かべていると、けぇ子とこまがその様子に気が付いて、柔らかな声をかけてくる。
「大丈夫ですよ、私達もいますから」
「皆で一緒に乗り越えていきましょう」
まるで善右衛門が何を考えているのか、何を思って酒を飲んだのか見通しているかのようなその言葉に、善右衛門は苦い顔をしながらこくりと頷く。
どうやらこの二人に嘘をつくことは出来ないようだ。
そう思っての善右衛門の苦い顔に、二人はくすりと笑い声を上げて、笑みを浮かべる。
それから善右衛門達は三人で、寄り添い合いながら式を楽しんだ。
無何有宿の皆が、精一杯に祝ってくれようと、精一杯に楽しませてくれようとする式を、存分なまでに楽しんで、心ゆくまでに笑い合って。
……そうしているうちに遊教も、決心がついたのか、それとも諦めたのか、寄り添う娘に真摯な態度を返すようになっていって……式が終わるころには一端の、それなりの夫婦らしい姿を見せるようになった。
そうして翌日。
善右衛門が住まう奉行屋敷にこまが引っ越してきて、正式に三人での日々が始まりとなった。
善右衛門と、けぇ子と、こまとの三人の新たな家族は冷たい空気が流れ始めた晩秋の中で、その身を寄せ合い、手を取り合い、式で見せた仲睦まじい様子そのままに、日々を過ごしていく。
「ひゃわん! ひゃわわわわん!!」
「うん? どうした八房?
……自分のことを仲間外れにするなと、そう言いたいのか?
今更お前無しの生活など想像出来るものか、神としても、ただの八房としても、変わらず屋敷に居続けて貰わなければ困る」
庭を望む縁側に腰掛けながら善右衛門がそう声をかけると、その側でくるくると駆け回りながら声を上げていた八房が、ほっとしたのか安堵のため息を吐き出す。
そうして八房は、善右衛門の脚の上へとあがり、その場でくるくると器用に身体を回しながらそこを寝床であると定めて、ゆっくりと丸くなり、大きなあくびをして……そうしてからそのまま、善右衛門の困った顔を無視したまま、暖かな、晩秋の寒さを思わせない暖かな眠りにつくのだった。
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