第24話 そしてまたも湯殿
結局その日一日を調査に費やしてみたものの、善右衛門が何か手がかりを、情報を得ることは出来なかった。
殺生石を失ったせいなのか何なのか……狐達にこれといった動きがないまま一日が終わり、日が沈み、夕餉の時間となる。
けぇ子との夕餉を済ませ、けぇ子とこまと共に湯殿に浸かり……そうしてぼやりと思考を緩ませた善右衛門は、なんとなしに言葉を漏らす。
「……そういえば、けぇ子やこまのような、犬変化とでも言うべきか、そういった犬の妖怪は存在しないのか?
居れば力を貸して貰おうかと思ったのだが、狸変化、狐変化の話はよく耳にするが犬となるとあまり話に聞かないな」
そんな善右衛門の言葉に、ぷかりぷかりと狸姿で湯の上を漂っていたけぇ子が言葉を返してくる。
「犬の妖怪は……いるにはいるのですけど、力を借りるとなると難儀ですよー。
犬だけに限ったことではないのですけど、犬に猫に馬に牛に鶏に……人に近すぎる動物は変化の方向が独特なんですよー」
「……独特とは一体どういう事だ?」
「人を好いて人を助けるか。
人を憎んで人を呪うか……その感情の幅がもの凄ーく極端なんですよね。
後は妖怪にならずに一足飛びに神様になられたりしますし……そうでなくとも神使様になられたりとか。
……私達に力を貸してくれるような良い犬の妖怪となると、ご主人様の側や、かつての我が家、あるいはその人里、その生業から離れようとしませんし……難儀だと思いますよー」
「……なるほどな。
では、その神になった犬とか、神使になった犬が力を貸してくれたりはしないのか?」
「んー……どうでしょうねー。
神様が人の世に介入しすぎると怒られるなんて話を聞いたことがありますからねー」
「……神が一体何者に怒られるというんだ?」
「……それは勿論国産みとか国造りの神々様ですよー。
以前、お江戸の方で災害があった際に、日光のなんとかさんって神様がお江戸の人々を助けようとして大騒ぎしちゃって、ひどく怒られちゃったって話を聞きましたよ」
けぇ子のその話に、それはまさか権現様のことではあるまいな、とそんな言葉を口にしかけて……いやいやいやと、言葉を呑み込む善右衛門。
そうして、さてなんと言ったものかと善右衛門が言葉を選んでいると、けぇ子と同じく狐姿でぷかりぷかりと漂っていたこまが声を上げる。
「人を助けようとする神があれば、人を害しようとする神もありますので……こちらからあれこれ期待はしないほうが良いかと思います。
普段はただ敬い、畏怖し……そして何かがあった時には感謝をする。
神相手にはそうするのが一番でございましょうね……。感謝の気持ちこそが何よりも神に力を与えるのだとも言いますし……」
「ふむ……感謝が力を与えるか……。
……ならば神だけにではなく普段から世話になっているけぇ子とこまにも感謝しておくべきか。
今日の夕餉は、こまが用意してくれた油をけぇ子が上手く使ってくれて、実に美味い山菜の天ぷらを食うことが出来た事だしな……。
二人共、いつも助かっているぞ、有り難うな」
こまの言葉を受けての善右衛門のその言葉に、けぇ子もこまも驚いてしまったのか、ばしゃりと水を立てて体勢を崩し、そしてそのまま湯殿の底へと沈んでしまう。
そうしてばしゃばしゃと足掻いて水を掻いたけぇ子とこまがぷかりと浮かんで来て……じっと半目になって善右衛門を睨む。
「……善右衛門様は、湯殿に入ると、なんだか口が軽くなる感じがしますね?」
半目で睨みながらのけぇ子の言葉に、善右衛門は軽く笑ってから言葉を返す。
「なんだ、知らなかったのか。
人は身分を服と共にその身に纏うのだ。
一度服を脱いで裸となったら、そこにいるのはただの人。そこには身分も何も無く……裸で威張り偉ぶるのは馬鹿のすること。
偉ぶる必要がなければ自然と口も軽くなるものだ」
そう言って善右衛門は、ふぅと熱をもった息を吐く。
そのまま上を向き、しばしの間天上を見つめた善右衛門は立ち上がって、
「お前達も早く上がれよ。
湯で狸、湯で狐になっても知らんぞ」
と、そう言って湯殿を後にする。
そんな善右衛門の背中を、けぇ子とこまはなんとも言えない表情で見つめ続けるのだった。
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