第25話 権太達の帰還


 明けて翌日。


 善右衛門とけぇ子が向かい合っての朝餉の箸を進めていると、勝手口の方でかたりと物音がして……そうして屋敷の廊下を何者かがとたたたた、しゅかかかかと駆けてくる音がする。


 その音に気付いた善右衛門とけぇ子が廊下の方へと視線をやりながら一体こんな朝から何者がやって来たのかと訝しんでいると……猫じゃらしを振り回す権郎と権三と、権太を背に乗せた黒い毛玉が廊下を駆けて来て、そしてそのままの勢いで居間の中へと駆け込んでくる。


 そうして権郎と権三が猫じゃらしで上手にあやす黒い毛玉の上に跨がる権太が、何とも自慢気な様子で口を開く。


「善右衛門様、ご指図の通り犬を見つけてきやした!」


 そんな権太の言葉を受けて……権太を見て、権太の下に居る猫じゃらしにじゃれつく黒い毛玉を見て……そしてその毛玉のがっしりした手足を見て、なんと言ったら良いものかと悩み、言葉を探す善右衛門。


 するとけぇ子が悩むこと無く躊躇すること無く、なんともあっさりとした態度で権太達に向けて言葉を放ってしまう。


「……それ狼の子供ですよ。

 手足ががっしりとしていて、顔つきも犬とは全然違うじゃないですか」


 その言葉を耳にするなり凍りついてしまう権太、権郎、権三。


 凍りつき動かなくなった権郎、権三に構うことなく毛玉がじゃれついて、権郎、権三のことを舐め回し、よだれまみれにする中……どうしたものかとしばし悩んだ善右衛門がゆっくりと口を開く。


「……まぁ、狼も犬の親戚みたいなものだろうし、そう気を落とすな」


 そんな善右衛門の言葉はどうやら慰めにならなかったようで……善右衛門の言葉を耳にした権太、権郎、権三の三人は力を失い、がっくりと項垂れてしまうのだった。




 権太、権郎、権三の三匹がその毛玉を見つけたのは昨夜のことだったらしい。


 夜の山を一匹だけでとぼとぼと歩く毛玉の様子を見て、親からはぐれたか、飼い主からはぐれたか、いずれにせよ丁度良いと権太達はそれが狼と気付きもせずに飛びついたのだそうだ。


 当然毛玉は暴れたそうだが、それをどうにかあやし、どうにか猫じゃらしにじゃれつかせて……そうやって夜通しかけて善右衛門の下へと連れて来たそうなのだが……まさかそれが犬ではなく狼だったとは。


 そんな事情の説明を終えるなり、権太達は疲労と落胆のあまり畳の上に突っ伏して……そしてそのまま気絶するように眠ってしまう。


 胡座に組んだ足の上に毛玉を置き、よしよしと撫でながら権太達の話を聞いていた善右衛門は、小柄な鼠達にその数倍の体を持つ犬を連れてこいとは、酷な指示を出してしまったようだと深く反省しつつ……さて、この毛玉をどうするかと頭を悩ませる。


 今更この毛玉を山に戻すのは酷のように思えるが……しかし狼をどう飼ったものやら善右衛門には全く知識が無い。


 そもそもの目的であった狐追いを、この毛玉が犬の代わりにしてくれるかどうかも判然としない上、それが出来るまで育つのにどれだけの時がいるやら……と、善右衛門が頭を悩ませていると、いつの間にか居間を離れていたけぇ子が、女性を一人……狸が化けた女性を一人連れて居間に戻ってくる。


「善右衛門様。

 その子の乳母になってくれる方を連れてきました。

 犬も狼も私達からしたら遠い親戚みたいなものですし、とりあえずある程度成長するまでは、この方に預けておきましょう」


 なんともさらりとした態度で言うけぇ子に……しばし悩んでから善右衛門が言葉を返す。


「……育ててくれるのはありがたいが、本当に良いのか?

 今は稚児で可愛く見えるが、すぐに大きくなって暴れるかもしれんぞ?」


「ちゃんと躾けますから大丈夫ですよ、何かあったら責任は私が取ります。

 それに犬より大きく強くなるということは、それだけ頼りになるということでもありますから」


 またもさらりとした態度で言うけぇ子だったが、そんな言葉の中の『責任』という部分に特別力が籠もっていたことを善右衛門は聞き逃さなかった。



 そうして善右衛門はしばし悩み……悩み抜いて、いざという時は自分がけぇ子の代わりに責任を取るという覚悟を持って、善右衛門の足の上ですやすやと眠る黒い毛玉のことを抱きかかえ、その女性に預けるのだった。




  ――――第五章 了


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