第35話 決着


「えぇっと……善右衛門様、八房ちゃん、それは一体どういう事なんですか……?」


 八房の背で戦闘態勢を取ったままそう言うけぇ子に、まず善右衛門が言葉を返す。


「どうもこうも無い。

 その男、吉兵衛は白洲の場で自らのしたことを……その罪を認めていたのだから無実であるはずが無いだろう。

 この男は白洲の場で被害者、遺族を前にして罪を認め……認めた上で、自らには金の力があるから無罪放免となると、貧乏人如きがぎゃぁぎゃぁ騒ぐなと、そう言ってのけたのだ。

 ……いざ、沙汰を下された際には、発狂したかのように自らは無実だと叫んでいたが……まさかあれは本気で言っていたのか……?」


 そう言って眉を顰める善右衛門に続いて、八房が口を開く。


『真神として断言しますが、その顔をした吉兵衛という男が許しがたい、いくつもの罪を犯したというのは事実ですよ。

 ……そして善右衛門様の裁きが正しかったというのもまた事実です。

 善右衛門様がこれまで行ってきた裁きのうち、罪なきものを裁いたことは一度もありません。

 有罪無罪どの沙汰も全て正しく……そんな善右衛門様の沙汰に問題があるとすれば、情に流されてしまって、軽すぎる罰を下してしまった事が何度かあったことになりますね。

 まぁ、いずれの件も犯人が深く反省し、更生しているので結果良ければなんとやらですが』


 そんな八房の、善悪を司る真神の言葉に、吉兵衛の姿をした狐が、けぇ子とこまが……そして善右衛門が、それぞれに驚愕の表情を浮かべる。


 狐は驚愕しながら困惑し、けぇ子とこまは驚愕しながら嬉しそうな顔をし―――そして善右衛門は驚愕しながら、誰よりも強く驚愕しながら……そうして深く深く、涙が出てしまう程に安堵する。


 善右衛門が今までの人生で下して来たいくつもの沙汰。

 その中には果たして本当にこの沙汰で良いのか、見落とし見逃しがあるのではないのかと苦悩しながら下した……正しい沙汰だったとは言い切れないものが数えきれない程存在していた。


 無論、善右衛門は出来うる限りの力を尽くして沙汰に挑んできたのだが……所詮は人の身、出来ることには限度がある。


 このことは善右衛門を生涯……いや、死して尚、地獄まで縛り続けるであろう咎と苦悩の枷であったのだが……それが今、神の力によって解き放たれたのだ。


 普段は感情を見せない善右衛門が滂沱の如く涙を流してしまうのも当然のことであった。


 そんな中、吉兵衛に化けた狐が困惑しながら、狼狽えながら声を上げる。


「ば、馬鹿な!?

 この男の記憶は確かに……確かに無実だと言っていた!

 一切の罪など犯しておらず、自らは冤罪で裁かれたのだと……確かにそう言っていたのに!!」


『……それは恐らく、その男の記憶の中でだけのことなのでしょう。

 筆舌に尽くしがたい罪を犯した愚かな男、金の力で何もかもが自由になると思い込んでいた哀れな男。

 善右衛門様に裁かれ、獄門の罰を下されて……善右衛門様が先程言ったように発狂してしまったのでしょうね。

 そうして刑を待つ間、自らは無実だと、一切の罪など犯していないとそう思い込んでしまったのでしょう』


 狼狽する狐に躙り寄りながらそんな言葉を返す八房。

 そうして八房は、慌てて駆けて逃げ出そうとする男へと飛びつき、その頭を咥え込み、男に化けた狐から光る何かを吸い上げ始める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 暗闇の中に響き渡る狐の悲鳴。


 それで決着になったと、そう判断したのだろう。

 けぇ子とこまは戦闘態勢を解き、八房の背から降りて暗闇の中に立つ。


 そんなけぇ子達を見て、涙を止め、流れていた涙を拭いきった善右衛門が言葉をかける。


「……あれは一体、八房は一体何をしているのだ?

 他の狐にも似たようなことをしていたようだが……」


 善右衛門のそんな問いに、なんとも沈痛な表情を浮かべるけぇ子と、こま。

 言葉に詰まり、何も言えなくなってしまったけぇ子に代わって、こまが答えを返す。


「八房様はああやって妖力を吸い上げているのでございます。

 妖力を尽き果てるまで吸われてしまうというのは、わたくし達妖怪にとっての最大最悪の罰、人間で言うところの鋸引きの刑のようなものなのでして……。

 ああやって妖力を全て吸われて、妖怪からただの獣に落ちて……結果、本能のままに生きる獣としてのおのれ姿を、魂だけの……意思だけの存在となって見つめ続けることになってしまうのでございます。

 なんらかの方法で妖力を取り戻せたなら再び妖怪になることもありましょうが……病などで死ぬか、寿命が尽きて死ぬかのどちらかが関の山でございましょうね。

 おのれが本能のままに生きる姿とその有様というのは、わたくし達妖怪にとっては筆舌に尽くしがたい屈辱でございますので……かの狐達の所業を思っても、ただただ哀れで仕方なく、かける言葉もございません」


 それを聞いて「そうか……」と小さく呟く善右衛門。


 結果として大した被害が無かったことを思えば、確かに哀れではあるが……事が神の成す業となれば只人である善右衛門に、妖怪であるけぇ子もこまに、何かを言う資格などは無く、またそれを止める資格などあろうはずが無い。


 ただただ静かに見守り、八房の裁きが終わるのを待つ善右衛門達。


 そうして八房にその妖力を吸われ尽くした狐は、溶けるようにして男の姿を失い、化け狐ではない、ただの狐の姿となって力なくだらりと垂れる。


 すると周囲を覆っていた暗闇が光に洗い流されたかのように消えていって……そうして元の、神社へと向かう階段の光景が取り戻されていく。


 太陽の光が降り注ぎ、風が吹き、木の葉が、虫が鳴く、極々当たり前の夏の光景が広がる階段のあちこちには、八房の涎にまみれ、ぐったりとした狐達の姿があり……そこに口の中の狐をぺいっと投げ捨てる八房。


 そうしてから八房は、


『アォォォォォォン!』


 と、大きな一声を上げて、狐達から吸い上げた光を……妖力を、周囲の大地へと還していく。


 八房の体から光が、妖力が舞い飛んでいくそんな光景の中で、八房の……狼の声を聞いた涎まみれの狐達は、このままここに居ては狼に襲われてしまうと、食われてしまうと本能的に察したのだろう、さっと起き上がりだだっと駆けて山の中へと散り散りに逃げていってしまう。


 狐達のそんな姿を、もう見ることも無いのだろうなと、胸中でそんなことを思いながら見送った善右衛門は……色々な思いを込めての溜め息を、ふぅと一つ吐く。


 

 こうして一つの……善右衛門とけぇ子達を取り巻いてきた一つの事件が終わりを告げたのだった。


 

  ――――第七章 了


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