第64話 遊教の帰還



 善右衛門達が鬼が居るかもと、ちょっとした騒ぎを起こしてしまってから十日が過ぎた日の早朝。


 背負子にいくつもの荷物をこれでもかと載せた遊教が、「ぜぇはぁ」と息を切らしながら、えっちらおっちらと街道を歩いている。


 細長かったり、四角かったり、丸かったり、平べったかったり。

 様々な形をした山のように積み込まれた荷物達は、遊教が脚を上げる度に右へ左へと揺れていて……そうすることで遊教の肩や背の骨をぎしぎしと鳴らし、痛めつけていた。


 そうまでして一体何を持って来たのか、なんともしんどそうな顔をしながら歩く遊教が、どうにかこうにかといった様子で宿場町の端の端に辿り着くと……遊教が予想もしていなかったま光景が視界に飛び込んでくる。


 以前に見た狸耳や狐耳の町人だけでなく、熊耳、猪耳、みみずく耳をした連中が町中を闊歩しており……何処か怯えた様子ながらも、まるでそこにいるのが当たり前かのような落ち着いた態度を見せていたのだ。


(……なんだぁ? この短期間にまた町民が増えるような何かがあったのか?)


 と、そんなことを考えながら遊教が足を踏み出そうとすると、遊教の存在に気付いたらしい熊耳の大男が遊教の下へと駆け寄ってくる。


「どうしたどうした、そんな大荷物担いで……って、うん? なんだい? あんた人間かい?

 ……あー、もしかして善右衛門様のお知り合い様か何かかい?」


 駆け寄ってくるなり首をぐいと傾げて、そんなことを言ってくる大男に「そうだ」と遊教が頷いてみせると、大男は髭に覆われたその顔をくしゃりと崩し、大きな笑顔を作り出す。


「おお、やっぱりそうか!

 そういうことなら……おーーい、皆ぁ、善右衛門様のお客様がいらしたぞぉ!!

 大荷物をお持ちのようだから、手漉きの者は手を貸してさしあげろぉ!!」


 大男が上げたそんな大声を耳にするなり、周囲の町民達が物凄い勢いで遊教の下へと駆け寄って来て……遊教が担いでいた荷物達を「儂が持ちまさぁ」「わいにまかせてくだせぇ」と、そんなことを言いながら背負子から下ろし、その両手でしっかりと抱え込んでくれる。


 そうして背負子の荷物が綺麗に無くなったのを見て、最初に声をかけて来た熊耳大男は「それならおいはこっちだ」と、そんなことを言いながら遊教の体を軽々と背負ってみせて、


「善右衛門様~、お客様ですよ~、善右衛門様ぁ~~」


 と、そんな大声を上げながら、のっしのっしと街道を歩き始める。


 遊教を背負った大男の後には、荷物を抱えた連中がなんとも行儀よく続いていて……その様子を見て(ちょっとした大名行列だな)と、そんなことを考えた遊教は小さな笑い声を漏らす。


 小さく笑って大きなため息を履いて、そうしてどうにか息を整えた遊教が、


「あ~~、お前さんは熊の妖怪だろう?

 いつからこの町にいるんだ? 以前に来た時は見かけなかったが」


 と、そう尋ねると、大男は熊耳をくいくいと動かしながら言葉を返す。


「おい達は山に居るのが怖くなっちまった者達でして、この町でこうして匿って貰ってるんでさ。

 善右衛門様もけぇ子様もこま様も、遠慮することなく好きなだけ居て良いとそう言ってくださいまして……そこらに仕掛けられた鬼祓いのおかげもあって、人心地つかせて貰ってまさぁ」


 そんな大男の言葉に、遊教は顔をこれでもかと顰めながらその首をくいと捻る。


(鬼祓いぃ? ……拙僧が以前仕掛けたあれのことかぁ?

 今時分に鬼もへちまも無いだろうと思いながらも、狐の女子達が是非にして欲しいと言うから仕方なしに施してやったあれのことかぁ?)


 首を捻ったままそんなことを考えて……まさかと思いながらも遊教は、その『まさか』を言葉にする。


「まさかまさか……お主らが住んでいた山に鬼が出たってぇのか?」


「……いえね、はっきりと鬼の姿が確認されたって訳じゃぁねぇんですが……善右衛門様がそれらしい足跡を見かけたそうでして……。

 その上、その足跡の持ち主は殺生石を飲み込んだかもしれねぇとかで……そんな話を聞いちまったおい達はもう、恐ろしくて恐ろしくて仕方なくて、山にいられなくなったんでさぁ」


「おいおいおいおい……鬼に殺生石とはまた随分と物騒な話じゃねぇか。

 ……詳しい話を聞かせてもらえるかい?」


「ん~~~、おいなんかよりも、直接善右衛門様に聞いた方が早いと思いますぜ?

 もうすぐそこという所まで来ましたし、この時間であればお在宅でしょうや」


 そう言って熊耳大男はくいと顎を動かし……前方に見える残す所あと数十歩というところまで来た奉行屋敷を指し示す。


 そうしてずんずんと屋敷の前まで足を進めた大男は、遊教を地面へとそっと下ろしてから、


「善右衛門様~、お客様ですよ~、善右衛門様ぁ~~」


 と、先程上げたような大声を、もう一度繰り返すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る