第28話 平穏なる日々

 権太達が回収してきた髑髏の弔いを終え……そうして夜。


 いつものように善右衛門が、けぇ子とこまと一緒に湯殿の湯に浸かっていると……しゃかかかかっと何者かが駆けてくる足音が、湯殿の外から聞こえてくる。


 その足音の主は脱衣所へと入り込んで来て、そして脱衣所からの戸を一体どうやったのか器用に開けたかと思えば善右衛門達の下へと駆けて来て……そのままの勢いでじゃぼんと湯船の中に飛び込んでくる。


「……八房、やはりお前か」


「ひゃわん!」


 けぇ子達のように湯に浮きながら元気に声を上げる八房と、そんな八房を見やりながら半目になる善右衛門。


 恐らくは隣の大湯殿に居るだろう乳母の下から、隙を見て逃げ出して来てしまったのだろう。


 全く困った奴だと八房に手を伸ばし捕まえて……その身体をわしゃわしゃと撫で回す善右衛門。


 そうして八房のことを撫で回しているうちに善右衛門はあることに気が付く。


 墨で染め上げたように真っ黒だったはずの八房の毛の……根本の方の一部が白色に染まってしまっていたのだ。


 湯に濡れた八房の毛をかき分け全身の毛を確かめてみると、何処の毛も根本の方が白くなっていて……それを見て、それまで黒い毛だったものが突然こんな風に白くなるなど、そんなことがあるのかと首を傾げる善右衛門。


「……けぇ子、こま。

 これを見てくれないか……山の獣にはこういう事がよくあるのか?」


 そう言って、老いによるしらがともまた違う、力強い光を放っているかのような白色に染まっている八房の毛をけぇ子達に見て貰う善右衛門。


 するとけぇ子とこまは八房の毛を見るなり、それぞれに、


「……赤子から大人になる際に毛の色が変わる獣は、居るには居ますけど……」


「狼がそうなのかは……何とも覚えがございませんねぇ。

 ……それにこの色の変わり方、少し不自然過ぎるような気も致しますね」


 と、そう言ってその首を傾げてしまう。


 毛の中に隠れていた肌の様子や、毛をよく触ってみた感触では、病だとかそういった様子は一切見受けられない。


 だがしかし、どうにも心配だ……と善右衛門が唸っていると、八房が善右衛門の手の中でじっとしている事に飽いてしまったのか、嫌になったのか「ひゃわん!」と一鳴きしてから善右衛門の手の中から脱出し……そして元気に湯の中を泳ぎ始める。


 元気に力強く湯を蹴飛ばして泳ぐ八房を見て、病だのとそういった気配を全く感じさせない八房の様子をじっと見つめる善右衛門。


 そうして善右衛門は、考え過ぎかもなと、そういう種の狼なのかもなと、そう胸中で呟いて……湯を掬い、それを自らの顔に頭にかけることで、その思考を綺麗さっぱりに洗い流すのだった。




 それから翌日、翌々日と……日々は平穏に過ぎていった。


 狐達は姿を見せず動きを見せず、これといった事件の無い平穏な日々。


 そんな日々の中で善右衛門は、狐達が住処にしていたという廃神社に足を運び、狐達の残滓を探る為、何らかの手がかりがないかと探る為……廃神社の中を、廃神社の周囲を手ずから片付けていた。


 けぇ子達に頼ってしまっては妖術に頼ってしまっては、手がかりを失ってしまう可能性があるので……自らの手で埃を払い、木の葉を払い、そうやって廃神社を少しずつ綺麗にし、そこにある物一つ一つに目を通していく。


 ……だが、そんな善右衛門の努力も虚しく、これといって手がかりになるような物は見つからず、見つからないまま何の進展も無いまま五日もの時が過ぎてしまい……そうして六日目の朝を、朝餉の時間を迎えたのだった。



 これまでの五日間で廃神社をすっかりと綺麗に片付け終えて、調べて終えていた善右衛門。


 朝餉の箸を進めながら、これ以上はあの廃神社へ足を運んでも無意味だろうと考えて……さて、今日はどうしようかと、何処を調べようかと悩んでいると、向かい合って座るけぇ子が声をかけてくる。

 

「善右衛門様がお片付けしたあの神社、後の仕上げは私達の方でやっておきますね」


「……仕上げ? 仕上げとは一体何の話だ?」


 いきなりのけぇ子の言葉に、思わず箸を止めてそう尋ねる善右衛門。


 そんな善右衛門にけぇ子はにっこりと微笑んでから言葉を返す。


「そりゃぁもう、あの神社を蘇らせる為の仕上げですよ!

 もうそろそろ夏になりますし……夏になれば丁度良い時期です!

 仕上げが終わったらあのお寺で夏祭りをしましょう!」


「夏祭り……か。

 ……まぁ、構わないと言えば構わないが……神も居ないだろうあの廃神社で、祭りをしたところで意味があるのか?」


「神様はー……確かに不在かもですけどー……それはそれ、お祭りはお祭りですよ!

 お江戸ではこの時期になると夏が終わるその時まで、毎夜のように花火が上がっているそうじゃないですか! 

 私達もそんなお江戸に負けないくらいの、ここでの生活を楽しいと思って貰えるようなお祭りをしたいんです!!」


 ぐっと拳を握り、立膝までして熱弁をふるうけぇ子を見て……善右衛門は「好きにせよ」とだけ答える。


 祭りは日々の鬱憤を晴らし、人の気持ちを明るくする効果がある。

 奉行としてもこの町の住民としても、祭りをしたいというのであれば反対する理由は無かった。


 そうして箸の動きを再開させよう……とした善右衛門は、ふとあることに思い至って、けぇ子に問いかける。


「……そういえば、あの廃神社……なんという名前の神社か知っているか?

 門柱の文字も鳥居の文字も、何もかもが掠れてしまって読めなかったのだが……祭りをする以上名前くらいは無いと困るだろう?」


「ああ、はいはい。どんな神様をお祀りしていたかは知りませんが……神社の名前だけなら知ってますよ!

 むかーしここに住んでいた人達がよくその名前を口にしていましたので!

 確か真神まかみ神社という名前だったはずです」


 そんなけぇこの答えを受けて、善右衛門は、


「……真神か、それはまた随分と変わった名前の神社だな」


 と、そんな一言だけを呟くように漏らすのだった。

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