妖怪と神々
第21話 小石
「善右衛門様~~、ご無事ですか~」
と、そんなことを言いながら善右衛門の下へと駆け寄ってくる物陰に隠れていた三匹の狸達。
尻尾を振り回しながらの狸姿でとてとてと駆けてくる狸達に、片手を上げて「無事だ、問題無い」と示した善右衛門は、拾い上げた小石をつまみ上げて……目に近付けてよく眺めたり、鼻に近付けて匂いを嗅いだり、持ち上げて日光に当ててみたりと、その石に何か変わったことがないかと調べ始める。
手触りが良く滑らかな曲線を描いている部分があり、何かで叩かれ砕かれたような跡があり、そして滑らかな部分には模様のようなものが見て取れる。
恐らくこれは大きな石像の一部なのだろうと思い至る善右衛門
石像を……地蔵の頭のようなものを叩き砕いた破片の一つ、といったところだろうか。
そうやって小石を調べている善右衛門の下に狸達が到着すると……途端に狸達がふらふらとし始めて、
「な、なんですかその石~。
み、見てると目が回ります~」
「ぜ、善右衛門様~、その石、臭いです~」
「きゅ~~~」
と、それぞれに声を上げて、その場にへたり込んでしまう。
そんな狸達の様子を目にした善右衛門は、狸達の言葉からこの小石が原因なのかと思い至り……では何故自分は平気なのかと悩み……そして悩むよりは行動だと、その場から飛び退いて、へたり込む狸達から距離を取る。
先程こちらへと駆け寄ってくる途中にあった狸達は特にこれといって問題無いように見えた。
問題が起きたのは善右衛門の側へと駆け寄ってからのことで、つまりは距離の問題なのだろうと考えたのだ。
すると距離を取ったのが良かったのか、へたりこんでいた狸達が快復し始めて……それを見た善右衛門は「なるほどな」と頷く。
どうもこの小石は、手にしている者、距離を取っている者には悪影響を及ばさないらしい。
(狐達め、これを使って何をしていた? 権太達の騒動もこれのせいか?)
なんとも厄介な小石を睨みながら、そんなことを胸中で呟く善右衛門。
そうしてこの小石をどうしたものかと善右衛門が頭を悩ませていると、騒ぎを聞きつけたのか、着物の裾を掴み上げながらのけぇ子とこまがこちらへと駆けて来て……そして善右衛門の手の中にある小石を見るなりこまが、悲鳴のような声を上げる。
「せ、殺生石!?
なんでこんな所に!?」
その声を受けて善右衛門は(殺生石とはまた物騒な名前だな)と胸中で毒づいてから、こまへ声を返す。
「こま! 殺生石とは何だ!
簡潔に説明せよ!」
「は、はい!
その石はかの九尾の狐が死した後に化けた呪い石の一部でございます!
毒を撒き散らし、災禍を撒き散らし、呪いを撒き散らす石として知られていて、高名な僧侶である玄翁様に打ち砕かれ日の本中に四散し、そうして力を失ったと聞いていたのですが……まさか未だにこれだけの力を残しているとは……!」
こまの説明を聞いた善右衛門は、ならばその僧侶のように砕いてやろうと、砂粒になるまで砕いてやろうと、近くにあった石の上に殺生石を置き、それ目掛けて握り込んだ寸鉄を力いっぱいに叩きつける……が、殺生石はびくともしない。
二度、三度と、全力でもって寸鉄を叩きつけてみるが、傷一つ付かない殺生石に善右衛門が顔をしかめていると……善右衛門が暴れた影響か、善右衛門が起こした振動の影響か、近くの小屋の戸がばたんと倒れてしまう。
途端に漂ってくる独特の悪臭。
その悪臭に善右衛門は「厠か」と唸り声を上げる。
もう何年もの間、掃除どころか、肥の汲み取りもされていないのだろう。
その厠からは尋常ではない悪臭が漂ってきて……善右衛門が戸を直さねばと厠に近付いた折、厠の中にあった薄汚れた一枚の木札がばたんと、先程の戸を真似るかのようにして倒れてしまう。
その札はまるで厠の穴の中を、肥の溜まるその底を指し示しているかのようで……その札を見た善右衛門は何を思ったのか、砕くことの出来ぬ殺生石への腹立ちを紛らわす為なのか、あるいは殺生石に毒されたせいなのか……殺生石を拾い上げ、厠の中へと厠の底へと投げ捨ててしまう。
『あーーーーー!?』
善右衛門のまさかの行動に、何処かで聞いたような悲鳴を上げるけぇ子とこま。
「ふん……殺生石だかなんだか知らないが、距離を取ることで力が弱まるのであれば、この厠ごと封じ、誰も立ち寄らないようにするまでだ。
さしもの狐達も、こんな厠の中に入り込んでまで石を取り返そうとは思わないはずだ」
小石を投げ捨てたことで気持ちが晴れたのか、すっきりとした顔で、そんなこと吐き捨てるように言う善右衛門。
そんな善右衛門の下へと駆け寄って来たけぇ子とこまは、慌てた様子で厠の中を覗き込み……そして『はて?』と二人同時に首を傾げる
「ぜ、善右衛門様。
殺生石の放っていた瘴気が綺麗さっぱり消えてしまっているのですが……一体何をなされたのですか?」
と、そんなことを言ってくるこまに、
「……何をしたもなにも、見ての通り厠の中へ投げ入れただけだが」
と、事もなげに言葉を返す善右衛門。
それは全く偽らざる善右衛門の本音であり、何か深い考えがあってそうした訳では無い善右衛門は一体何が起きたのやらと首を傾げる。
そうして善右衛門とこまが起きたのやらと言葉を交わす中、厠へ足を踏み入れ、中の様子を探っていたけぇ子は「おや?」と一言口にして、倒れている木札を拾い上げる。
「あぁ……この厠、
その木札の汚れを払いながら、優しく撫でながらそう言うけぇ子に、善右衛門は
「厠神とはまた聞き慣れない名前が出てきたな。
……一体どんな神仏なんだ?」
と、そんな疑問を投げかけるのだった。
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