第38話 演劇

 左手で笹の葉包みを抱えて、右手でしっかりと善右衛門の手を握り、その手を笑顔で引っ張り駆けるけぇ子と共に階段を駆け上がり、神社の境内へと到着した善右衛門は、そこに広がっていた光景に驚愕することになる。


 先程の町中で見た光景も夢幻かと思うが如くであったが、境内に広がっていた光景はその比では無かったのだ。


 綺羅びやかに着飾った老若男女の姿をした妖怪の客達を少しでも楽しませようと、狸達と銀狐達が懸命に妖術の限りを尽くしていて、それを見た善右衛門は、


(……なるほど、浦島太郎は竜宮城でこんな光景を見たのかもな)


 と、そんなことを思う。


 狸達は木の葉を舞わせ、花びらを舞わせ、時には糸や反物、折り紙、灯籠などを舞わせていて……銀狐達は色とりどり、形様々な炎を舞わせ、ただ炎を舞わせるだけでなく、炎の熱でもって何某かの金属を変形させて像を作ってみたり、あるいは木の板に焼印を押すが如く、表面だけど上手に焦がして絵を描いてみたりと、人の技では到底不可能な光景を作り出していて……そんな光景に善右衛門は言葉を失ってしまう。


 そんな善右衛門の様子に気付いているのかいないのか、けぇ子はぐいぐいと善右衛門を引っ張り、境内の奥……屋台が建ち並ぶ一画へと歩いていく。


 そこには屋台……と言うには少しばかり立派な、最早店舗を言って差し支えのない店構えがいくつも並んでいて、そこで狸や狐達がやれ焼き魚だ、焼き菓子だのといった品々で商いをしていた。


 焼き菓子の屋台からは甘い花の香が漂って来ていて……なるほど、はちみつ菓子かと頷いた善右衛門は、すっかりと空になっていた腹をぐうと鳴らす。


 するとけぇ子はくすりと小さく笑って、屋台の方へと向かい、屋台に並ぶ品々をあれやこれやと購入していく。


 善右衛門の手を引くのを止めて、両手いっぱいに屋台の料理達を包んだ葉包みを抱えたけぇ子は、そのまま神社の裏手へと向かって歩いていく。


 一体何処に向かっているのだと首を傾げつつ、けぇ子の後を追いかけた善右衛門は、その先で先程よりも大きく……かなり大きく驚愕することになる。


 広く大きな木造の舞台に、舞台の前に広く敷かれた茣蓙に、その上に並んだいくつもの座布団、とそんな光景がそこに広がっていたのだ。


 それはまるで歌舞伎か何かの舞台のようで……そんな舞台の上では、何かの演目を演じている……着飾ったこまと、何匹かの銀狐と狐の面をした権太達と、堂々とした態度服装の男の姿がある。


 その男は何かの紙を銀狐の一匹から受け取り、その紙に書かれた文字を高らかに読み上げ、そしてその紙を高く掲げたかと思ったらばらばらに破り捨ててしまう。


 その様子を見て……こまと男が放つ台詞を聞いて、その演劇が何かに思い当たった善右衛門は、途端に顔色を悪くし驚愕し、両手をわなわなとさせながらも何とも言えなくなり……口をぱくぱくと開けたり閉じたりとさせて、その驚愕っぷりを全身でもって表現し始める。


 そんな善右衛門の様子を見たけぇ子は、なんとも言えない笑みを浮かべながら口を開く。


「あ、やっぱり分かっちゃいました?

 あちらは演目『暖才善右衛門』となっています!

 こまさんが私の役、銀狐達があの狐達の役、銀狐一番の色男が善右衛門様役を演じているんです!!」


「……い、一体あれは何の真似だ、何の嫌がらせだ」


「いえいえ! 嫌がらせだなんてとんでもない!

 あちらの演劇は、この神社に祀られた神様たっての希望で開かれたもの!

 決してそんな、嫌がらせだとかそういう類のものではありませんよ!」


「……祀られた神? それはまさか……八房のことか?」


「はい!

 八房ちゃんが、自分がここに来る前の善右衛門様の活躍を知りたいと言うものですから、これはもうやるしかないなとなりまして!

 ほら、あそこの最前列にある特等席の八房ちゃんを見てくださいな」


 けぇ子にそう促されて、善右衛門が客席の最前列へと視線をやるとそこには何枚にも重ねられた座布団の上に座しながら激しく尻尾を振る八房の姿があり……それを見た善右衛門は大きな溜め息を吐き出す。


「うふふ。

 何しろ神様のご希望ですから、やらないわけにはいきません。

 ささ、善右衛門様、私達も席について、こちらの料理達とおむすびを楽しみながら、観劇するとしましょう!!」


「ま、待て。

 まさか俺にこの劇を見ろと言うのか!?

 自分で自分の劇を!? ご、拷問だぞ、それは!?」


 と、そんな悲鳴のような善右衛門の抗議をさらりと受け流したけぇ子は、二人分の席を確保しそこに料理達を置いてから、善右衛門の下へと駆けて来て……なんとか逃げ出そうと必死の抵抗を見せる善右衛門をがしりと捕まえて、半ば無理矢理に席へと引っ張っていくのだった。


 

 

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