第23話 賠償
翌日。
朝餉を終え、日課を終えた善右衛門は、以前吟味の場を開いた屋敷の大部屋へと足を向けていた。
こまから権太達との賠償に関する話し合いが終ったので、大部屋にてその報告をしたいとの連絡があったからだ。
(思っていたよりも随分と早く終わったな。
……昨日の殺生石騒動が影響したか?)
などとそんなことを考えつつ、大部屋の襖を開けると、並んで正座をするこまと権太達の姿が視界に入る。
その全員に視線を送り、無言のままの挨拶を終えた善右衛門は、上座へと向かい、そこに静かに腰を下ろす。
「では……どういう決着となったのか、話を聞かせて貰おう」
善右衛門がそう話を切り出すと、こまと権太達が目配せをし合い……そうしてからこまが口を開く。
「では、わたくしの方からお話をさせて頂きます。
結論から言わせていただきますと……権太さん達からの賠償は何も受け取らないということで話がまとまりました」
「……そうか。
しかし本当にそれで良いのか? 狐達と殺生石がいくら疑わしいとは言え、真犯人だと確定した訳でもなく、権太達に責が無いとは言い切れないのだぞ」
こまの言葉を受けて善右衛門がそう返すと……こまは小さく微笑みながら言葉を返してくる。
「はい。この結論で問題ございません。
……そもそもわたくし達に相手のことを慮りながらの話し合いをせよと命じたのは善右衛門様ではありませんか。
こうなると分かっていて……いえ、こういう結果にわたくし達を導きたくてそう命じられたのでしょう?
一日をかけて腰を据えて権太さん達と言葉を交わしまして……権太さん達が自ら進んであんなことをしでかすような方々ではないと十分に理解できましたし、その心痛も十分に理解致しました。
わたくしからはもうこれ以上求めることは何もございません」
こまのその言葉をしっかりと受け止め、飲み込んだ善右衛門は、権太達へと視線を移し「権太達からは何かないか」と問いかける。
するとまず権太から、
「……正直なところを言えば、せめて詫びの品くらいは渡したいところなんですが、こまの姐さんがいらねぇ、受け取れねぇとおっしゃるので、あっしらもこれで終いとすることにしやした。
とは言えご迷惑をおかけしたのも事実なんでこれから行動でもって姐さんや善右衛門様に、あっしらの心根を示していきたいと思いやす」
という言葉があって、権郎、権三が「あっしらも同じ考えです」とそれに続く。
権太、権郎、権三の目をしっかり見て……そしてその言葉を飲み込み。大きく頷いた善右衛門は、その場に居る全員へと向けて言葉を発する。
「お前達の気持ちはよく分かった。
お前達が話し合ってそう決めたのであれば、賠償についてはそれで決着とし、俺からはこれ以上何も言わん。
話し合いにより互いが理解を深め、互いに納得できる結論となったことは奉行として喜ばしく思う、双方良くやった」
淡々とした声の中に、喜びの感情がうっすらと見える善右衛門のそんな言葉に、こまと権太達は頭を下げることで応える。
そうやってしばらくの頭を下げていた権太達は、頭を上げるなり、立ち上がってすたすたと歩いて善右衛門の側へと寄ってくる。
「……御沙汰の賠償が決着となりましたので、これよりあっしらは善右衛門様の手足として働きたいと思いやす!
事件解決の為、あっしらの面目回復の為、頑張らせて頂きやすのでよろしくお願いしやす!」
「お願いしやす!」
「おねげぇしやす!!」
権太、権郎、権三の順にそう言ってくる鼠達。
それを受けて善右衛門は、そう言えば権太達に奉行の手足となれとの沙汰を下していたなと唸り……さて、何をさせたものか、何を手伝わせたものかと唸る。
そもそも権太達を直に見張るつもりで下した沙汰だったのだが……狐達という有力な容疑者が出て来た現状、今更になってそれに労力を割くのもおかしな話。
ならば、どうしたものかと唸り、悩み……そうして善右衛門は一つ思いついたことがあってそれを口にする。
「……現状、最も疑わしい狐達を追う為、犬の力を借りようと思っているのだが……どうにもこの町の付近には犬が居ない様子。
権太、権郎、権三。
その疾走っこい動きでもってこの山を駆け回り、頼りになりそうな犬を探して来てはくれんか」
すると権太達は「分かりやした!」と声を揃えて一言。
耳をぱたたと立て尻尾をゆらりと揺らめかせて……そうやって喜びの感情を表現してから、たたたっと屋敷から飛び出しそれぞれ別の方向へと駆け出していく。
そんな権太達を静かに見送った善右衛門は、さて自分も調査の続きだと、その腰を持ち上げるのだった。
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