第65話 名刀


 熊の声に呼び出された善右衛門は、玄関を出るなりその光景から大体の事情を察し、まず遊教とその荷物を持ってきてくれた者達に礼を言ってから、渋々といった様子で遊教を屋敷の中に招き入れる。


 そうして居間で遊教と向かい合うようにして座りながら、不在の間の出来事を遊教に語り聞かせていく善右衛門。


 けぇ子の出してくれた柿の葉茶を、一切の遠慮なくがぶがぶと飲みながら話を聞き終えた遊教は、なんとも言えない渋い表情となって口を開く。


「鬼……鬼ねぇ。

 今時分に鬼ねぇ~~~、拙僧は居ねぇと思うがなぁ~」


 首を右へ左へと傾げながらそう言う遊教に、善右衛門は小さく頷いてから言葉を返す。


「俺も鬼に居て欲しいと思っている訳ではないからな、居ないのであればそれはそれで構わない。

 ただし、もし鬼が居たとしたら、もし殺生石を手に入れてしまったらどうなるのだろうかと、そういう話だったのだ。

 それが思わぬ大きな騒動を引き起こしてしまう結果となってしまったが……遊教、お前は専門家の端くれのような存在だとかなんとか、そんなようなことを言っていたな……専門家としてどう思う?」


 善右衛門にそう言われて、口をへの字に曲げた遊教は、深いため息を吐いてから考え込んで……ゆっくりと口を開く。


「おめぇなぁ、もうちょっと言い方ってもんがあんだろうよ?

 ……まぁ、あれだな、話を聞く限り持ってかれた殺生石ってのはあくまで一部、ほんの欠片でしかないだろうな。

 そこまで大きく欠けていたら流石にお前が気付くはずだし、手のひらくらいの大きさが関の山だろう。

 で、だ。その大部分が厠神の腹の中で浄化されちまっている今、そんな欠片なんて持ってても正直どうにもならんだろうと拙僧は思うねぇ。

 仮に鬼が生き残っていたとしても、一匹二匹程度であれば拙僧だけでどうにでも出来るだろうしなぁ」


 そんな遊教の言葉を聞いて、善右衛門の隣のけぇ子が驚きの表情を見せると、それを見た遊教が笑いながら言葉を続ける。


「鬼が恐ろしかったのはその凶暴性もそうだが、そのしぶとさとあっという間に増えやがる繁殖力に理由があった……が、それはあくまで平安京の時代の話、今やそんなもん何の役にも立たねぇよ。

 拙僧を始めとした信心者達の人数は当時とは比べ物にならねぇくらい増えているし、その腕にしたって別格も別格、天と地ほどの差があらぁ。

 武士にしたって種子島を始めとした新たな武器や新たな戦法、軍法を開発しているしなぁ……今更鬼が出ても、よほどの大群だとか酒天童子でも出てこねぇ限りは負けはしねぇだろうよ。

 ……時代が進めばそれだけ人は強くなる。もう鬼に怯えていたあの頃とは違うって訳だ。

 その証拠にほれ、今の人の世はこんなことまで出来ちまうんだから驚きだよなぁ」


 そう言って遊教は、居間の隅に置いていた荷物の山へと手を伸ばし、そこから細長い木箱を取って善右衛門の方へと放り投げる。


 見た目以上に重いそれをしっかりと受け止めた善右衛門が、一体何だこれはと訝しがっていると、遊教が仕草でもって「開けてみろ」と、そう伝えてくる。


 そうして善右衛門が、渋々といった様子でその木箱を開封すると……その中には真っ赤に染め付けられた鉄鞘に収められた大太刀の姿がある。


 その太刀の姿を見て、善右衛門が「これは何だ」と訝しがり、けぇ子が「まさかこれはっ」と目をまん丸くする中、遊教は両手をばっと広げての芝居がかった口調で、それが何であるかの説明をし始める。


「かつての坂上田村麻呂がその妻である鈴鹿姫と共に鍛え上げた名刀『血吸い』。

 後に源頼光が手にし、酒天童子の首を切ったことから童子切、鬼斬丸と呼ばれた伝説の名刀……刀の中の刀、鬼退治となればこれがあれば怖いもんなしとも言って良い一振りの……模造品でござぁい」


 模造品と聞いてけぇ子ががっくりと項垂れる中、そう来ると思っていたと呆れる善右衛門が低い声を漏らす。


「……模造品をそんな自慢気に紹介されてもな」


「おぉっと善右衛門! 模造品と侮るんじゃねぇぞ!

 確かに本物じゃぁねぇが、材料も作り方も全くの一緒、名だたる名工と神職が力を合わせて作った本物同然の力を持った大業物よ!

 こういった代物を量産できちまう辺りが、時を重ねた人の恐ろしいところよなぁ。

 ……おぉっと、量産された模造品とは言え、それ一振りで大屋敷が二、三は建つからな、大事にしろよ」


 そこまで言われて善右衛門はようやく、その刀が以前砕かれてしまった刀の弁済品であることに気付く。


 善右衛門も武士の端くれ、まさかそれ程の名刀を手にできるのかと小さく震えて……そうして震えた手で鞘を掴み、収められた刀をすぅっと引き抜く。


 反りが高く、乱れの少ない刃紋、見ているだけでその切れ味が伝わってくるような、鋭さと冷たさを讃えるその姿に、善右衛門が息を呑んでいると、遊教がにやりと笑みを浮かべて、大きな声を上げる。


「どうでぇ、どうでぇ、善右衛門!

 驚かせてやるって言ったろう? 腰を抜かしてやるって言ったろう? 

 お前ぇなんかにゃ不釣り合いな、天下も取れる名刀様よぉ! 大事にしやがれぇ!!」


 そう言ってげたげたと笑う遊教を見やった善右衛門は……遊教に見せる態度としては珍しく、本当に珍しく素直に頭を下げて、


「感謝するぞ、遊教」


 との一言を口にするのだった。

 

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