第37話 祭りが始まる

 そうして祭り当日。


 日が昇り朝となったその瞬間、待っていましたとばかりに何処からかぽんぽこぽこぽこと祭囃子が響いてくる。


 その祭囃子に誘われたのか、二つ三つと祭囃子が増えていって……そうして町全体が賑やかになっていく様子に負けて、見ていた夢から覚めて目を開ける善右衛門。


 あくびを噛み殺しながら体を起こしてみると、枕元には青生地に白い雪華模様の描かれた着流しが畳んであり……その着流しを手にした善右衛門は、苦笑しながら着替えて、寝床を出て井戸へと向かい、顔を洗って髭を剃って……と身だしなみを整えてから居間へと向かう。


 すると居間には落ち葉に積もる早冬の雪を表現しているかのような紅葉と雪華を重ねた模様の着物をその身にまとったけぇ子の姿があった。


 座布団の上に綺麗に脚を畳んで座り、その膝の上に握り飯でも入っているのか笹の葉の包みを乗せたけぇ子は、善右衛門を見るなりにっこりと微笑んで一言。


「善右衛門様! お祭りですよ!」


 と、そう言ってすっくと立ち上がる。


「……もう行くのか?

 朝餉もまだだというのに」


「朝餉どころか今日は夕餉だって用意しませんよ。

 今日はこのおむすびと屋台の料理を食べる日なんですから、そんな無粋なことをするわけないじゃないですか!

 さぁさぁ、祭りへと繰り出しましょう」


 ふっさふっさと尻尾を振りながらそう言うけぇ子に、 善右衛門は苦笑しながらも頷いて、二人揃って屋敷を出る。


 すると昨日の段階でもかなり賑やかだった町が、祭り本番となり一層に賑やかになった様子を見せて来て……その様子を見るなり、気持ちが盛り上がってしまったらしいけぇ子が祭囃子の中へと駆けて行ってしまう。


 駆けて行って、そうしてすぐに駆け戻って来て、善右衛門の手を握ってまた駆け始めるけぇ子。


 そんなけぇ子に引っ張られながら善右衛門は、なんとも賑やかな町の様子に視線を巡らせる。


 道端で狸姿の男衆が丸々と膨らませた自らの腹をぽんぽこと叩いて祭囃子を奏でる傍らでは、別の狸が何処から集めて来たらしい花びらを放り投げて周囲へと舞い飛ばせていて……妖術がそうさせているのか、舞い飛ぶ花びらは地面に落ちること無く辺り一帯を覆い尽くすかのように舞い飛んでいく。


 そうかと思えば道の反対側では銀狐達が狐火を放っていて……放たれた狐火が龍を模した姿に変化して、そうして作り出した龍型の狐火を、まるで龍が天へと昇るが如く、空へと向かって放って、その龍が放つ熱を受けて周囲を待っていた花びらが、ふわりと浮かび上がり龍の後を追いかけて行く。


 その様子を見た狸達は銀狐達に負けてはおれぬと、今度は種を道にばらまき、その種を妖術でもって芽吹かせ道に様々な色とりどりな花を咲かせて……それを見た銀狐達は狸達には負けてはおれぬと、狐火の色を変え形を変えて色とりどりの火で描いた風景を作り出していく。


 そうした光景を見て、まるで夢幻のようだと息を呑む善右衛門。


 息を呑み感嘆した善右衛門が更に町の中へと視線を巡らせていると、ふとした違和感が善右衛門を包み込む。


 狸と狐が披露する芸を見るためか、町の中には多くの人々の姿があり……どう見ても、どう考えても人の数が多すぎるのだ。


 町で暮らす狸と銀狐を足した数よりも多いであろうその数に、これは一体何事だと訝しがった善右衛門が、町のそこかしこに居る人々の姿をよく見てみると、その頭には熊のような耳、猪のような耳、みみずくのような耳が乗っかっており……そのことに気付いた善右衛門は、


「けぇ子、少し待ってくれ!」


 と、大きな声を上げてその場に立ち止まる。


 そんな善右衛門の顔を……ひどく訝しがる様子を見たけぇ子は、小首を傾げながら声をかけてくる。


「善右衛門様、どうかしましたか?」


「……どうしたもこうしたも、この有様は一体何事だ。

 全く見覚えのない……恐らくは妖怪であろう連中が大勢町の中に紛れ込んでいるぞ」


「えぇ、そうですよ?

 今日は善右衛門様もご存知の、山の目の皆さんがいらっしゃっていますね。

 ……何しろ今日はお祭りですから、他所からお客さんが来るのは当然のことじゃないですか。

 これだけの準備をして飾り付けをして、祭囃子の練習までして……お客さんが来るからこそ皆はそこまで張り切っていたんですよ」


 そんなけぇ子の言葉に、寝耳に水だぞと善右衛門が顔をしかめていると、そんな善右衛門の顔を見たけぇ子はくすりと笑い、握っていた善右衛門の手を強く引く。


「山の目の皆さんは良い人……いえ、良い妖怪ばかりなのでご心配なく!

 そんなことよりも善右衛門様、早く神社の方へ行きましょう!

 町の中の出し物は前座が良い所……祭りの本尊は神社の境内に行かないことには始まりませんよ!」


 そう言って善右衛門に有無を言わせること無く駆け出してしまうけぇ子。


 そうして善右衛門は、思いもよらぬけぇ子の怪力に引っ張られながら、不承不承神社へと……祭りの本尊へと向かうことになったのだった。


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