第29話 華やかに飾り立てられた町の中で



 翌日。


 八房を連れての見回りの途中、祭りの準備が始まった町の様子を興味深げに眺めた善右衛門は、


「ふーむ、たったの一日で随分と華やかになったものだ」


 と、思わず呟く。


 町のそこかしこには色とりどりの提灯と、季節の花々模した紙細工で飾り立てられていて……善右衛門がそう呟いてしまうのも仕方のないことだった。


「ひゃわん!」


 との一鳴きで善右衛門に応えた八房は、なんとも楽しげに町の光景を眺めていて……その足取りはとても軽く、今にも踊りだしてしまいそうな程で……右へ左へと駆け回りながら、早く行こう、町の中をもっと見て回ろうと、その仕草でもって善右衛門に訴えかけてくる。


 そんな八房に引っ張られる形で町の中を歩き、町のあちこちへと視線を巡らせた善右衛門は、


(初めてこの町に来た時の姿とは全くの別物だな)


 と、胸中でそんなことを呟く。


 隅々にまで掃除が行き届き、家々の壁や屋根は磨かれて、崩れていた家々は建て直されて……そうして町はなんとも立派な、本来の宿場町の姿を取り戻していたのだ。


(いや、本来の姿と言ってしまうのは誤りかもしれんな)


 そんなことを思う善右衛門の視線の先……路地の奥には、厠神の住まう厠があり、そこには生花を刺した花瓶が飾られていて、酒が供えられていて、賽銭箱としめ縄を構えた一つの神社のような姿となってしまっている。


 妖怪が住み着いただけでなく、あんな物が出来上がってしまった現状を、本来の姿というのは誤りでしかないだろう。


 ……と、善右衛門がそうした考え事をしていると、善右衛門の着物の裾を八房が足でひっかき、引っ張りながら声を上げてくる。


「ひゃわわん! わん!」


 町がこんなにも楽しげに彩られているのに、なんだってそんな考え事などにふけるのだと、そんなことを八房は伝えたいようで……善右衛門は苦笑しながら、八房の方へと視線を落とす。


 するとそこにはその毛を一段と白く染めた……黒と白が半々に入り混じったなんとも言えない斑な格好をしている八房が居て『一緒に遊ぼうよ、一緒に楽しもうよ』と、その顔、声、仕草でもって懸命に伝えてくる。


「まずは見回りだ、遊のぶは見回りが終わった後……というか、祭りが始まるのはまだまだ何日か先、真神神社の仕上げが終わってからだ。

 今からそうして逸っていてもしょうがないだろう」


「ひゃわーーーん! わんわんわん!」


 善右衛門のそんな言葉を受けてか、抗議するかのように声を上げる八房。


 その姿、その声、その鳴き方は全く狼らしくないもので、犬だとしか思えないもので……善右衛門はそれを見て、聞いて思わず、


「ふっ……」


 と、小さな笑いをこぼしてしまう。


「ひゃわん!?」


 まさか犬扱いされた挙げ句、笑われてしまうとは……。


 善右衛門の心無い言動に、その誇りを傷つけられてしまった八房は、善右衛門の草履を噛み、踏ん張ることで、善右衛門の見回りを妨害しようとし始める。


 抗議の意味をたっぷりと込めた八房のそんな妨害行為を受けて……さて、どうしたものかと頭を悩ませる善右衛門。

 

 このまま無理に引きずってしまっても良いが、それはそれで八房を傷つけてしまいそうだと、怒らせてしまいそうだと考えて……そうして善右衛門はしゃがみ込み、皺の寄ってしまった八房の眉間をうりうりと撫でながら口を開く。


「悪かった悪かった。

 お前の誇りを傷つけるつもりは無かったんだ。

 これからはしないように気をつけるから許してくれ」


 そんな善右衛門の謝罪に八房は、しばし悩み考え込んでから……仕方ないなぁという態度を取り、草鞋から口を離す。


 善右衛門がそんな八房の頭を撫でて、撫で回して、存分なまでに撫でまくっていると……道の向こうからたたたっと狸耳の子供が駆けて来て……そして躓いてしまったのか、物凄い勢いでその体勢を崩してしまう。


「危ない!」


 その姿を見るなりそんな一声を上げた善右衛門は、声を上げると同時に地面を蹴り、しゃがんだ体勢から一気に子供の方へと飛び込む。


 ただ子供が転んだだけの事であれば、そこまで大袈裟に騒ぎはしなかったのだが……転んだ子供が倒される先、その先にある地面に、鋭く尖った石の姿を見つけてしまっては、善右衛門としてはそうせざるを得なかったのだ。


 そうして転んだ子供と地面の間に、自らの身体を挟み込んだ善右衛門は、子供を身体をしっかりと抱き支えながら、子供の頭をそっと撫でて言葉をかける。


「大丈夫か?

 駆ける時は躓かぬよう、十分に注意をしたほうが良いぞ」


 狸耳の子供は自分が転んでしまった事と、善右衛門に助けられた事に驚きながら、


「あ、ありがとうございます!」


 と、一言礼を言って……今度は駆けずに、それでも急ぎの用事でもあるのか早足でその場から立ち去っていく。


 そんな子供の背中を見送った善右衛門は立ち上がり……着流しについた土を手で払い、横腹に刺さってしまっていた石を抜き、抜いた石を後で山の中にでも始末しておこうと懐にしまい込む。


 すると、善右衛門の側に駆け寄って来た八房が、


「ひゃわん!」


 と、一鳴きして、善右衛門の脛辺りにその体をこすりつけてくる。


 全く何をしているのかと八房へと視線を落とした善右衛門は……八房の姿を見るなり驚愕し、そのままの体勢で硬直してしまう。


 ほんのつい先程まで黒と白が半々だったはずの八房の体毛の色が、真っ白と言って差し支えない程に白くなってしまっていたのだ。


(八房から目を離したのはほんの一瞬の事だったはずなのだが……まさかその一瞬でここまで毛の色が変わってしまうとは……)


 一晩二晩の時間をかけてゆっくりと変わっていくのならまだしも、いくらなんでもこれは尋常では無いだろうと考えた善右衛門は、兎にも角にもけぇ子達に報告した方が良いだろうと考えて……真っ白い姿となってしまった八房をそっと抱き上げ、真神神社で作業をしているだろうけぇ子達の下へと足を向けるのだった。

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