第30話 そして……


「ひゃわん!」


 と、元気に鳴く八房を抱きかかえて神社へと向かう善右衛門。

 街道を真っ直ぐに進み山の方へと向かい、山の斜面を昇る石階段を見上げて……そうして石階段の一段一段を踏みしめていく。


「全くお前は……一体何者なんだ?

 普通の狼かと思えばそうでもなし、妖怪かと思えばそうでもなし。

 けぇ子達が言うにはお前は全く微塵も妖力を持ってないそうだからなぁ……」


 階段を上りながらそんなことを言う善右衛門が八房の頬をそっと撫でてやると、八房は目を細め、真っ白い身体をぶるると震わせ、


「ひゃうひゃうひゃうひゃう……」


 と、鳴いて……善右衛門に抱きかかえられているのが気持ち良いのか、撫でられているのが気持ち良いのか、そのまますやすやと眠り始めてしまう。


 そんな八房を見て薄っすらと微笑んだ善右衛門は、神社へと向かう為に足を進めて……そうして石階段の半ば辺りに来た所で、何かの……何とも言えない気配を感じて足を止める。


「……何者だ」


 何かが近くに居るとの確信があった訳ではない。


 しかし善右衛門の勘は、善右衛門の感覚は『何かが居る、備えろ』と五月蝿い程に唸り声を上げていて……自らの勘と感覚を信じた善右衛門は、そっと八房を石階段の上に下ろし、寝かせ……腰に下げた刀を抜き放って、その気配を感じる方向へ、石階段の上へと足を進めて行く。


 そうして何段か石階段を上った折、何処からか何者か達の声が響いてくる。


『これ以上させるものか』


『おのれ人間如きが我らの邪魔ばかりしおって』


『あれの血肉を手に入れなければ九尾様が……』


『これ以上あやつの穢れを拭われてたまるものか』


『ようやくあそこまで零落させたというのに』


 なんとも不快に響くその声達に対し善右衛門は、刀を構えながらわざとらしい嘲笑をその顔に浮かべて大声を張り上げる。


「またお前達か!

 狐風情がよくも吠えたものだ! 

 こそこそと逃げ隠れしてないでかかってこい! 一匹残らず斬り捨ててくれるわ!」


 相手の正体は見えないままだが、事がここに至ってはあの狐達に違いないだろうと断ずる善右衛門。


 そんな確信を持っての善右衛門のその言葉に……何処に居るかも分からない狐達は、ざわつき、その気配を逆立たせて……姿も見えないものの見事に苛立っているだろうことが、手に取るかのように善右衛門に伝わってくる。


(挑発は上手くいったようだが……さて、どうしたものか。

 あれだけの大声を張り上げればけぇ子達にも届いたはずだが……けぇ子達が来るまで、時を稼ぐか……?)


 と、善右衛門がそんなことを考えていると、なんとも言い表せぬ不快な空気が何処からか漂ってくる。


 前か、後ろか、左か、右か。

 その気配の正体を、位置を探るべく、刀をしっかりと構えたまま視線を激しく動かす善右衛門。


 しかし何処にも何も見当たらず……見当たらないまま、気配の主を見つけられないまま不快な空気が、気配が大きくなっていって……そんな折、善右衛門の後方から鋭い吠え声が響いてくる。


「ひゃわーーーーん!!」


 眠っていたはずの八房のなんとも言えない……悲痛とも取れる吠え声。


 それを受けて善右衛門はようやく不快な気配が、空気が何処から漂って来ているかに気付く。


 それは善右衛門の足元からだった。


 善右衛門の足元の石階段が真っ黒に染まってしまっていて、どうやらそれが気配の主であったようだ。


 ……いや、石階段が染まっているというよりも、善右衛門の周囲に黒い大穴が広がっていると表現すべきだろうか。


 そんな黒い何かは、ぐぱりと大きな裂け目を作り出し、その裂け目でもって善右衛門を……口でそうするかの如く丸呑みにしようとし始める。


 黒い何かを手にした刀で斬って、突いてなんとかしようとする善右衛門だったが、全く手応えは無く、そのままずずずと黒い何かに飲み込まれていく。


「ひゃわん!!」


 鋭く吠えてそんな状態の善右衛門の下へと駆け寄ろうとする八房に、善右衛門は、


「来るな! お前はけぇ子の下へ行け!」


 とだけ叫び返し……そうして黒い何かの中にその全身を飲み込まれてしまうのだった。


  ――――第六章 了


 

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