第33話 事の次第 事の真相 その1
ひびから飛び込んで来た善右衛門の背丈程ある白い影の背中には、二つの毛玉の姿があり……その毛玉達は、善右衛門の姿を見つけるなり、わっと善右衛門の下へと飛び込んでくる。
善右衛門がその毛玉達を受け止め、抱きとめてやると毛玉達は善右衛門の体をぺたぺたと触りながら思い思いの声を上げ始める。
「善右衛門様! 善右衛門様!
ご無事ですか、お怪我していませんか、お腹空いてませんかー!!」
「善右衛門様! お心確かですか? 乱れておりませんか?」
狸の姿で狐の姿でそう言うけぇ子とこまの顔を見て、善右衛門は「大丈夫だ」と言いながら二人の頭と背を撫でてやり、落ち着かせる。
そうしてけぇ子達が落ち着いたのを見てから、善右衛門は白い影へと視線をやり、声をかける。
「そうすると……お前は八房か?
また随分と大きくなったものだな」
善右衛門のそんな言葉に対し、白く大きく凛々しく、それでいて何処か優しげな巨体の白狼……八房が声を返す。
「はぅわん!!」
「……なんというか、大きくなっても八房は八房だなぁ。
鳴き方が小さい頃のそれと全く同じではないか。
……狼ならばもうすこし凛々しく吠えるべきだろうに」
「……ふぅわん!!」
「まぁ、その方が八房らしいとも言えるな」
と、そんな風に八房といくつか言葉を交わした善右衛門は、僅かにだが緩んでいた顔を引き締め、胸元のけぇ子達に声をかける。
「で……一体、何がどうしてどうなったのだ?
この空間のことと言い、八房のことと言い、訳が分からぬことばかりだ」
善右衛門にそう問われて、けぇ子とこまは目を見合わせ何かを小言で話し合い……そうしてけぇ子が口を開く。
「では、私の方からお話させていただきますね。
と、言っても私達にも分からないことが多いのですけど……えぇっとまず、この事態を引き起こしたのは件の狐達です。
狐達の目的は九尾の狐の復活であり……これまでの事件の全てはその為に引き起こしていたもの、なんだそうです。
……と、言うわけで八房ちゃん、やっちゃってください」
けぇ子がそう言うと八房は大きく頷いて空間の中を駆け回り、空間の中……暗闇の中に隠れていたらしい狐達を次々と口に咥えて振り回し、振り回しながら狐達から何か薄い光のようなものを吸い上げて……吸い上げ終えた狐をそこらにぺいと投げ捨てていく。
断末魔のような狐達の悲鳴の響き渡るそんな光景を、冷たい目で見やりながら言葉を続けるけぇ子。
「これまでの事件の全ては九尾の狐の復活の為なんだそうで……じゃぁ、どうして私達の住処を奪おうとするなどの所業が九尾の狐の復活に繋がるかというと……その答えの鍵は、善右衛門様と八房ちゃん―――いえ、真神様にあるんだそうです」
真神。
またの名を『おいぬ様』
古来より聖獣として崇められた白狼の姿をしたその神は、人語を理解し、人の心根を嗅ぎ分ける力を持ち、正しき心を愛し、悪しき心を罰する神である。
その美しき姿と、正義と人を愛すその在り方から、各地で信仰されている真神は、この宿場町でも信仰されていて、そうして建立されたのが山上の真神神社なのだそうだ。
「と、言っても八房ちゃんは真神様の分霊なので、真神様そのものでは無いのですけど……。
あ、分霊というのはですね……真神様自体は他所にいらっしゃって、ここに居るのはその分身と言いますか……。
あ、真神様そのものでは無く、その子供みたいなものだと思って頂ければ、きっと大体合っていると思います」
そんな真神の子供を……八房を利用しようとしたのが目の前で八房の涎まみれになっている狐達だった。
建立したばかりの神社に分祀された、まだまだ未熟で子供だった八房。
狐達はそんな八房の力を奪ってやろうと、利用してやろうと考えて……まずは宿場町に化けて出て、殺生石の力を使いながら、宿場町に混乱を起こし災害を起こしたんだそうだ。
それらの事態に対処する為、八房が神社から離れたのを見計らって、殺生石の力でもって真神神社に八房の力を削り取る呪いの陣まで敷くという周到さまで見せた狐達。
そうやって八房の力を少しずつ少しずつ奪いながら、町の中でも騒動を起こし続けた狐達は……宿場町が滅び、人がそこに住まなくなるまで騒動を起こし続けて……八房から力の源である、正義と信仰を奪い取ることに成功した。
そうして後少し、ほんの後少しで八房を完全に零落させて、九尾の狐復活の儀式の贄に出来る……という所まで追い詰めた狐達だったが、そんな時に江戸の町奉行、暖才善右衛門がやってくるという話が飛び込んで来た。
名奉行と噂に名高く、自らの正義を貫く為に切腹すら厭わなかった暖才善右衛門。
そんな正義の塊のような輩が此処に来てしまっては、真神が……八房が再び力を取り戻してしまう。
いや、むしろ以前よりも強い力を持ってしまうかもしれない。
そんな事態に狐達は慌てふためいて事態に対処しようとしてあれこれと仕掛けを打った……のだが、善右衛門はそれら全てを躱し、ついには宿場町にたどり着いてしまった。
「……いや、待て、仕掛けとは一体何の話だ。
そんなことをされた覚えなど全く無いぞ」
「なんかここまでの道中で、お金やお酒に溺れさせようとしたり、美女に溺れさせようとしたりと……あれこれと画策していたそうですよ? 狐達。
ですが、善右衛門様はそれら全てを跳ね除けちゃったみたいで……っていうか、善右衛門様は、それらが仕掛けだと気付いてすらいなかったんですね」
そう言われて善右衛門は、
(そう言えば道中でやたらと変な女や、変な商人に絡まれたな)
なんてことを思い出す。
時には奇声を上げながら襲撃してくるような者まで居て……善右衛門はそれら全てを、狐達の仕業だと気付かないまま、深い考えも無いまま撃退し続けていたのだった。
「兎に角、そうやって善右衛門様は山の目がある所までたどり着いちゃって、直接手を下すのが難しくなっちゃって……それで狐達は、せめて善右衛門様から『正義』を奪ってやろうと、そう考えたみたいですね。
まず事件を起こし、そうして善右衛門様に誤った沙汰を下させて、奉行失格の烙印を押して、善右衛門様に自らは悪なのだと自覚させて正義を奪う……。
……それにしては、まー随分とお粗末な事件ばかりでしたけど……とはいえ、ぐずぐずしていたら八房ちゃんが復活しちゃいますから、きっと焦っちゃったんでしょうねー」
そんなけぇ子の言葉を聞いて善右衛門は、狐達が浅はかで、愚かなおかげで助かったなと、そんな溜め息を吐き出すのだった。
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